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2025/03/16

十人十色が如何に変化しているか。。

私が流通関連の仕事に就いた時によく言われた言葉。
「モノが無い時代は十人一色だったが、今は十人十色の時代だ」と当時の役付け上司に言われましたが、すぐに「十人百色」から「一人十色」へ。

当時、毎週日曜日の11時から60分間に若手が非常階段に集合し、いろんな流通に関する情報を受けるそんな会議がありましたが数年後に迎えたバブル崩壊以降にはそんな言い回しではなく「モノからコトへ」のフレーズが持てはやされると同時に、百貨店では自主編集ゾーンの平場がなくなり、業者へ魂を売り渡すがごとく「売仕ゾーン」とよばれる売り上げから定率契約と、「委託」と呼ばれる仕入れと返品が伴うゾーンが主流になりました。

いかに少ない在庫残高で売上高を向上させるか?の効率の悪しき商慣習についてまわる月末調整や値下げ原資の獲得というテクニックが重要視され売上至上主義から、利益確保が重要視される時代になりました。

 数年後トイザらスが日本へ上陸すると一斉に百貨店の玩具売り場は30%~10%近い値引きで販売、SPAやOMOでアパレル流通とMD手法が転換期を迎えました。

近年では「モノからコト、そしてトキへ」・「モノからコト、そしてトキからヒトとエモへ
」。いかに共感を得るか?なにを媒体として売るのか?というキーワードが必要となった。

「購買心理の7段階」や「AIDMAの原則」ではなく「バタフライ・サーキットモデル」や「エビングハウスの忘却曲線」「アサエルの行動販売類型」「パルス型消費行動」などいかに現代の消費行動が混沌としているか、それでなくても、越境ECに無在庫販売、インバウンドにBtoBマーケット。広告の舞台はSNSに移り動画がもてはやされている。

先日のインテックス大阪で参加したセミナーでも「基本に忠実にすること」が主題であり、正道は奇道に勝るがごとく、三方良しの精神で進むしかないのでしょうね。
隣国からの輸入商品について回る不良品率は何%までならよいのか?という議論は無意味で、限りなくゼロになるように努力することが互いの発展のために必要なことに気づくべきなんでしょうね。





2025/03/08

千里中央とEXPO '70 万博記念公園

今回ははじめてモノレールを使って万博記念公園に行ってきました。
いつもは車で行くのですが今回は途中乗換駅でもある「千里中央」の変遷をしっかりと脳裏に焼き付けたくて電車利用です。

私の社会人デビューした懐かしい思い出の場所「千里阪急」は、当時は3階建てで翌年頃から増床工事が始まりました。若手は全員力仕事で明け暮れていました。早朝から深夜まで何も疑うこと書く毎月の残業代は基本給を遥かに超え100時間超え・・それでも和気あいあいと目標に向かって邁進。懐かしい思い出ばかりです。

現在のコンプライアンスに照らし合わせるとトンデモナイことばかりでしたがそれでもホントに面白かった。増床や改装、催しの設営などで一晩中勤務や宿直当番なんてのもありましたっけ。


下記の店内案内は当時の店内案内で今でも大切に保管しています。当時の梅田本店の店内案内も大切に保存中。。


久しぶりに千里中央に行って驚いたのがなんといっても「オトカリテ」(大丸ピーコック)が無くなり駐車場担っていたこと!「1D1S計画」でOPENしたスーパーマーケットで、フルラインナップ型の愛されたお店でした。特に食品売り場にはとてもお世話になったものです。


隣接している施設「セルシー」はもはや廃墟。。
この広場では多くの歌手、アーティスト、バンドやイベントが繰り広げられそのたびに抜け出して見に行ったものでした。ボウリング場にローラースケート場、プールがあったことも。。
なかでもセルシーホールにはとてもお世話になったものでした。もちろん、ダイエーにもよく買い物に行きました。地下にも多くのお店があり、なかでも噴水の裏にあった「ダーリン」は間に合わせスポットだし、映画館やサウナ、ライブハウスなどいろいろとお店が変遷。
鷹ケ巣に田よし、頻繁に飲みに行った記憶がいっぱい。
若かりし頃、警備員に追いかけられたなんて記憶も蘇ってきました。


