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2024/05/10

2024 5/10 久保惣記念美術館

 亡くなった母と何度か来た思い出が蘇る思い出の美術館です。
和泉市の静かな市街地にあるこの美術館で開催中の「源氏・若冲・応挙ー近世絵画と久保惣の名品ー」へ行ってまいりました。

JAF割引対象がありがたいだけでなく、キャッシュレスにも対応したようでいっそう便利になりました。

前回訪問した「東海道名所風景ー浮世絵に見る将軍様御上洛ー」の際にとても気になった宮本武蔵「枯木鳴鵙図」もありました!なんとまた、応挙の「老松鸚哥図」も初公開!伊藤若冲の「乗興舟」は、京都伏見から大阪八軒屋までの風景を見事!圧巻!





2024/04/27

いろはにほへと

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ  つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす

色は匂へど 散りぬるを
我が世、誰ぞ 常ならむ
有為の奥山  今日越えて
浅き夢見じ  酔ひもせず

美しい花もいずれは散り 誰一人として永遠に
生き続けられるものではない
無常の悟りの世界に至れば、儚い夢を見ること
なく、眼の前のことに振り回されることもない

(    徳川美術館 所蔵品 )

2022/10/22

足立美術館訪問

 横山大観さんの絵画所蔵で有名な足立美術館へ行ってまいりました。この地は18年前の2004年に母と二人で訪れた場所です。
当時は「無我」「雨霽る」「神国日本」だけでなく、美人画の上村松園さんやキレのある日本画の橋本関雪さん、墨の濃淡で奥行きを見事に表現する富岡鉄斎さんの絵画に無性に感動。
今回はやっぱ大観さんの「紅葉」と特別展の武内栖鳳さんの写実的絵画。西洋絵画風にも見えるけれどモチーフとその緻密な表現に驚きました。

足立美術館といえば横山大観さんのコレクションだけでなくとってもキュートな林義男さんの童画。今までになかった北大路魯山人さんのコレクションが数多くあり大いに目の保養をさせていただきました。

もちろん、世界的に有名な庭園も素晴らしく心をほっこりとさせていただきました。










2004年に母と同じ場所で沢山写真を撮りました。
そこに当時の母が佇んでいるようなそんな気がしてなりませんでした。

2022/10/19

もう7か月が過ぎました。

 早いもので今日で7カ月が過ぎました。

きっとそっちの世界では自由に歩き、祖父や祖母、そして一足早く逝った父と楽しく過ごしているかな?

この週末を利用して生前に母が愛した『足立美術館』に行ってくるね。

2017/08/27

2017 8/27 『怖い絵展』 兵庫県立美術館とシリア料理

今、話題の『怖い絵展』へ行ってまいりました。


9時30分に到着するとすでに駐車場待ちの車がいっぱい。なんとか地下駐車場へ停めることができましたがあと空きは僅か。急いで1階のチケット売り場へ急ぐとすでに200名以上の長蛇の列。55分からのチケット販売開始ということでようやく買え、会場へ。音声ガイドのレンタル場へ急ぐとそこでもすでに100名以上の列。

ようやく展示場へ入ると、人・人・人・・・。

ところがこの展示会場は順不同なので最後のブースへ行くと見事にガラガラ!
ゆっくっりとポール・ドラローシュの《レディ・ジェーン・グレイの処刑》を鑑賞することができました。

他にもジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 《オデュッセウスに杯を差し出すキルケー》のワインを飲んじゃうと・・・!やハーバート・ジェイムズ・ドレイパー 《オデュッセウスとセイレーン》ではたしかギリシャ神話であったお話で耳栓をして歌声を聞くと・・・。

またジャック=エドゥアール・ジャビオ 《メデューズ号の筏(テオドール・ジェリコー作品の模写)》やフレデリック=アンリ・ショパン 《ポンペイ最後の日》は沢山の方々が遭難したパニックの様子が書かれていて

ヨハン・ハインリヒ・フュースリの「ナイトメア」はなんとも。。

ウィリアム・ホガース「ジン横丁」と「ビール横丁」ではなんと皮肉たっぷりな様子が見て取れました。

キリスト教を背景とした戒律や清教徒革命、古代ヨーロッパの状況などが理解できているともっと深読みできるのでしょうね。


さてランチは近くにあったJAICA関西のレストランでいただきました。


週替わりでいろんな国のお料理を出してくださるようで、今週はシリア料理。

初体験!


