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比良レ-クハウス 

 毎年、3世帯合同で行っている恒例のキャンプ。今回で7回目となりました。

例年は湖北の余呉湖、山中のロッジでしたが、本年の会場は滋賀県湖西の比良で行いました。

琵琶湖の浜の目の前ですごく美しい場所です。

大型台風14号が遠のいた直後の15号到来で前日までドキドキでしたが幸い2日間とも快晴。





信仰と信心

 はじめて一心寺さんに行ったのは何歳の頃でしょう。

大阪に古くからあるお寺さんで、おそらく大阪の人で知らない方はおられないでしょう。

私の祖母が亡くなったのは1981年10月、そして祖父が1983年3月。今では仲良く一心寺さんのお骨仏さんとなり毎日大勢の方々に手を合わせていただいています。
 そして当家の代を母が仕切るようになってからは毎年8月1週目の日曜を法事と定め、春秋のお彼岸はもちろん、事あるごとに参拝をすることが当然のごとく習慣になっていました。


そしてこの3月に母も入寂。半年が過ぎました。

 我が家と曹洞宗の経緯はちょっと変わっていて、本家は浄土宗だけどなぜか物心ついた時からお盆の法要はなぜか曹洞宗。正式に曹洞宗だと自覚できたのは昭和56年の祖母の枕経の時。
びっくりな経緯で曹洞宗になりました。
 毎年我が家に来て下さる尼僧さん(庵主さん)は母と非常に懇意にしてくださっており。共に齢を重ね、母は母は帰らぬ人となりました。その毎週の法事では心のこもったお経をあげてくださりとても感謝しています。

母が好きであったお経は『四弘誓願』(しくせいがん)。もともと受戒を受けていた母は『和順』というお名前を頂戴しておりました。

衆生無辺誓願度

煩悩無尽誓願断

法門無量誓願学

仏道無上誓願成

この短い28文字を3回繰り返します。

また、「修証義」を全文あげてくださいました。

まさに亡くなった母を偲び、残されたものがどう生きるか?の手掛かりとなります。生を明らめ、死を明きらむるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なし、但、生死すなわち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃として欣うべきもなし、是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究尽すべし。

私は宗教者ではないけれど、悪いことをしたものは地獄に落ち、善行を積んだものは極楽に行くことは間違いのない道理。その時が来ないとどちらに行くのかわからないけれど、先日見た「当麻曼荼羅」では九品往生(くほんおうじょう)が書かれていました。
上品(じょうぼん)・中品(ちゅうぼん)・下品(げぼん)それぞれの中にさらに3つに分かれていて上生(じょうしょう)・中生(ちゅうしょう)・下生(げしょう)がありました。
そういえば母の住んでいた家には当麻曼荼羅のを象った大きなジグゾーパズルがありました。

さて、母と何度もいった京都府木津川市にある「浄瑠璃寺」は真言律宗。九体寺ともよばれ九体の阿弥陀さんが横に鎮座。本堂の障子を開けると極楽浄土を象った池の向こうから拝観するとそこには荘厳な彼岸を見てとることができます。小田原説法では私たちの住む此岸から四十九日をかけて彼岸へ到達するのでしょうね。
御本堂にある吉祥天如像の写真を抱いて母は彼岸に行きました。

2011 1/9 浄瑠璃寺 秘仏 大日如来像公開

母が亡くなってから私の中のなにかが変わったと感じています。それが何なのかわかりませんがそれでも灰色に見えていた世界にすこしだけ色がついてきたようです。
これが信仰であり、手を合わせる事が信心なんだとおもっています。

衆生無辺誓願度 煩悩無尽誓願断 法門無量誓願学 仏道無上誓願成

笑わない数学 #abc予想

 この回は大変興味深かったです。

https://www.nhk.jp/p/ts/Y5R676NK92/episode/te/2452P715YN/

数学は足し算があるからややこしくしている・・そして初回の放送の「素数」を「遺伝子」と捉えるとたしかに。「自然数1✕自然数2=自然数3」の場合、「自然数1」「自然数2」がもっている「素数情報」は遺伝子のように「自然数3」に受け継がれています。

「10✕9=90」の場合「(2✕5)✕(3✕3)=(2✕3✕3✕5)」で「2.3.5」の遺伝子情報は受け継がれている。ところが「10+9=19」の場合の19は「1✕19」なので遺伝子情報は受け継がれていない。この考え方を植物とその葉っぱで例えるとこでここまではよくわかりました。