さて、久しぶりにモノレールに乗り万博記念公園前へ。
その昔、エキスポシティ側にはオオサカサンパレスホテルがあり、よく催事利用したものでした。



小学生低学年だった私は毎回胸をドキドキさせながら4〜5回くらい来たはず。財布を拾ったこと、迷子になったこと、太陽の塔の中や日立館、サンヨー館、そしてサウジアラビア館をわずかに覚えています。
たしか、砂漠の砂が敷きつけられていて、訪れるたびにハンカチにくるんで大切に持って帰っていましたが何度目かに行ったときは持ち帰り禁止になっていまし(笑)



いろんな意見があると思いますが、今回の大阪万博開催は反対です。建設に関わる力は万博に向けるのではなく東日本や能登半島に被災地域に集中させるべきです。南海トラフに関する防災に投下すべきです。地震や洪水、放射線や山火事・・まだまだ困っている方々を差し置いて開催すべきじゃない。日本国民の税金や大阪市府民税は、大屋根リングや2億円のお手洗い建設には使って欲しくない。マナーの欠如した外国人を招き入れて欲しくない。
長堀通や松屋町筋、日本橋のあたりは本当に汚くなった。ゴミが散乱し変な匂いがする通り。広がって歩き、日本語ではない看板やチラシが貼られた町並み。これが美しい日本と言えるのか。本当にインバウンドに頼らないとダメ?大阪城にいくと悲しいし、奈良や京都は外国人で溢れ・・これが日本が望んだ姿なの?
IR誘致ありの万博開催だけに、負の遺産と言われるあんな地盤のゆるい場所だけに大きな災いが起こると、救助にも行けない陸の孤島になるんじゃ・・と心配です。それでなくても、東京オリンピックの際に大手6社が収賄、汚職があっただけに、マジメに真剣に一生懸命取り組む日本人の美徳が踏みにじられがっかり、今回の大阪万博でもそのうちいろんな不祥事が出てくるのではないでしょうか。
政党政治なだけに今のやりたい放題の政党を正しく評価しませんか?ダメなことはダメ!いますべきことではない!ってちゃんと言えることが大事です。



2025/02/22

夜の梅田を徘徊・・


 久しぶりの夜の梅田を徘徊。
昼間は福島「月島もんじゃ焼きおこげ」で一杯。夜は元大阪中央郵便局後にできた「ニカイノオアシス」で一杯。
最近、飲みすぎ傾向あり、いくら体調が悪くてもお酒が止められないものです。




早稲田摂陵高等学校ウィンドバンド 第66回定期演奏会

 1957年に阪急少年音楽隊が発足、全国の吹奏楽ファンから愛され演奏活動を続けてきましたが女子高となり2009年より早稲田摂陵高等学校ウィンドバンドとなりました。そしてこの4月より校名が早稲田大阪高等学校に変更になるということで、この名称での最後の定期演奏会となりました。
66期生の卒業演奏会ということで、在校生はもちろん沢山のOB,OGや関係各位のご尽力で、この長きにわたる活動が続いています。

基礎練習の積み重ねに支えられた演奏技術はもちろん、魅せる演奏会は見事でした。
また、カレッジスタイルのマーチングやステージドリル演奏は、基礎体力はもちろん優れた演出と緩急を使い分けた圧倒的なダイナミクスで目を離すことができませんでした。



阪急少年音楽隊は平日毎日朝8時前にFM大阪でレギュラー番組「モーニングブラス」で軽快なファンファーレ「オーナーズディ」とともに聴くことができました。また、印象的な赤と白のユニフォームで様々な場所でマーチングや演奏会を開催、高校生が午後のクラブ活動の一環として今は亡き西宮球場バックネット裏の5階と6回で練習に打ち込んでいました。

さて、この定期演奏会第一部の「フォーマルステージ」では、相当な練習量に裏付けされた個人の技量と見事なアンサンブルで美しいハーモニーを鑑賞、金管も木管も打楽器もそれぞれが互いに切磋琢磨した素晴らしい纏まりを感じました。

第2部のゲストステージでは金管と打楽器で構成されたH.B.B.の演奏。久しぶりに「ベルばら」を演奏、私の脳内では「バスチーユに白旗がぁぁ・」がしっかり流れていました。

