2026年1月25日に大変お世話になった会社の社長さんが亡くなられました。
およそ27年前に大手百貨店を退社し、生まれたばかりのIT企業の役員となったばかりの当時、積極的に営業をしなくても人伝、口コミでいろんな依頼が舞い込むそんな時期でもありました。「なんでもできる・・」そんな意気込みとノウハウで天狗になっていました。
そんなときに、ごある方のご紹介でその社長さんと出会いました。
「なんと怖そうな方なんや・・怒ってる顔やし・・」が第一印象。
今から思えば、「時代の本質を見極める目」を持たれていた上でに、豪快さと繊細さを兼ね備えた方でした。
当時の事務所は灰皿にてんこ盛りの吸い殻、そんな中で世間話を交えながら、当時の時局やIT関連のお話で、何時間も過ごさせていただきました。「この後なんか用事あるんか?」のお言葉から、社長の愛車で、北新地へ。
なじみのモータープールへ入れ、いつも行かれているらしいタバコ屋さんでたばこを買い、社長のなじみのラウンジへ連れて行っていただき楽しい時間を過ごさせていただきました。また、ご自宅にも数回お招きいただき、とてもお洒落なマンションに案内くださいました。
「ちょっと困ってんねん・・」と突然の電話が何度あったことでしょう。色んな案件を容赦なく振ってこられる方だけど、そんなやりとりを私はおもいっきり楽しんでいました。
「せっかくやったら、その思いを文章にしたらどうですか?」
私の勧めで開設されたTwitterに相当熱中され、その紡がれた文章は政治の方向性の誤りを指摘、文化の敗退を嘆き瞬時にして多くのフォロワーに支持されたようです。
そのままの勢いでBLOGやHPにも熱い文章を認められ、時局の潮流を読む鋭い視点の文章は私には到底書くことのできない文章ばかり。
40年以上いわゆるサラリーマンであった私が、自分への還暦のご褒美とばかりに初めて数か月の失業期間を得た2024年の6月。「時間あんねやろ・・晩御飯でも食べにいこうや」とお誘いいただき天満橋の京阪シティモールにある美濃吉に招いていただきお元気なご様子・・。そして翌年に入院・・そして先日亡くなられました。
たしか・・お写真があったはず・・と探しましたが一枚も見つからず。ぱっとみぃ怖そうな顔ですが、くったくのない笑顔で鋭く突っ込んでくる社長さん。
本当にお疲れさまでした。そうぞ安らかにお休みください。そのうち私もそっちに行きますので、その時はまた楽しいお話をしてくださいね。



















