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フランス風懐石料理中華風とは・・

 はじめまして。大阪市在住の多趣味なアラカンのMikanです。 私のブログのタイトル「フランス風懐石料理中華風」という、ちょっと不思議で贅沢なフレーズ。これは、フレンチの洗練、和食の様式美、そして中華のダイナミックな味わいが融合するように、「私の大好きなカルチャーや好奇心をジャン...

天王寺公園の思い出と明治天皇・第五回内国勧業博覧会

2026/08/11

prof 観光地 明治天皇聖躅 歴史

t f B! P L
私が覚えている天王寺公園の思い出は、いまから50年以上も前の風景。正面に立つと右手にドーム型をした熱帯植物園やガラス張りの温室。中央部には棕梠の木が等間隔に植えられていて花壇やわずかな芝生がありました。

その奥には大阪市立美術館と慶沢園。よく祖父に連れられて行ったものです。
また外せないのが大阪市立図書館があり、中学生の頃はB1にあった食堂でよくうどんを食べたものです。

図書館を過ぎると右に曲がる下り坂があり、坂を下りた右側には「野外音楽堂」、そして「天王寺動物園」の入り口がありました。当時、中学生までは無料だったので頻繁に利用。また慰霊祭の時に慰霊碑の前で演奏した記憶があります。

この「野外音楽堂」では毎年夏の夜、土曜日になると「たそがれコンサート」が開催され大阪近辺の学校や陸上自衛隊などの吹奏楽団体が華々い演奏会がありました。すぐ横には新世界の入り口があることから、酔っ払いの乱入のハプニングがあったりしたことも。

私が中学生となり吹奏楽部に入った時ももちろん、この舞台に何度も立たせていただきました。舞台袖で出演者が待機している開園10分前、当時の顧問の先生に呼び止められ「おい、すぐに新世界へいってワンカップを買ってこい」なんて今では驚きなこともありましたっけ。

1987年に開催された天王寺博覧会。あまり記憶がありませんが、このイベント以降、天王寺らしい猥雑さが薄れていった気がしてなりません。
この開催に伴い、裏通りで日夜繰り広げられていたカラオケ大会やホームレスの家が一掃されたことでなんだか寂しい気持ちになったのも否めません。

天王寺博覧会が終わり天王寺公園の中央部(今の芝生ゾーン)のみ有料化、たしかにきれいになったけれど、なんだか味気ない公園になったようでした。
2014年頃から今の公園になり、いろんなエリアからの方が集まってくる公園になりました。


さて、この天王寺公園では、第五回内国勧業博覧会が開催されたそうですが
今の天王寺公園のどこで開かれたのか・・・疑問がふつふつ。少し調べると会場の図面や配置図、その内容など克明に書かれた資料はすぐに見つかりましたが今回はまずその立地にについてを記載します。

◆ちなみに明治維新後、国内で5回の「内国勧業博覧会」が開催。

第一回内国勧業博覧会 1877年(明治10年)8月21日-11月30日(102) 東京・上野公園
第二回内国勧業博覧会 1881年(明治14年)3月1日-6月30日(122 東京・上野公園
第三回内国勧業博覧会 1890年(明治23年)4月1日-7月31日(122) 東京・上野公園
第四回内国勧業博覧会 1895年(明治28年)4月1日-7月31日(122) 京都・岡崎公園
第五回内国勧業博覧会 1903年(明治36年)3月1日-7月31日(153) 大阪・天王寺今宮

◆明治天皇(50歳)、皇后宮は会期中に大阪と堺で開催された第五回内国勧業博覧会に何度もお越しくださいっています

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明治36年4月20日 天皇京都御発輩 梅田亭停車場から第五回内国勧業博覧会会場行幸開会式
明治36年4月23日 天皇京都御発輩 博覧会停車場 会場へ行幸 工業館東京府工業別館御巡覧
明治36年4月24日 皇后宮会場へ行啓
明治36年4月25日 天皇京都より会場へ行幸 美術館 工業館 大阪府増設別館 参考館御巡覧明治36年4月26日 皇后宮会場へ行啓
明治36年4月27日 天皇京都より会場へ行幸 動物館 林業館 加奈陀館 水産館 農業館御巡覧
明治36年4月29日 天皇京都より会場へ行幸 教育館 植物温室 機械館御巡覧 
明治36年4月30日 皇后宮会場へ行啓
明治36年5月1日 天皇京都より会場へ行幸 臺灣館 日本体育会運動場 通運館御巡覧
明治36年5月2日 皇后宮会場へ行啓
明治36年5月3日 天皇京都より会場行幸アンドリューandジョージ館其田他外国出品御巡覧
明治36年5月4日 皇后宮会場へ行啓
明治36年5月5日 天皇京都より堺へ行幸 水族館御巡覧
明治36年5月6日 皇后宮会場へ行啓
明治36年5月7日 皇后宮京都より梅田停車場 泉布観に於ける日本美術協会大阪支会に台臨
明治36年5月8日 天皇京都より梅田停車場 大阪市築港行幸 工事従業船会場作業等叡覧
明治36年5月11日 天皇皇后東京に還幸啓
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そうかー、今の「てんしば」の看板側は側面になって本当の正面は南側に設けられた引込線側が正面だったようですね。







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