さて、第3部です。
様々な演奏会ではプログラムの最後に「大曲」をもってきますが、伝統的にカジュアルな構成としています。
昨年秋のマーチングコンテストで聞いた「教えることはなにもない 天才のきみに」ではじまり、J.ガーシュインのすべてに聞き覚えのある懐かしいメロディーが繰り広げられ目頭が熱くなりました。

また、「鈴木竹男が愛したマーチ」、そして「音楽隊のあゆみ」では、もう2度と聞くことはないだろとおもっていたメロディーが続々と流れ涙でステージが滲んでいました。
66期生が様々なセリフを振り分け66年の歩みを語るその口調はもちろん凛とした所作や切れのあるそれぞれの動きのは日頃からの鍛錬の賜物なのでしょう。

学園生活で学んだものを糧に春から新しいステージに進まれる12名には輝かしい未来が待ってます。「伝統は守るものではなく築き上げるもの」と言われた鈴木隊長イムズをもって新しい世界を楽しんでください。本当に卒業おめでとうございます。











2025/02/02

大切にしたいこと

 昨年の秋に前々職の仲間3人と梅田で「第二回昼飲みの会」開催ww 例の如く3件くらいのはしご酒を楽しみました。で昨日は前職の勤務先の仲間4人と梅田へ飲みに行きました。

互いの近況やいまだから言えること・・なかなか楽しいお酒になりました。

私が20代〜30代に熱中した音楽関係や演劇関係、また40代、50代に熱中した歴史関係の方々とは残念だけどご縁が途切れているみたい。ほんとにさみしい限りだけれどまた繋ぐ方法がわからない。

「そんなつもりじゃなかった」なんて後悔が多い日々を過ごしたって書いたらまるで太宰治の「人間失格」みたいだけれど、人生のたくさんの分岐点を自らが選んだ結果だからすべて「自分のせい」なだけに悔しいけれどしょうがない。

せめて、のこった絆だけは大切にしたいと思う。



2024/12/31

2024年の振返りと2025年に向けて

夏頃から努めている業務は私には合わないように思えてしょうがない。
士魂商才を常とし正道は奇道に勝るを常としていくことを心がけて行きたい私にとって
世界の偽物市場と呼ばれている義烏の商材をそのまま日本で売ることが今の通販市場の商流となっているように思えてしょうがない。
あまりにも通販で売られいる商品が似通っていて、そこには工夫がなく価格だけでは、チキンレースに過ぎずかならず破綻する。
中国商材が悪いのではない、良い商品もあるが必ず店舗ならではの独自性がそこにあるべき。

長い間、数字の責任を背負った仕事をしてきた私にとって、いまの環境ははとても楽。なにせ数字責任がない!毎日の売上やイベントの仕掛けも気にしなくても構わない。でもこの環境は堕落を生むに違いない。でも今までのような戦略を自らが立案し、PDCAを回すのはもう自信がないのは正直なところ。悩ましい思いです。

いっそ年金受給+加給年金というのもありかな。
体のあちこちに不安な箇所がでてきたし、長生きするとも思えない。損益分岐点と言われている82歳まではまず生きることはないとおもう。

もう一度DTMを始めたいし、作曲も極めたい。ピアノもトランペットもエレキギターも極めたい。幕末史をはじめ郷土の歴史も学びたい。もっと書籍を読みたい。

自分の選んだ道は後悔ばかりだけど、たぶん、何を選んでも後悔するんだろう。

なるようになる・・自暴自棄ではなく、前向きな捉え方で「なるようになって」みたい。

11月に二人目の孫が生まれ・・せめて記憶に残るくらいまでは頑張りたい。



2024/12/14

忠臣蔵におもう。

 なんど、この忠臣蔵をテーマにBLOGを書いたことか。

先日TVでインタビューされていた方が、「忠臣蔵って鳥貴族みたいな居酒屋チェーン?」って答えたのを見て愕然としました。

このキーワードを知っているかどうかの年代別ボーダーラインは45歳前後との事、きっかけは何でもいい・・どうぞ忠臣蔵に興味を持っていただきたいものです。





これだけ大規模なテレビドラマはもう制作できないのでしょうね。おそらく莫大なコストがかかる割には視聴率が取れない・・・商業主義であるかぎに難しいでしょう。だからこそNHKが赤穂義士本伝・銘々伝・外伝をきっちりと描いて日本の財産となるようなドラマを制作してほしいものです。
文楽、歌舞伎、演劇、ドラマ、映画、落語に講談、浪曲・・こんなにHITしたのにすっかり忘れ去られている忠臣蔵。
忠義の心と義理と人情の板挟みで揺れ動く様々な人物像は日本人ならわかるはす。こんな荒んだ世相だからこそ描いて欲しいものです。

