フランス風懐石料理中華風: 2011 12/21第1回 旭堂南斗の講談会

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2011 12/21第1回 旭堂南斗の講談会

■平成23年12月21日(水)19:00開演
■出演:
口上あり
旭堂南斗 「山内一豊とその妻・千代」「細川の福の神」
旭堂南左衛門 「正直車夫」
旭堂南青 「源平盛衰記・那須与一」
旭堂南舟 「赤穂義士伝・堀部弥兵衛の駆け付け」
■木戸銭:¥1,000
■場所:柳谷観音・泰聖寺(無料駐車場あり)



第1回 旭堂南斗の講談会 ~やっと正式前座になりました~

会場に到着してみてびっくり!泰聖寺さん2階のご本堂の座席は満席でした。
講談を愛する方々がホントに勢ぞろいしたって感じで嬉しかったです。
今回は初めての南斗さんの会!ということでご祝儀を出させていただきました^^


旭堂南斗 細川の福の神

寛永18年(1642年)12月の末のお話。江戸藩邸でのお話。
寛永の大飢饉で国許の庶民を苦しみから救うために様々な資財を売った為に
「貧乏細川」と呼ばれている。そんな藩邸の前に松飾売りが通りかかり、藩邸の前に立派な松飾を設置してもらうところから話がはじまります。
この松飾売りは武州八王子の三太郎。この者が設置した松飾が縁起が良いことで細川家の大出世がはじまる。


旭堂南舟 赤穂義士伝 堀部弥兵衛の駆け付け

いよいよ吉良邸への討ち入のその日。老体の堀部金丸弥兵衛は、時がすこし早いということで仮眠をとる。
家族の者は討ち入へ行かさぬようにそのまま寝入るよう声をかけずにいるが・・・。


旭堂南青 源平盛衰記・那須与一

講談はまじめに、真剣に聞いてはいけないですよー!のネタフリ。
ご存知、那須与一の物語。
那須一郎の以降に九郎が続いて平家へ加担。十郎の次が、十あまる一ということで与一だそう。
順に的を射抜く命令を断る際の、那須十郎ためたか(漢字がわかんない)の困顔と与一が引き受けた際の描写が特に印象的でした。
そして見事に冒頭のネタフリが生きて講談を終えられました。


旭堂南左衛門 正直車夫

南斗さんの名前の由来についてお話されました。
南斗(奈良出身で南都に掛けてあり、また輝く旭堂の星となれの意)
さて、お話は明治22年神田泉橋付近でのお話。
当事の総理大臣「黒田清隆」が登場。
正直者の頭には神宿る・・そんなお話でした。


口上

口上で演台の上には、旭堂南斗さん、旭堂南舟さん。
そして下手には旭堂南左衛門さん、上手には司会の旭堂南青さん。
南青さん「今の気持ちを四文字熟語で表すと?」
南斗さん「無病息災」・南舟さん「一意専心」とのこと。
今後のお二人のご活躍を心よりお祈り申し上げます。


旭堂南斗 山内一豊と妻・千代

織田の家来となった山内一豊。禄が十分ではなく非常に苦しい生活が続きます。
良妻の千代のおかげで名馬を手に入れることに。
無事、織田信長に目をかけていただき・・・。


終了後に、少しの時間ですが、旭堂南左衛門さんと、某カルチャーセンターの方と3人でお話をさせていただきました。本題はまたあらためて書くとして、南左衛門さんの師匠さんの3代目南陵さんと知り合った時のお話を聞かせていただきました。
やっぱ、講談って良いですよねー。
頭の中にそのイメージをかくことが出来れば、だれもがその世界に行くことができる。
時代や場所をえらばずに、笑いに涙、悲しさに楽しさをすべて味わうことができるんですから。
もちろん、落語も同じだけど、講談はひょっとしたらこれってホントの話じゃないの?と思わせてくれ、終わった後にいくつも知識が残る事にあるとおもいます。
私は、あんない長いお話を覚えることはできませんが、それでもそのエッセンスだけでも忘れないようにお話のキッカケだけを記述するようにしています。
すこしでも講談に興味をもたれる方が増えることを願ってやみません。

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