アーアルアルーズ(お米とバーミセルという極細パスタ入りバターライス)はよく見ると素麺みたいな白いうにょうにょした麺入り。わりとパサパサしたバターライス。

バーミヤビルラッハマ(マトンとオクラをにんにくで炒め、トマトやコリアンダーなど数種のスパイスで煮込み)は美味!オクラの青臭さもなくマトンの角切りも柔らかく美味しくいただけました。
ババガヌージュ(焼いて皮をむいた茄子に、胡麻、クミン、レモン汁、オリーブオイルを加えてペースト状にしたもの。クラッカーにつけながら召し上がってください。)は
いままで口にしたことのない風味。たぶんクミンの風味がいつまでも胃の中に残っている感じ。
キャロットスープ(玉ねぎ、人参をチキンスープで煮込みました。カルダモンで風味をつけています。)は温かいロトロトスープ。
バルーザ(牛乳とオレンジの二層の爽やかなゼリー)は妙に乳臭いけれど冷たくて美味しかった。

ということで、はじめていただいたシリア料理。不思議と腹持ちが良くっていつまでも満腹感が持続していました。

なぎさ公園を少し散歩して帰路につきました。



2017/04/01

2017 4/1 目の前には曜変天目茶碗が。。

先日、夕方のニュース番組tenで放映されていた「藤田美術館」。
現在、「ザ・コレクション」を6月11日まで開催中です。



この美術館の至宝はなんといっても「曜変天目茶碗」。
国宝なのにわずか30cmくらいの超至近距離から見られるってことで行ってきました。

※下記のお写真は 藤田美術館サイト 掲載のお写真です。





偶然の産物でもあるこの妖しくも不思議な光りを放つ茶碗です。

家康が所蔵していたとの事。


これがガラスケースに入っているとはいえわずか30cmくらいの距離で見られるんだから大感激です。

先日の【お宝鑑定団】で4つ目が発見されたということで、その真贋についていろんな話がネットで盛り上がっておりますが、私が曜変天目を知ったのはもっとまえ。

それは一条ゆかり先生の大人気コミックの【有閑倶楽部】の第19巻の3話「菊正宗征四郎、一生の不覚」に登場してきます。



この話しの主人公の菊正宗征四郎が預かった曜変天目をうっかりと割ってしまい・・なんと・・・。というお話です。
ちなみに我が家のは2002年11月2日の第一版でした。


もちろん至宝はこれだけではありません。仏教界垂涎のお宝、玄奘三蔵によってサンスクリット語を漢字へ訳された大般若経を奈良時代に書写した現物がありました。奈良時代だからびっくりです!

もう驚きの美術品や工芸品がこんなに近くで見られるとはほんとに驚きの連続でした。


ちなみに太閤園の駐車場に入れる手段もありますが美術館側にも数台専用駐車場がありました。

で、美術館の後は広大なお庭を見学。



藤田邸跡公園は明治時代に実業家として、その名を馳せた男爵藤田傳三郎氏の邸宅の一部にあたり、当時は公園周辺の市長公館や藤田美術館、太閤園などと共に広大な敷地をなしていました。

 

位置的には、毎年大阪人ならご存知の【造幣局の桜の通り抜け】の大川をはさんだちょうど反対側にあります。




園内には池や川、そして美しく手入れをされたお庭で桜がすでに咲いています。




美術館は800円の入場料でしたが、お庭はなんと無料!

本当にありがたいことです。

2016/07/23

2016 7/23 スターウォーズ展



行ってきました!スターウォーズ展!

目の前に、レイア姫やルークにハンソロの衣装だけでなくダースベイダーやシディアス、ダースモールのライトセーバーが目の前に!

フラッユゴードンや黒沢映画との関わりが説明されていました。

今年の年末!12月16日に公開のローグ・ワンが楽しみです。

http://starwars.disney.co.jp/movie/r1.html

2013/06/08

2013 6/8 大阪市立美術館 ボストン美術館展

このドタバタのような1週間がすぎて、朝寝を楽しみたかったのですが、朝4時30になると目覚めてしまいます。習慣とは本当に恐ろしいもので結局いつもどりの規則正しい生活を楽しんでします。