2024/12/03

値上げしない博多ラーメン店のお話

12月3日に<創業から48年間「値上げしない博多ラーメン店」を直撃…物価上昇時代に【1杯290円】を貫く「驚きの信念」>というニュースが入ってきました。

このラーメン屋さんは博多にある「はかたや」さん。https://hakata-ramen-hakataya.com/

当然ながら、商品原価や人件費が高騰すれば販売価格に転嫁するのは資本主義の常識と考えていましたが、この常識を覆すビジネスモデルです。

「まず、原価が上がったから売価をあげるというのが間違いです。原価と売価には因果関係はないんですよ。売価は、お客さん(市場)が決めるものなので、原価が上がったからといって売価をあげるのは自分勝手だと私は思います」

さまざまな試行錯誤を繰り返し「安価ながらも美味しいはかたやの味」を見つけられたとの事。

店舗と企業が工夫を凝らして価格を維持していくその知恵には頭が下がります!

「安かろう悪かろう」という某国の品質が横行しているEC業界にわずかでも関わっている私にとって「安くても品質が良いもの」「価値と価格のバランスが取れている」「高くても上回るだけの価値があるもの」を販売していきたいものです。

博多になかなか出かける機会がありませんが、いつか必ず食べに行きたいそんなお店です。



2024/11/17

勧請縄

 滋賀県野洲市にある「行事神社」で見られる勧請縄。

神の領域を思わせる静かな佇まいを感じさせる領域。

見事というほか‥言葉が見つからない。

https://www.shiga-bunkazai.jp/shigabun-shinbun/best-place-in-shiga/414/






2024/11/11

孫誕生!

 2024年11月11日(月)。

いつになく早起き。滋賀県と大阪の離れた地ゆえにできる事は特にないからこそ

心がもやもやし高ぶる。やきもきする気持ち。せめて、母の眠る一心寺さんへと

参拝に行くことにしました。


ひっそりと静まったお堂に眠る、母と祖父母に

「母子ともに健康で健やかに退院できますように。健康なあかちゃんが生まれますように」

じっと手を合わせてきました。

私の出勤時間とほぼ同じ9時過ぎ。娘より「病院なう」の連絡が入りました。

仕事が手につきません。本当に心から、娘とあかちゃんの無事を祈ることしかできません。

「どうぞ、無事に手術が終わりますように」・・・

13時頃より手術です。

・・

・・

追記)

13時11分。2,878g・ 46.5cm 元気な男の子が誕生しました。


2024/09/08

第52回関西マーチングコンテスト予選の鑑賞

 2024年9月8日のAMに港区Asueアリーナ大阪(大阪中央体育館)で開催されましたマーチングコンテスをはじめて鑑賞してまいりました。

若かりし頃、吹奏楽やマーチングには色々とご縁があり、また少しだけ蘊蓄もあることから機会があればと常々感じていたところ今日ようやく鑑賞する機会を頂きました。

入場後に500円でプログラムを購入し座席で読み込むたびに、いろんなページで懐かしいお名前を見ることができそれだけですでに感涙状態、実は今朝、2021年5月に西宮神社に「関西吹奏楽功労者の碑」が建立されたという記事を読み、その功労者の中に何人ものお世話になった方々のお名前があり胸を熱くしたその思いと重なったため。

https://www.kobe-np.co.jp/news/hanshin/202105/0014303890.shtml

オープン参加の部が定刻に開始。合計4団体がオープン参加の部として演奏を繰り広げました。
工夫を凝らした演出で会場を凝らした文の里中学やとても華やかな登美丘中学校、なかでもマーチングスキルがずば抜けて素晴らしく、カレッジスタイルの模範となる演技のみつばち会吹奏楽団の演技で涙腺崩壊。脈々と受け継がれているドラムマーチのメリハリのある音質と、タテ・ヨコ・ナナメに寸分の狂いがない基本に裏付けられたマークタイム・・等。