ここからだんだんと難しくなる。。。

エステルレ博士1985年のabc予想では、足し算の場合でも親の遺伝子からある程度、子の遺伝子の予想ができるというもので。「2のn乗+3のn乗」は「長さが1の枝」もしくは「5の位置の枝」しか生えないというもの。

これが正しいとするならいままでの数学会で解け得なかった様々な難問の証明がドミノ倒しのように解ける。。あのフェルマーの最終定理はわずか数行で証明された。。

abc予想には「遺伝子を破壊する足し算」と「遺伝子を受け継ぐ掛け算」を分離する力が備わっている。その正しさを証明する画期的な京都大学望月博士の証明「宇宙際タイヒミューラー理論」が物議を醸し出しているとのこと。2つの数学世界での掛け算と足し算の誤差はある不等式の範囲内に納まる??うに??

それでも私の興味はつきません。

ジュラシック・ワールド/新たなる支配者 鑑賞

 久しぶりに映画「ジュラシック・ワールド/新たなる支配者」を鑑賞してまいりました

。前作の「炎の王国」は見ていませんので不安がありましたが大丈夫!すでに人間と恐竜の共生が行われているけれど様々な問題が引き起こされているという前提。(炎の王国の伏線回収ね)

ネタバレになりますので詳しくは記載しませんが、人間は「食物連鎖の頂上にいる」という驕りがあり、いつの時代にも恐竜を利用するエゴが出てくるのでしょう。ビジネス利用であったり軍事利用であったり。。人の欲望は尽きないものです。SWのように旧3部作のジュラシックパークと新3部作のジュラシックパークがあり今回公開の映画がラストとなります。


笑わない数学 #素数 #無限

 パンサー尾形さんが一人で進める数学の番組。第一回目の放送「素数」、二回目の「無限」にずっぽりハマりました。今期のドラマを見るよりも私的には面白いです。で、番組が終わった後に「素の表情」に戻るパンサー尾形さん!お疲れ様です。

先日、見てきた映画「大河への道」や「天地明察」でもキーとなった2点間の距離を測るのに欠かせない「三平方の定理」。もちろんこれだけではありませんが、文系の私にとっておもいっきり避けて通ってきた言葉なだけに新鮮に感じました。

「1とその数だけでしか割れない素数」はどんなタイミングで出現するのか?ひたすた因数分解するパンサー尾形さん!「あぁ、そういえばそんなんあった!」って久しぶりに思い出しました。

また「無限」についても面白いテーマで、「自然数」と「偶数」はどちらが多いか?の切り出し方にすっかりはまり「絶対、自然数やん!自然数の1/2が偶数やん!」と・・騙されました。モノには見方や考え方があるのですね。

なんとなく有名なエピソードの「当たらない矢」の話では「カメに追いつけないウサギのお話」を思い出しました。そうそう!数直線!あったーww

「小さな無限」と「大きな無限」のある理屈とそれを証明することにかかわった数学者さんのお話。そして「四色問題」に取り組んだ弁護士さんのお話。。「3辺国」「4辺国」「5辺国」・・でも「四色問題」って何に使うんだろう・・や証明自体にどんな意味があるのか?頭の中にハテナがいっぱい浮かびましたが、それでも私の興味を呼び起こす番組です。

次回は「P対NP問題」。むっちゃ楽しみです!

山口県 上関訪問

 3連休を利用して上関へ行ってまいりました。何年振りになるでしょう。
この3連休期間中は線状降水帯の警報が各地で発令されていましたが、おかげさまで3日間とも快晴の真夏日和。目的地から見える室津半島、長島、佐合島がとても美しく初めていったおよそ35年前となんら変わることはありません。

数年前に上関大橋に段差ができて事故があったというニュースがありました。
もちろん私もこの橋を渡り長島側へ。


目的地から眺める瀬戸内海の美しさは何ら変わ
ることがありません。

柳井から室津半島を南下。「阿月」の風景です。
向かいに見えるのは八代島です。

当BLOGでも登場する赤根武人氏の住まわれていた地。

多くの偉人を輩出した克己堂後。



上関町室津の裏通りを通るといくつもの空き家や更地が目につきました。昔、この場所には本屋さんがあった・・仕出し料理屋さんがあった・・等思い出は尽きません。時代の流れに逆らう事はできずそっと心の奥深くに直しておくのみ。上関原発論争から建設に向かったおかげで、道の駅や鳩子の湯、そして町民グラウンドに体育館、庁舎移転など箱ものが多くでき、魚釣りの大人気スポットとして県外からも観光客が来るようになったようですが、その代償は大きいようです。


上関訪問予定

今月末頃に急遽、山口県上関町訪問してまいります。おそらく最後になるかな?