さて、ボストン美術館展がそろそろ終盤をむかえるので今日は久しぶりに大阪市立美術館へ。

途中はお定まりの幕末の崇高な国学者さん、佐久良東雄さんの碑へお参り。
この碑に気づく方はまず居ないくらいのはずれの場所にあります。

大阪市立美術館の正面に背を向けて右手の坂道の途中の茂みの中にあります。
ぜひ行かれた方はご確認ください。

花の嵐に散るを見て 
事しあらば我が大君の大み為 
人もかくこそちるべかりけり



さて、ボストン美術館ですが、さすがに大入り満員!
列をなしてぞろぞろと動くような流れで2時間!その素晴らしい仏教美術や日本画を堪能してきました。



なんといっても曾我蕭白(しょうはく)さんの雲龍図!この迫力に圧倒!
これが本当に水墨画?って思うくらいの筆使いにその構図と表情。

いちおうLINKです。↓

http://www.boston-nippon.jp/highlight/05.html

これが生で見れちゃうんですからお値打ちですww

もちろん伊藤若冲さんの龍虎屏風図もすごい迫力でした。

さて、帰りは久しぶりの慶沢園へ寄って。。
あれれ・・なんとも奇妙な風景!ハルカスがにょきっと顔をだしています。


これも時代の流れなのでしょうねー。。

2013/01/12

2013 1/12 西宮戎さんと清荒神さん


十日戎には欠かさず参拝していましたが、今年は転職したので無理でした。
長年の習慣を絶つのって辛いですね。

で、今年は残り戎の終わった12日に参拝することにしました。
せっかくなので今年は西宮戎神社へ。

境内では昨日までの喧騒を思い出させるような屋台の撤去のタイミングと重なって
車やトラックがいっぱい!

なんとか参拝を終え、テレビ中継でおなじみの赤い門の前で記念撮影^^この門の前からたくさんの方々がダッシュされてるんだなーって思うと感慨深い思いが。。



清荒神さんもいつも参拝をしているのですが、前回前回お参りした時には改装工事中で入ることができなかった富岡鉄斎さんの美術館にどうしても行きたくって・・。「鉄斎 -喫茶の楽しみ-」と題して書画や茶器が展示。
勢いのある水墨画や繊細に書かれている線に論語が書かれている掛け軸や茶器に目を奪われました。
そして横にある奥ノ院の滝でしばしクールダウン♪

ステキな日本画を見ると、また足立美術館に行きたくなってきました。
今年中には行って来ようかなー。
参道をぶらぶら歩いているとステキな竹細工のお店発見!お店の中には白蛇さんが!おもわず記念撮影してステキナ週末の一日を終えました。

2012/05/05

2012 5/5 真田祭 大石順教尼の記念館

毎年恒例の5月5日は、九度山町の真田庵にて行われる真田三代の法要です。
今年は本当に天候に恵まれ、また真田ファンの方が増えたのかたくさんの方々が参列くださいました。


私たちは朝9時すぎに九度山に到着、駐車場はすでに満杯で驚きました。

もちろん法要だけではなく、真田祭が開催されると同時に4月1日から行われていた『町家の人形めぐり』の最終日で多くの方々がまちなかMAPを片手に歩く姿がみられました。
九度山を初めて訪れた時は、まだ駐車場は役所くらいしかなくて、観光にも力が入っていない感じで、真田庵の場所さえもわかりにくかったのですが、それから年月を重ねるごとに観光化!しかもお住まいの方々の丁寧なおもてなしのその優しさが伝わるそんな町です。


定時まで喫茶アメリカンで休憩し、真田庵へ。
定時になりご導師様がお見えになり厳かに読経、そしてその厳かな雰囲気で法要が始まりました。
岡本町長さんをはじめみなさまのご挨拶、そしてご焼香がおわり、今年も無事に法要が無事終了いたしました。


法要が終わり次は旧萱野家(大石順教尼の記念館)へ参りました。
先月の4月21日に京都にて漫画の【祖母さまのお手々はだるまのお手々】が発表となった際には
大変お世話になり、その際に今日、お伺いさせていただく旨お伝えさせていただいていました。
今日は、爽やかな新緑の気候を通り越したような夏日をおもわせる中、久しぶりに九度山の町を歩き、心地よい汗を感じました。途中すれ違う地元の方々みなさんがとてもステキな表情をされているのが印象的で、案の定きっちりと道を間違えたため途中で行き方を教えてくださったお婆様もすごくステキでした。
旧萱野家にはすでに多くの観光の方がお見えになっておられ、その光景をとても嬉しく感じることができました。さて私は今回で2回目で前回行かなかった離れ座敷を案内いただきました。
鶯張の廊下を渡った奥の6畳のお部屋です。ここで大石順教尼さんがくつろがれたそうで、当事のままの和机が置いてありました。きっとここでで書や絵をしたためられたのでしょう。そしてこの和室の縁側からはステキなお庭越しに高野山山頂を拝むことができ、思いを馳せられたのでしょう。
※九度山町の紹介ページは下記となります。
http://www.town.kudoyama.wakayama.jp/dd.aspx?menuid=1398