さてコンテスト高等学校以上の部では、13団体が出場、いずれも工夫を凝らした8分間。
演技のメンバーが少なくても十分な演奏技術が保たれ、圧倒する音圧と視覚的に引き付ける動きをする団体があれば、動くことで不安定になるピッチやミストーン、動揺を隠せない動きが残念だった団体もありました。
それでも、すべての団体はこの猛暑の中で一生懸命に練習され積み上げてきた結果の発表の場!本当に大変だったとと思います。本当にお疲れ様でした。

マーチングコンテストはあくまでも「コンサートバンドがそのまま演奏しながらパレードをしよう」というコンセプトであり過度な演出や華美な服装を求めていないとのこと。その技術の尺度で定められている規定課題はとてもシンプル!

それだけに個人それぞれに基本的な練習に裏付けされた自信がどれだけあるのか・・自分以外の音や動きをどれだけ把握しているか・・統一された歩調や角度と速度、静と動がどれだけ共有できているか。私の現役時代にはネットもスマホもパソコンさえも普及していない時代だっただけに、当時の指導者を信じてついていく事や、技術をひたすら磨き上げていく事に尽きた時代。それだけに現在の演技者さんたちは余計に悩ましい思いをされているこのでしょう。

マーチングで沿道から拍手や歓声があがったり、演技に対して惜しみない拍手があるだけで今までの苦労は吹き飛ぶことでしょう。またメンバーで力を合わせて作り上げたことは一生涯の宝と自信になります。

いつまでも吹奏楽とマーチングを楽しんでくださいね。

2024/06/22

映像の世紀 バタフライエフェクト 日米安全保障条約

大好きなテレビ番組にNHK 映像の世紀バタフライエフェクトがあります。この番組を見るたびに自分自身の無知を恥じることをきっかけに番組から読み取れる内容を核として、いろんな情報を加筆していますので、番組の内容と異なる部分があります。
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1951年9月8日、第二次世界大戦の法的な終着点となったサンフランシスコ平和条約(Treaty of Peace with Japan)の調印数時間後、日米安全保障条約が締結されました。
 この条約の問題となったのはアメリカ軍が「極東における平和と安全を維持するため」ひきつづき日本に駐留し、日本が基地を提供することを定めたが、アメリカが他国の侵略から日本を防衛する義務は規定されておらず、日本の義務のみを定める片務的であったこと。
※アメリカの視点は、米ソ冷戦により在日米軍を創設することにあった。

サンフランシスコ平和条約の調印者は、吉田茂(首相:48代~51代)・池田勇人(蔵相)・苫米地義三(国民民主党最高委員長)・星島二郎(自由党常任総務)・徳川宗敬(参議院緑風会議員総会議長)・一万田尚登(日銀総裁)。しかし、日米安全保障条約は吉田茂(首相)のみで、これは責任は吉田茂が取るという意思表示の意味で自身のみが調印。

このタイミングで勃発した朝鮮戦争(1950年6月25日 – 1953年7月27日)により、国内の軍需産業が牽引し好景気化。国民の関心は低いといえた。

この不平等を改定交渉したのが岸信介首相(56代~57代)。1957年にアイゼンハウワー大統領との間に改定実務を進め1960年1月19日に調印(新安保)。5月20日に衆議院で強行採決。6月19日に自然成立。
5条 日本国の領域でいずれかが攻撃された場合に共同防衛する。 
6条 極東における国際の平和および安全に寄与するためにアメリカ軍による施設・区域(基地)の使用が許される
そして、日米地位協定によりメリカ軍(在日米軍)への基地提供および使用に関する細則が定められました。

この強行採決に対し、「60年安保闘争」が勃発。6月15日に全学連の樺美智子さんが圧迫死によりさらに激化。アイゼンハウワー大統領の来日は中止、岸内閣は条約成立後に辞任。