初めて上関町へ行ったのは今から30年以上も前。上関大橋はまだ新しく、柳井駅からバスに1時間以上揺られて行ったのを思い出しました。ちょうど町は原発建設か否かで二分されており、町長選挙の結果によりコロコロとその風向きが代わり町民は大変な目にあった町だと感じています。もちろん道の駅も鳩子の湯もなく、道路も整備されていない質素な漁村という印象でした。そういえば鎌仲ひとみ監督「ミツバチの羽音と地球の回転」を鑑賞したのも思い出しました。

歴史オタの私、あらためて今回の訪問先のことを調べてみると、訪問予定地のすぐそばに奇兵隊第三代総合督赤禰武人墓所があるようです。また、この地域の関係者として、世良修蔵、国行雛次郎、坂田直亮、松村五六郎、」尾川猪三郎、等10名以上。

私のBLOG内にもその記述はありますが赤禰武人氏は尊皇攘夷思想から、伊藤博文や井上聞太らとともに英国領公使館焼き討ちや下関戦争に参加。また萩藩内が「俗論派・正義派」にわかれて小競り合いを繰り返す中で、藩の意見を統一しようと働いたが、二重スパイではないか?との疑いから29歳の若さで処刑されてしまった方です。

また、近くには、世良修蔵氏の生家もありました。先日鑑賞した「峠 最後のサムライ」の舞台であった東北での開戦の引き金となったキーマンの一人で福島県寿川河原で首をはねられ34歳で亡くなられました。

2011 1/15 教科書に書かれない幕末史  会津藩と戊辰戦争


また、私の歴史オタの興味を深めたきっかけとなる「フルベッキ写真」や「明治天皇替え玉説」だけでなく偉人を多く輩出している田布施町も行ってみたいものです。ちなみに田布施町の政治家といえば「岸信介氏・佐藤栄作氏・佐藤進二氏・大津正氏・玉木襄氏」。この小さな農村から総理大臣が二人もでています。また宗教団体の天照皇大神宮教神道天行居の発祥の地である上に、西日本最大の金光教の施設もあるらしく不思議な町。興味は尽きないものです。

赤禰武人氏や世良収蔵氏が幕末に結成された隊員であったように、山口県の様々なエリアで諸隊が結成、高杉晋作氏は松蔭先生の教えである「草莽崛起」の考えから、すべての人々を対象として蜂起を促したという印象があったのですが、実際はそうではなく入隊にその身分が重要であったらしく現代にも強く根付いている同和の観点と結びついている「穢多」だけで結成した隊もあったそう。私が何故かとてもきになるのは中でも「上関茶洗隊」の存在です。また、明治初めの脱退騒動、萩の乱、西南戦争等・・まだまだ知らないことが多すぎる私です。

映画「峠 最後のサムライ」鑑賞

今日「峠 最後のサムライ」を鑑賞。

 
https://touge-movie.com/ 〔公式サイト〕

河合継之助についてはこのBLOGで何度か取り上げたテーマで十五代将軍徳川慶喜の大政奉還を述べるシーンから始まりました。

河合継之助はすでに長岡藩家老職で軍事教練に余念がない。映画の中ではさまざまな藩政改革については触れることなくまた、黒船来航から戊辰戦争に至るまでの経緯や長岡藩を取り巻く環境をさらっと説明、すでに新政府軍が奥羽方面へ出発している前提で話が進んでいきます。

河合継之助は享年41歳。演じた役所広司さんの演技とその表現や熱演は素晴らしく、また松たか子さんの繊細な演技には目を見張るものがありました。特に所作の美しさには家老職の妻であるという威厳が決して嫌味ではなく感じされられました。

歴史には必ず勝者と敗者の歴史があるように、長岡藩主牧野忠邦の名代として導き出したその決断が正しかったのかどうかなんてわからないし、ましては運命を分けた「小千谷談判」での判断、そして新政府軍の代表が岩村精一郎でなければひょっとしたら回避できたのかもしれません。でも現実的には、長岡市内は灰となり多くの民衆の居住が無くなった事は事実。
無残な姿の河合継之助さんのお墓の写真等をネットで見ましたがとても複雑な思いでした。
今となっては武力衝突はなんとしても回避しなければならなかったのでしょう。

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