2012/04/21

2012 4/21 大石順教尼の漫画制作発表会

大石順教尼の漫画制作発表会
久しぶりの京都。さて、どの経路でも名神の京都南の渋滞は避けられないので早めに大阪を出発しました。
そのお陰で11時には会場付近に到着、ゆっくりとランチを頂くことが出来ました。
今日の会場は、京都国際マンガミュージアム。
今日は順教さんが亡くなられて90年目にあたるご縁日となるとのことで、日頃から、順教さんは亡くなるんなら21日と決めておられたそうで驚きです。
さて、ここは小学校の跡地を利用したそうで、なんだか妙な暖かさを感じる建物です。
私たち一行は受付を済ませ場内に入ると、九度山の岡本町長さんをはじめ遠方より多数お越しになっておられます。
不思議なものではじめての会場で、顔見知りの方が居られるとすごく安心した気持ちになれます。

さて、定刻になり式典がはじまりました。
司会の西出様より開演の言葉に続き、漫画制作委員長さんの大石哲史さまのご挨拶でした。
大石哲史さまは、順教さんのお孫さんにあたるそうで、なんども「ばぁちゃん・・」と呼びかけられ。また.。順教尼が亡くなられた日、ボーイスカウトでの行軍の最中であったその日のことを語ってくださったのが印象的でした。続いて、九度山町岡本町長さんのご挨拶では九度山と順教尼さんとのご縁のお話と九度山町の歴史と文化についての文化の部分を大石順教尼記念館の設立ということで熱く語られました。
次に大石雅美さんのお話です。この雅美さんのその心温まるお話を数々聞かせていただき、順教さんのそのお人柄がよくわかったそんな気がいたしました。とくに心にのこったのは、順教尼が自らの人生の中に引いた3本の線のお話で、それは赤の線~あの惨劇のあった日。金の線~ご結婚された日。 空の線~得度された日。
人生を大きく変えた3つの日お話でした。
パネルディスカッションでは、大石雅美さんの同級生であり、今回の漫画制作の要となった赤坂博さま(精華大学理事長)、そして作画をされた濱田麻衣子さんのお話では、涙で声が詰まる一場面があり、その思い入れが伝わってまいりました。
映画「天から見れば」の監督の入江富美子さんのお話では、映画のネタバレにならない程度の様々なエピソードをお話くださいました。そして最後には、九度山の記念館館長さんの萱野正巳さんのお話を頂戴、中でもお人柄がわかるエピソードがありました。正巳さんがまだ幼少であったころ防火水槽に居たぼうふらを見て「ぼうふらも蚊になるまでの浮き沈み」と詠まれたそう。そしてお話の中で「ぜひ講談に!」というありがたいお言葉を頂戴いたしました。



漫画の贈呈式を終え、マリンバ演奏にあわせた大石哲史さんの歌を拝聴。この曲は順教尼の14編の詩に印象的なモチーフを使ったメロディをつけたものをすごく叙情的に歌ってくださいました。
(こんにゃく座でオペラ歌手をされているとの事)
中でも私の心をぐっと締め付けたのは下記の詩。。。
船底の朱ぬりの枕に黒髪は血しおにぬれてまつわりつきぬ
くちに筆とりて書けよと教えたる鳥こそわが師にてありけり
祖母様はだるまのお手て神様に一つ貰えと初孫はいう
そして・・
落とされし双手を高野のきりふかきその奥つきの土にうずめん

第一部の最後にお礼の言葉を述べられたのは大石智教さん。順教さんの長男のお嫁さんにあたりますので
順教さんは姑さんにあたります。その語られた言葉のひとつひとつに敬愛の念が感じられ、拍手喝さいの中、終了いたしました。