岸信介は、東条内閣の商工大臣でA級戦犯であったことや日本が戦争に巻き込まれるという恐れ、そして在日米軍に対する裁判権、そして「搾取、貧困、抑圧、服従の絶滅と人間の真の解放を意味する世界共産主義革命」の趣旨から共産主義同盟(ブント)が世論をリードし大規模な安保闘争が勃発。学生運動家として頭角を現しその人なつっこい性格の唐牛 健太郎(かろうじけんたろう)氏が全学連委員長。しだいに、反政府・反米闘争にすり替わっていく。この騒乱を収めるために・・・
WIKIに書かれている記述を見て驚きました。本当なの??下記参照。
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首相岸信介は、警察と右翼の支援団体だけではデモ隊を抑えられないと判断し、児玉誉士夫を頼り、自民党内のアイク歓迎実行委員会委員長の橋本登美三郎を使者に立て、暴力団関係者の会合に派遣した。松葉会の藤田卯一郎会長、錦政会の稲川角二会長、住吉会の磧上義光会長、「新宿マーケット」のリーダーで関東尾津組の尾津喜之助組長ら全員がデモ隊を抑えるために手を貸すことに合意した。
さらに右翼と暴力団で構成された全日本愛国者団体会議、戦時中の超国家主義者もいる日本郷友会、岸首相自身が1958年に組織し木村篤太郎が率いる新日本協議会、以上3つの右翼連合組織にも行動部隊になるよう要請した。
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池田勇人内閣(58代~60代)成立後、安保闘争は終結。
以降、ベトナム戦争反戦運動にすり替わってゆく。
※社会主義の北ベトナムに対し、資本主義の南ベトナム、双方の代理戦争
新安保の自動延長を迎える1970年にこの条約破棄を目的とした70年安保闘争が勃発。相当な激化であった。⇒筆者は大阪万博の華やかな印象しか存在しないのが70年だと認識していました。

共産主義同盟(ブント)⇒様々な団体に分裂し連合赤軍派が1970年に「よど号ハイジャック事件」1972年にあさま山荘事件を起こす。

映像の世紀 バタフライエフェクトでは、最後に唐牛 健太郎氏の現在を映像として放映。
トド撃ちの船で雑務をこなす唐牛氏のインタビューが印象的でした。様々な経歴を経て1984年3月に47歳の生涯を閉じられました。

2024/06/21

四天王寺 舎利出

 今日21日は「お大師さんの日」。弘法大師の月ご命日ということで境内には所狭しと様々な露天が並んでいて大変な賑わいです。
 骨董品、古道具屋さんに着物等の和装や洋装等の様々な古着屋さん、雑貨、インテリア等をはじめ、お好み焼きなどの粉もんの軽食等など。それはびっくりするくりのお店の数。
目当てにご年配の方々だけではなく学生さんもちらほら。もちろんインバウンドの影響なのか、各国の言葉も飛び交っていて驚きます。

21日は実は無料で中心伽藍に入ることができます。
今日の大阪は30度超えで境内はすごい熱気ですが、不思議なことにこの中心伽藍のは、とても心地よい爽やかな風が通り抜けてゆきます。

南側から仁王門・五重塔・金堂・講堂がそびえたち、西側と東側にはそれぞれ西重門・東重門があります。

さて、「舎利出」は四天王寺さんのHPには下記のように記載されています。
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毎日、11時より中心伽藍内の金堂において舎利出しの法要を厳修しています。お舎利とは、お釈迦様のご遺骨のことを言い、このお舎利を頭に頂き、御仏のお導きを祈る厳かな法会です。同時に、ご回向・ご先祖供養が厳修され、お経木にお舎利をお受けいただけます
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昨日、はじめてこの「舎利出」を体験することができました。
金堂には救世観世音菩薩とその四方を守護する持国天(東方)、増長天(南方)、広目天(西方)、多聞天(北方)の四天王像が安置され、壁面には 中村岳陵画伯の「仏伝図」が、釈迦の誕生から入滅までをわかりやすくそして美しく彩っています。

そして薄暗くも蠟燭の揺らめく金堂には「舎利礼文」が響いています。

一心頂礼。万徳円満。釈迦如来。 

真身舎利。本地法身。法界塔婆。

我等礼敬。為我現身。入我我入。

仏加持故。我証菩提。以仏神力。

利益衆生。発菩提心。修菩薩行。

同入円寂。平等大智。今将頂礼。

曹洞宗の我が家では、毎年の法事で聞き覚えのあるお経。。

「舎利出」は毎日朝11時より行われていますがなかなか機会がなく、参拝することがありませんでしたが、その厳かで神秘的なその儀式には感動を覚えました。
「舎利職」が救世観世音菩薩の向かって左前にある舎利塔より「南無佛のお舎利」を取り出し、供養し、参詣者の頭上に頂く儀式となります。

