奈良県桜井市 大神神社さんのさ32m余りある大鳥居の麓にあります。
フランス風懐石料理中華風・・・お寺や神社が大好きです。 大阪市内に居ますが九度山と信州上田が心の故郷です。尊敬する人は真田昌幸さんと幸村さん親子・吉田松陰先生、金子みすゞさん、大石順教尼さん。日本美術なら富岡鉄斎さんに横山大観さんに村上松園さん。そして大好物は甘々なみ・か・ん ・・ようは何でもアリなのです
2026/02/22
2026/02/15
堀越神社の灯篭について
ということで、屋根が炎上したきっかけは大正14年8月30日の出来事。
3月14日より4月30日の期間中に天王寺公園付近で行われた「大大阪記念博覧会」が原因。
当時の市長は第七代市長関一氏。この4月1日に浪速区、天王寺区、港区、此花区、東淀川区、西淀川区、西成区、住吉区が生まれている。
大大阪時代は、この第二次市域拡張により市の面積は日本一となる。また人口も東京市の199万人を抜き日本一。しかも世界第6位。※東京は大正12年の関東大震災で一時的に人口減少
※引用 大阪市の歴史 大阪市史編纂所編
2025/10/22
浄瑠璃寺さん 参拝
はじめて、浄瑠璃寺へ行ったのは私が小学生低学年の頃。
加茂駅から徒歩で数時間かけて浄瑠璃寺~岩船寺と山中の石仏を巡ったのを覚えています。
以降、毎年数回は訪問させていただく心の故郷的なポジションなお寺さんです。
自分自身だけでなく家族になにかあったら必ずこのご本堂に安置されている吉祥天如のお厨子に向かいご報告させていただいています。
そして今日は小雨模様でしかも気温が10℃程度に冷え込みましたが行ってまいりました。
ご寺内は某芸大の方々や町内会的なバス旅行の方々で迷惑な賑わいで閉口・・。
それでもご本堂内で正座し一心に手をあわせ、3年前に亡くなった母の事等を思ると大粒の涙がボロボロと湧き出てくるもなんとか11月からの事を報告することができました。
予定では、蟹満寺さんへ行く予定でしたがあまりの寒さで断念。またあったかい日に再チャレンジする事にします。
吉祥天さんのお厨子が開かれるのは年3回。今回はうまくタイミングが合いましたので
限定の御朱印を頂戴いたしました。
2025/09/28
難波八坂神社での風景
難波八坂神社さんはなかなか大変なことになっています。
やはり「映えるスポット」っつうのでしょう。びっくりするくらいの外国人観光客であふれていました。
石碑の脇に座り込んでたり、通路をふさぎ三脚を立てて動画撮影をしていたり・・パンを食べていたり大声で騒いでいたり・・。あげればキリがないくらい。
すごく残念な気持ちでそんな外国人に厳しい態度をとってしまいました(;'∀')
実は、このあと、南方面にあるとても思い入れのある神社さんへ行きましたが、宮司さんとの会話やその態度がとても荒んでいるように感じて残念におもいました。
ダメなものはダメ!それでも「無財の七施」のようにトゲトゲしい言葉や態度はふさわしくありません。この神社さんは私の亡くなった母がとても愛していただけに名前こそ伏せますが本当に残念でなりません。そこで、おもったのがこの難波八坂神社での様々な風景です。異国の文化を単なる観光地として見るのはしょうがないことだけど、信仰の対象を冒涜する行為は絶対にしてはならない。観光客それぞれの祖国にも信仰の対象があるはず・・それを他の国から来た観光客が土足で踏みにじるようなことを見ていて黙っていますか?私は我慢できません。すべてを神社やお寺に委ねるつもりはありませんが、なんらかの啓蒙活動はしていただきたいものです。ダメなものはダメなのです。
木之本地蔵院
北陸道木之本ICからすぐのところにある寺院。
恒例の余呉ウッディパルを利用する際は必ず手前にある平和堂さんを利用することにしていましたが、今回は待ち合わせまで1時間程度あったことからはじめて参拝させていただきました。
駐車場完備ですが、北國街道に面していることから道幅が比較的狭いので注意が必要、木之本小学校手前の駐車場に停めました。
お寺の裏手から入り正面から入りなおすと左側にご本堂・右側に6mのお地蔵様がおられます。お地蔵様のお足元には無数の片目を瞑ったカエルの像が!
奥には阿弥陀堂、その手前には明治天皇が行幸の際に立ち寄られた坊がありました。
手を合わせる機会を得ました。
来年はさらに時間をとってじっくりと参拝させていただきたいとおもいました。
2025/09/21
ウッディパル余呉 第9回ファミリーキャンプ開催
※東京チームは不参加で残念・・。
2025/09/01
五省と橿原神宮
一、至誠に悖(もと)る勿(な)かりしか
一、言行に恥づる勿かりしか
一、氣力に欠くる勿なかりしか
一、努力に憾(うら)み勿かりしか
一、不精に亘(わた)る勿なかりしか
橿原神宮へ参拝。北神門を出て5分ほど木々に囲まれた道を進むと左側に「瑞鶴之碑」が示す通りに50Mほど進むとそこには大東亜戦争で我が国の為に命を落とされた方々の慰霊碑があります。碑はUPしていません。。
2025/08/28
一心寺写経堂 三清庵
私が小学生のころ、母につれられて京都大覚寺で写経をして以来、数十年ぶりの写経体験です。
場所は大阪一心寺さん向かい側にある三清庵。
平日(水曜日以外)は朝9時~14時であれば随時体験可能。
受付で1,000円をお支払いし用紙を受け取り後、2階の写経場へ向かい、いよいよ写経開始です。およそ小一時間で書かれている般若心経の上に用紙をかぶせて順になぞっていきます。
細筆の使い方があまりにも久しぶりすぎてうまく運ぶことができず、太くなったり細くなったり震えたり。それでもできるだけ丁寧に移すことで心が少しづつ平穏になっていく気がします。
2025/08/15
大阪護国神社 みたま祭
大阪護国神社 みたま祭へ参加してまいりました。
朝早くから多くの参拝者が来られ開催前の正午になると境内にはあふれんばかりの参拝者さんが来られていました。
本殿左右の日の丸と旭日旗の美しくたなびく中で、黙祷、そして国家斉唱のあといくつかの神事、そして80年前の正午に天皇陛下が語られた「終戦の詔書」いわゆる玉音放送の原稿が朗読されると、私の胸の中の熱い気持ちが涙とともに込み上げてきました。
境内で、開催を待っていると「アイデンティティ」なる新聞を頂戴しました。この紙面の綱領としては下記の通り。
私たちは「天皇陛下を中心とした日本の歴史・文化」が、私たち日本民族のアイデンティティの根幹であると考えます。私たちは「天皇国日本」に込められた、民族の使命、理想、世界観、国家感、宗教観を多くの国民に啓蒙し、失われた民族の誇りを回復して、美しく、偉大で。明るい祖国に現成を目指します。









































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