第二部はドキュメンタリー映画「天から見れば」の上映会。
この主人公の南正文(日本画家)は順教さんが亡くなる2年前にその門を叩かれた最後のお弟子さんとのこと。
ある日突然背負ったあまりにも過酷なハンデで希望を失いかけたときに出会った順教尼に生きる道を教えていただいた方とのこと。
私はお蔭様で五体満足であるからそれぞれの有り難味に気がつく事は無く、もし両手がなくなったとしたら。
自分が生きている事は常に誰かのお世話になり続けることを意味し、そのあまりの心労に耐えられなくなることでしょう。「私の弟子になりたいのなら3つの約束をせよ」と言った順教尼の言葉に従った南さん。「できない事とやらない事は違う!」と、ついあきらめてしまう私の甘い心におもいっきり喝!をいれられてしまいました。
映画が終わり、その感動も醒めないままに入江監督さんや大石雅美さんにご挨拶をさせていただき京都を後にいたしました。


今日の様子は下記BLOGでも紹介されています。
環翠軒にて in九度山 大石順教尼記念館

最後になりましたが、関係者の皆様!本当に素晴らしい漫画ができましたねー。
もっともっと順教尼さんの心が浸透すれば、ステキな国になると信じています。
まずは私から。。頑張ります。
今日はホントにありがとうございました。素晴らしい一日になりました。

2010/11/27

2010 11/27 これぞすみよしパワー!住吉大社1800年の歴史と美術


大阪市立美術館で開催・・終了(m´・ω・`)m

古くから「住吉さん(すみよっさん)」と呼ばれている住吉神社は平成23年(2011年)、御鎮座1800年を迎えます。
この由緒ある住吉さんには、海の神様の住吉三神の底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)と神功皇后(じんぐうこうごう)の四柱が祀られているとともに五大力さんや初辰さん等、商売や庶民信仰に根付いて今日まで続いています。


また白砂青松の風光明媚であった場所柄、和歌や短歌や様々な文学にも読まれるとともに、美術工芸品にも色々なモチーフとして住吉さんをシンボライズして取り上げられています。

大阪市立美術館では様々な住吉さんにまつわる美術工芸品や文献等を10/9から展示。そして11/28に終了しました。
もっと早く行きたかったんだけど、つい色々なことがあって終了間際の11/27に行って参りました。
時間があるときにゆっくりと鑑賞したかった・・(-。-) ぼそっ。





会場は信仰対象としている住吉三神や和歌や書画、工芸品、そして祭に対し構成されています。

なんとも言われぬパワーを感じる尾形光琳作「白楽天図屏風」の本物を見る事ができます。

2010/10/31

2010 10/31 高杉新作立志像建立記念講演会  ~晋作と龍馬

今回の目的の一坂先生の講演会が始まりました。
はじめの15分くらいはちょっと書けない内容ですが、この時は会場から大爆笑や、「え~?」っと言うような驚愕の声で包まれていました。
私もおもわず「え~?そ、それはないやろ・・」と驚きましたwwファン心理ちうのは非常に恐ろしいものです。
さて場内はすでに先生のペース。私の大好きな落語でいうところのマクラはOK。漫才だとつかみはOK状態。

某日、一坂先生の所に某週刊誌から連絡があり、インターネットでのアンケート結果で、大好きな歴史上は?の問いに対してなんと高杉晋作さんが1位になったそう。バブル期には10位にも入らなかった晋作さん。やはり現代人=組織人であり、殿様のために・・と最後まで紛争した姿が近代人の苦悩に重なったのか・・・ちょうど伊勢谷さんの出演された龍馬伝があったからのか。
長州人はいわゆる議論好きといわれている、なかでも松下村塾では色々なお話があったようだが王陽明の影響を受けた松蔭先生は意外と冗談が大好きで色々と文献に載っているらしい。いずれも松蔭先生の面影を感じさせる冗談であり近代の親父ギャグとは程遠いよう。

さてよく一坂先生のところに質問をいただく内容として、《晋作さんと龍馬さんは何度あっているのか?》が寄せられるらしい。
まず初回は会っているかもしれないというレベル。
文久2年 上海より帰国した晋作さんは江戸で龍馬とあっている可能性が高い。ちょうど久坂さんらが、攘夷で異人を切る案件が持ち上がり、土佐藩邸にいる武市に賛同を促す手紙を送る。この中に龍馬の名前があっている。この計画はその後、武市より毛利の若殿様へリークされ寸前のところで中止となってしまう。

2回目は長州にて、高杉さんは扇面に漢詩を書き、ピストルを添えて龍馬にあげている。
文献ではこのピストルは上海土産とされているがその真偽は不明。大村の日記にはピストル購入者の一覧に谷梅之助の名前があがっている。