太子は生まれたときに左の手を握りしめたままであったが1歳になられた2月15日に東の空に向かって合掌され南無佛と唱えられました。その時に左手より仏舎利がこぼれ落ちたという。その舎利が南無佛舎利で太子信仰の中心。

四天王寺には守屋祠の謎、大阪には、上ノ太子(叡福寺),中ノ太子(野中寺)、下ノ太子(大聖勝軍寺)等、まだまだ聖徳太子に纏わる場所が沢山あります。

もちろんこの堂内は聖域につき、静粛かつ撮影禁止エリアです。

帰りはMIOの蔵元豊祝で軽くいっぱい!昼飲みが止まりませんww

2024/06/01

映像の世紀 東京裁判とニュルンベルク裁判

第二次世界大戦における敗戦国である日本のA級戦争犯罪人を裁いた国際司法で正しくは、「The International Military Tribunal for the Far East」。先日NHKで放映された「映像の世紀バタフライエフェクト」を見て驚きました。1946年5月から1948年11月までの長期間に審判され、A級とされた28人が裁かれ、うち7人が絞首刑(巣鴨拘留所)。
映像を見ると、絞首刑を宣告された方と、終身刑を宣告されたかたのその表情や心情・・その方々の本当の心の中なんてわかるはずはないけれど、それでも私の心の中にわだかまりのようなものが生まれたように感じました。

先進国で死刑を廃止している国が多い中で絞首刑を宣言した現実・・核爆弾を落とし、多数の犠牲者を出したことを正論としたアメリカとオッペンハイマーの苦悩。
無期懲役を宣言ざれたA級先般は数年後には釈放された事実。終戦前のどさくさ紛れの8月8日に日本に侵攻したロシアの北方領土の実効支配。

1929年アメリカウォール街の株価大暴落に端を発した世界恐慌は世界中に様々な影響を及ぼし、これは1914年~1918年に行われた第一次世界大戦の賠償責任を中央同盟国の国に特に深刻な影響を与えました。1933年にドイツ国首相に任命されたアドルフ・ヒトラーは経済を立て直す様々な政策により数年で完全雇用を達成、領土拡大を目指し1939年9月にポーランド侵攻により第二次世界大戦の火蓋が切られたが連合国の参入以降、様々な戦禍により1945年4月30日に自殺。そして6月5日の連合国の「ベルリン宣言」で敗戦が決定つけられました。その後7月26日にポツダム宣言・・原爆投下・・ソビエトの侵攻・・8月15日に無条件降伏という流れ。

東京裁判の数か月前に「ニュルンベルク裁判」(1945年11月)が1年がかりで行われ、戦勝国が敗戦国を裁くという一方的な図式であった。しかししでに自殺しているヒトラーに罪を被せたという印象におもえ、真実はわかりません。

初代西ドイツ首相に任命されたコンラート・アデナウアーは「私たちはナチスのにおいを嗅ぎまわることをもう終わりにすべきなのです」
1966年には、戦時中はナチ党員として外務省で働いていたクルト・ゲオルク・キージンガーが第3代西ドイツ首相に任命、戦後の目覚ましい発展の中で戦争の記憶は薄れてゆく。4代西ドイツ首相となったヴィリー・ブラント氏は実はこのニュルンベルク裁判を記者席で取材していた。
「国民は自らの歴史を冷静に振り返る心構えが必要です、なぜなら過去を記憶するものだけが現在を見極め、未来を見通すことができるからです。歴史との対話はとくに若い世代にとって大切です、たとえ生まれる前の事であったとしても引き継いだ歴史から誰もが自由にはなれないのです。」

この言葉はとても重く、今の若い世代は幕末以降の現代史をどこまで知っているのかとても不安でなりません。
いまの日本を取り巻く災いと軍靴の音。中国の台湾進攻があったら。。中国と香港の関係・・朝鮮半島有事・・ウクライナとロシア・・シリア内戦(政府軍vs反体制派)・・アフガニスタン紛争(アメリカvsタリバン勢力)・・これだけではありません。

安全保障条約と自衛隊・・アメリカ大統領選の行方・・などなど、今の私に何ができるか?を考えると、こんな記事を書くことくらいなのかもしれません。


NHK映像記録