フランス風懐石料理中華風・・・お寺や神社が大好きです。 大阪市内住人です。尊敬する人は真田昌幸さんと幸村さん親子・吉田松陰先生、金子みすゞさん、大石順教尼さん。日本美術なら富岡鉄斎さんに横山大観さん。そして大好物は甘々なみ・か・ん ・・
2026/05/23
明治天皇の足跡を訪ねて 大阪市役所/京都泉涌寺/奈良県橿原神宮
2026/05/17
6年ぶりの九度山訪問
久しぶりに九度山を訪問、
ちなみにはじめての訪問は2008年5月で、



2026/05/16
明治天皇の足跡を訪ねて 大阪市西成区天下茶屋公園内
様々な観光名所にいくと「明治天皇聖躅の碑」に出会えるときがあります。これは明治の世となり近代国家を目指したことをきっかけに天皇の役割が変わったと思っています。
明治天皇の父の孝明天皇は1831年生まれ、16歳の弘化三年(1846年)に即位。ちょうど幕府はアメリカからの鎖国解除の要請で幕府内の意見が揺れ動いていた時期。そして孝明天皇の崩御から明治天皇のご即位。この時わずか満14歳。
1868年(慶應4年)9月8日に「明治」と改元され、この年の慶応4年が明治元年となる。
明治元年(1年)旧暦9月下旬~10月中旬の23日間に京都御所紫宸殿(下記画像)を出立し陸路東海道で東京へ巡行。岩倉右大臣はじめ3千人以上。
その後、6回にわたり日本国中を巡行されています。
なぜ、明治天皇は各地を巡行されたのか?なぜ、その地に宿泊され、立ち寄られたのか?いろんな疑問が湧いて出てきます。
そういえば、いままで様々な観光地等へ行った際に「「明治天皇聖躅の碑」を見かけたことがありました。
第一回目は偶然にも通った西成区天下茶屋公園。
面積:8,052㎡、開園日:昭和 26 年(1951 年)4 月 30日、公園種別:街区公園。公園内には、大阪府指定有形文化財である阿倍寺塔刹柱礎石(あべでらとうさつちゅうそせき)がある。阿倍寺は今の阿倍野区松崎町にあった奈良時代前期(白鳳期)の創建と考えられる寺、この礎石も永く現地にあったが、現在はこの公園に保存されている。礎石は花崗岩でできており、中央に柱穴があり、その穴の中央に舎利穴が彫られている。また、「明治天皇駐蹕遺址(めいじてんのうちゅうひついし)」碑もあり、明治天皇が、明治元年(1868 年)と明治 10 年(1877年)に住吉大社へ参拝される途中で、「是斎屋」に立ち寄られた際に、ご休息をされた御殿跡に建立されたものである。
この公園は老若男女が集う憩いの場所。大変歴史のある場所。
2026/05/09
明治天皇の足跡を訪ねて 滋賀県野洲市/蒲生郡竜王町/大笹原神社
明治11年8月30日から11月初 旬の72日間にわたって上信越から北陸へ5回目の巡行をされています。往復いずれも陸路を用いて岩倉右大臣、大隈、井上参議以下300人、警官400人と大規模。
この場所をさがすのに相当苦労しました。
細い通りにある石材店さんの裏側です。実はこの細い道は旧中山道であり、本陣宿であったと思われます。
(有)森石材店 〒520-2315 滋賀県野洲市辻町264
1878年(明治11年)10月12日と10月21日、明治天皇は森六兵衞宅で休憩されています。
この場所から国道8号線を北へ進むと【道の駅 竜王かがみの里】(〒520-2573 滋賀県蒲生郡竜王町鏡1231−2)に到着します。
この竜王の地は【源義経元服の地】であり、また【平家終焉の地】でもあります。詳しくは下記をご参照ください。
まぁ、この場所もなかなかわかりにくい場所にあります。
道の駅手前の国道8号線沿いの小道、実はこの道も旧中山道を少し戻ると左側に空き地がでてきます。
明治11年10月12日
鏡村 辻熊次郎宅御小休⇒道の駅脇の小道沿い
辻町 森六兵衛宅御小休⇒森石材店の裏庭
守山 守山小学校御小休
草津行在所 田中森之助宅御泊
という順序で巡行されています。
滋賀県には神社建築で国宝は八つあります。
大津日吉神社本殿と拝殿・東本宮本殿と拝殿・竜王町苗村神社西本殿、長浜竹生島の都久夫須麻神社本殿、野洲市御上神社本殿・・そしてこの大笹原神社本殿。
ということで参拝をさせていただきました。
8号線から細い道を5分ほど進むといきなり空気感が変わり張りつめてきます
10台程度駐車可能な駐車場があり、左右に杉の木立道を進むと、その張りつめた空気の源、本殿と篠原神社本殿(餅の宮)を拝むことができます。
さて、大笹原神社社殿の棟札で応永21年(1414年)であることが判明。そして篠原神社は応永34年(1427年)。小鳥の鳴き声と風の音以外に聞こえない静かなたたずまいの神社です。
2026/04/18
京都御所 参拝
京都三条大橋に「高山彦九郎先生」三条大橋より御所へ向かい拝礼をする「高山彦九郎先生の像」が有名で昭和59年高山彦九郎祭世話人会が建立。
2026/02/22
2026/02/15
堀越神社の灯篭について
ということで、屋根が炎上したきっかけは大正14年8月30日の出来事。
3月14日より4月30日の期間中に天王寺公園付近で行われた「大大阪記念博覧会」が原因。
当時の市長は第七代市長関一氏。この4月1日に浪速区、天王寺区、港区、此花区、東淀川区、西淀川区、西成区、住吉区が生まれている。
大大阪時代は、この第二次市域拡張により市の面積は日本一となる。また人口も東京市の199万人を抜き日本一。しかも世界第6位。※東京は大正12年の関東大震災で一時的に人口減少
※引用 大阪市の歴史 大阪市史編纂所編
2025/10/22
浄瑠璃寺さん 参拝
はじめて、浄瑠璃寺へ行ったのは私が小学生低学年の頃。
加茂駅から徒歩で数時間かけて浄瑠璃寺~岩船寺と山中の石仏を巡ったのを覚えています。
以降、毎年数回は訪問させていただく心の故郷的なポジションなお寺さんです。
自分自身だけでなく家族になにかあったら必ずこのご本堂に安置されている吉祥天如のお厨子に向かいご報告させていただいています。
そして今日は小雨模様でしかも気温が10℃程度に冷え込みましたが行ってまいりました。
ご寺内は某芸大の方々や町内会的なバス旅行の方々で迷惑な賑わいで閉口・・。
それでもご本堂内で正座し一心に手をあわせ、3年前に亡くなった母の事等を思ると大粒の涙がボロボロと湧き出てくるもなんとか11月からの事を報告することができました。
予定では、蟹満寺さんへ行く予定でしたがあまりの寒さで断念。またあったかい日に再チャレンジする事にします。
吉祥天さんのお厨子が開かれるのは年3回。今回はうまくタイミングが合いましたので
限定の御朱印を頂戴いたしました。

















