そして3回目は慶応2年6月。小倉口の戦い。いわゆる四境戦争。薩摩名義の長州の船を返却に来た龍馬に奇襲をさせている。この功により、龍馬は慶親公よりラシャの背広と刀を拝領し、長崎に帰っている。
ということで最低2回、ひょっとしたら3回かもしれないとの事。もちろん龍馬さんは1835年、晋作さんは1839年生まれと年が近く、実は影響を与えた人物が共に吉田松陰先生であることから話しが盛り上がったかもしれません。

龍馬さんは15ヶ月の間に江戸への剣術修行へ出かけていますが、これはあくまでも条件付。
土佐藩に何かあれば組織に加わりなさいということ。実際、黒船の出現で品川の警備につかされている。
この時点では品川には松蔭先生もいたはず。
あくまでも外国の手の内を知ってから攘夷をおこなうという松蔭先生の方針に対し、過激派の龍馬さん。ともに佐久間象山塾に入門する共通点がある。

だれもが戦争になる・・とおもいきや・・なんと幕府は3月3日に和親条約を締結。
そして3月5日には密航事件が勃発。これが原因で佐久間塾はつぶれてしまい竜馬は四国へ帰っている。
《かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂》の松陰先生の句に対し
龍馬は《かくすれば かくなるものと われも知る なお止むべきか 大和魂》と読んでいる。

さて晋作さんは16才の2月に若殿様のお付として江戸に行っている。
そして松蔭先生の密航事件を知るわけだから、おそらく藩邸はその一件でごった返しているはず。
実は晋作さんはこの時点で松蔭先生と密接な関係がある。
松蔭先生が師事していた、晋作さんのおじさんにあたる「田上宇平太」(洋学者)が帰国することになり、佐久間象山先生を紹介いただき入門しているから。
晋作さんはあくまでも内戦により幕府崩壊をつぶすことを考えており、これは中岡氏の「時勢論」に影響を受けている、すなわち晋作さんと龍馬さんは方針が違いすぎるわけで双方のコミュニケーションは無かったのではないかと考えられる。

そんな晋作さんも亡くなる4ヶ月前の父に宛てた手紙では「親不幸ばかりすてきましたが唯一の孝は、孫を残せたこと」と書いている。
また直前には「萩に帰りたいが、かごに乗って帰る体力はもう残っていません。蒸気船が見つかったら帰りますのでひょっとしたら突然帰国するかもしれません」と送っている。
自分の命の灯火が尽きることをしっていたのでしょう。

※文章は一坂先生の言われたことを元に私が脚色している箇所がありますのでご注意ください。

やはり一坂先生のご講演は非常にわかりやすいことで大人気の様子。終了後30分以上たってもファンに取り囲まれていたちょっぴりはにかんだ一坂先生のお顔が印象的でした。
もちろん、江里先生とおなじおく、晋作さんの像の前で記念撮影をしていただきました^^

2010 10/31 高杉晋作立志像建立記念講演会 ~立志像ができるまで

午前中に開催された除幕式に続き、会場を変え萩博物館の講演会室にて銅像を製作いただいた江里敏明先生と一坂太郎先生の記念講演会が開催されました。

江里先生は通常公開を行わない銅像の製作工程を全て写真に映されており、今回の講演会ではその写真を元に解説をいただきました。
江里先生と、この萩の関わりは、6年前に開府400年記念で毛利像を作成したことに始まります。

さて、今回の高杉晋作像は、ポートレート等で有名な散切り頭ではなく、月代、ちょんまげ頭に紋付、袴に刀を携えた像で、これは20代前後をイメージされており、昼間は明倫館へ、そして夜には松下村塾へ通う若かりし高杉新作さんです。

【工程】
2009年6月に依頼があり、打ち合わせの後、イメージ膨らませてスタンド付の針金の芯が完成したのが2010年1月~2月。
そして2月末より粘土で肉付けをしていかれますが、このときの高杉さんはなんと裸像。
その肉体美は現代の男性の筋肉美に大差ありません。
この時点で粘土の重さは400キロ!そして次の工程ではこの裸像に草鞋や袴を付けていかれると同時に随所に芯柱を入れられます。
そして4月半ばにはようやく刀を持たせ、羽織を着せてゆかれます。

さてこの段階で当初の完成形のイメージが具現化されるわけですが、先生曰くなにかが足らない・・との事。

なにか力強さが足らないということで、江里先生のされたことは、なんと上半身をつぶして一から再作成。
このお話の瞬間、会場から一斉に「え~~?」という大きな驚きの声が聞こえました。
その後、首の位置を後ろにずらせ、胸を張った姿にされ、これでようやく今回の形となったわけですが時はすでに8月22日。

全体に石膏をまんべんなく振りかけては麻を貼り、石膏が1センチの厚みになるまで延々と続けられます。
次に石膏のそれぞれの端に打ち込んだ鋲から順にパーツごとに切りわけて、パカッと取り出して中の粘土をはずします。
そのはずした石膏の中面にはポリエステル樹脂を塗り、FRPを貼ってゆきます。そして元通り組み立てて石膏を割ることで原型がようやく完成となります。

鋳造所へ運び、その原型の上に覆いかぶさるような型を作成し、銅を流し込む4箇所の穴から一斉に銅を流し込みます。
実は純粋な銅ではなく、銅が90%、錫5%、亜鉛・・などの内緒の配合比とのこと。
冷えて固まったら原型を叩き出す作業でこれが細部にいたるまでの非常に緻密な作業でした。
さて、ようやく完成したら最後は硝酸を吹くことで緑錆を発生させることでようやくホントの完成となります。
この480キロの銅像は台座に2本のボルトで留められています。

最後に、先生より銅像の大半は触ってはダメと言われているが、本当はみんなが触ったほうがキレイに、そして好い風合いが出るといわれてお話は終了いたしました。

この萩博物館には銅像制作時点で型として残ったFRPの像が展示されています。せっかくなのでその前で先生と記念撮影させていただきました。
本当にありがとうございました。

2010/08/09

2010 8/9 LOOP GIRL 告知


日々を纏い重くなった少女の半身を連れ出そうと、衝動的に走り出す。
それさえも日常の繰り返しが見る夢だと知りながら廻り続け、
生まれた作品と共に駆け出す3人の展示とライブパフォーマンスを交えた作品展。


2010/09/16-09/20  12:00-20:00 (最終日 ~19:00)
※19日 15:00- ライブイベント&ヴァイオリンライブ

絵/ライブペイント 坂田 尚未
立体/写真/ヴァイオリン かい
絵/立体/ライブペイント mine (tsuji.m)

【89】画廊
530-0016 大阪市北区中崎町1-4-15
TEL:06-6376-0593
http://www.k3.dion.ne.jp/~irori-05/toiawase.html

2010/07/31

◇2010 7/31 水木しげる 妖怪図鑑

こんなにブームになるとはホント思いもよりませんでした。


そう、朝ドラの「げげげの女房」が火付け役となり水木しげるの妖怪ブームがおこりそうな気配です。



今日7/31から兵庫県立美術館にて「水木しげる 妖怪図鑑」が開催されました。



朝一の所用をすませて会場到着がほぼ正午と出遅れてしまいまった為に駐車場はすでに満車。

向いにある大型家電店に停めることでなんとか一安心。

さて会場は親子連れでいっぱい。30代~40代の親は意外と妖怪についての造詣が深いようで、おそらくアニメのリメイクされた鬼太郎世代なのでしょうか?



さて展示物は水木プロが精魂込めて書かれた妖怪の絵が出現場所別に整理されて飾られています。

どの絵もあの水木先生独特のタッチで線画や点描が印象的でした。それぞれの妖怪もどことなく面白さがただよっていておもわずクスッと笑えるような微笑ましい妖怪図をみることができました。

また特別ブースでは江戸時代に書かれた様々な百鬼夜行図や錦絵、浮世絵、掛け軸を見る事ができます。

当時の文明で説明がなしえない自然現象はすべて妖怪、物の怪の仕業としていたのでしょうね。

それでもワタシ的にはその存在は信じています^^



夏休みイベントで大人気の妖怪。

鬼太郎の出生のヒミツや楽しい仲間達の紹介のコーナーもあり、年代を問わずに楽しめるイベントです.

2009/10/31

◇2009 10/31 金子みすヾこころの宇宙へ

「奈良みずヾの和」発足20周年記念講演会
金子みすヾこころの宇宙へ  -咲かそう みすヾコスモス-
奈良県葛城市當麻文化会館大ホール

・「奈良みすヾの和」20年のあゆみ 
・講演 矢崎節夫先生
・講演 佐治晴夫先生
・花束贈呈

11時30分頃に会場到着。すでにたくさんのみすヾ会の方々が忙しくされているご様子。
ロビーに掲示されている20年の歩みのパネルや、たくさんのみすヾさんの出版物を見て歩く。
定刻12:15開場の後、予定通りスライド上演。

◆矢崎節夫先生の講演に触れるのは今日で2回目。数年前に拝聴する機会があり、今でも当時のお話の内容を鮮明に覚えています。

現代の悪しき風潮では「私と貴方」という、自己本位的な主張が多い。あくまでも「あなたがいて私が存在する」、そんな哲学的な主張の中に立つことで、初めて自然に生かされている自分が存在します。
子供が生まれてはじめて両親は親となります。私たちのところに生まれてきてくれた子供は、自分たちの宝物であるという言葉や意思表示が無ければ、子供は自分の存在意義を見出すことが出来ません。みすヾさんの詩を引用していろんな言葉のもつ意味と言葉をかける大切さを話されました。

◆佐治晴夫先生は今回初めて。理学博士・鈴鹿短期大学長・元NASA客員研究員とのこと。

自分とは?男女の性差とは?そして人間への進化は体だけではなく内面的な心の進化を捉え、さらなるコミュニケーションの方法は不完全な要素をもつ言葉を媒体とするものではなく「音」であるとおうお話でした。また最近有名になられたピアニストの辻井伸行さんは、盲目という障害だけではなく大変なハンデをお持ちであるがその才能についてを話されました。途中、娘さんのピアノ演奏とリコーダとの演奏がりました。

◆花束贈呈で、今回はじめて金子みすヾさんのお嬢様でおられる、上村ふさえさんのお姿を拝見させていただきました。
金子みすヾさんが、自ら命を絶たれたキッカケともいえる、娘の感性をはぐくむ大切さを捉えたことで存じていましたが
今、目の前におられるふさえさんを通して金子みすヾさんを偲ぶことが出来ました。どうぞいつまでもお元気でいられることを願ってやみません。

今年、みすヾさんがご健在であれば106歳であるとのこと。
みすヾさんを見事、現代によみがえられた多くの皆さんのご活躍に頭が下がるおもいでした。
ありがとうございました。

2009/08/23

◇2009 8/23 福澤諭吉展

一坂太郎先生の著書を拝読すると、大阪にはいかに史跡が多いかをあらためて認識します。

大阪市立美術館で行われている【福澤諭吉展】へ行くために天王寺公園を通り美術館を目前にして「そういえば・・この近くに石碑があったこと」を思い出しました。一坂先生の書物の通り「ひっそりと忘れ去られたような場所」にその石碑はありました。
佐久良 東雄先生の碑>で、この方は幕末、尊王思想を説かれ、あの桜田門外の変の際の関係者である<高橋多一郎親子>を匿った事や、獄中で「徳川の粟は食まず」と断食され自ら命を亡くされた方です。
また<高橋多一郎親子>のお墓は四天王寺さんの墓地の中のすぐ手前にあります。壮絶な最後だったようで<怨霊消滅>と書かれた石碑が痛々しく大阪の幕末の様子を偲ぶ事ができます。


さて福澤諭吉展では、さすがに慶応義塾大学の祖である福翁。様々な事象を裏付ける資料が豊富で、清廉潔白で実直なお人柄をうかがう事ができました。
勝氏と仲がよくなかったそうでおもわず、クスッとしてしまいました。

2009/05/02

◇2009/5/2 木下美術館

いろんなご縁で【木下美術館】に行ってまいりました。
元々は琵琶湖湖畔にあったらしいのですが今は比叡平という比叡山麓の落ち着いた住宅街の中。



ちょうど尾形光琳さんの屏風絵や<橋本関雪さんや上村 松篁さんの掛け軸等が展示されていました。

日本画は横山大観さんや富岡鉄斎さんの日本書画を代表する方の作品を見る機会が多かったので、すこし戸惑いましたが光琳さんの六曲一双の屏風は貴族の蹴鞠姿がイキイキと描かれていました。

会場は小ぶりでいろんな名品を展示していますのでぜひ立寄ってみてください。

と・・・まじめな文章ですが実はこの後、紙でこしらえた兜をかぶらせていただき光琳さんの屏風の前で写真撮影・・ヾ(゚Д゚ )ォィォィ

ありえへん楽しい思い出ですww