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2022/07/30

笑わない数学 #素数 #無限

 パンサー尾形さんが一人で進める数学の番組。第一回目の放送「素数」、二回目の「無限」にずっぽりハマりました。今期のドラマを見るよりも私的には面白いです。で、番組が終わった後に「素の表情」に戻るパンサー尾形さん!お疲れ様です。

先日、見てきた映画「大河への道」や「天地明察」でもキーとなった2点間の距離を測るのに欠かせない「三平方の定理」。もちろんこれだけではありませんが、文系の私にとっておもいっきり避けて通ってきた言葉なだけに新鮮に感じました。

「1とその数だけでしか割れない素数」はどんなタイミングで出現するのか?ひたすた因数分解するパンサー尾形さん!「あぁ、そういえばそんなんあった!」って久しぶりに思い出しました。

また「無限」についても面白いテーマで、「自然数」と「偶数」はどちらが多いか?の切り出し方にすっかりはまり「絶対、自然数やん!自然数の1/2が偶数やん!」と・・騙されました。モノには見方や考え方があるのですね。

なんとなく有名なエピソードの「当たらない矢」の話では「カメに追いつけないウサギのお話」を思い出しました。そうそう!数直線!あったーww

「小さな無限」と「大きな無限」のある理屈とそれを証明することにかかわった数学者さんのお話。そして「四色問題」に取り組んだ弁護士さんのお話。。「3辺国」「4辺国」「5辺国」・・でも「四色問題」って何に使うんだろう・・や証明自体にどんな意味があるのか?頭の中にハテナがいっぱい浮かびましたが、それでも私の興味を呼び起こす番組です。

次回は「P対NP問題」。むっちゃ楽しみです!

2022/07/19

山口県 上関訪問

 3連休を利用して上関へ行ってまいりました。何年振りになるでしょう。
この3連休期間中は線状降水帯の警報が各地で発令されていましたが、おかげさまで3日間とも快晴の真夏日和。目的地から見える室津半島、長島、佐合島がとても美しく初めていったおよそ35年前となんら変わることはありません。

数年前に上関大橋に段差ができて事故があったというニュースがありました。
もちろん私もこの橋を渡り長島側へ。


目的地から眺める瀬戸内海の美しさは何ら変わ
ることがありません。

柳井から室津半島を南下。「阿月」の風景です。
向かいに見えるのは八代島です。

当BLOGでも登場する赤根武人氏の住まわれていた地。

多くの偉人を輩出した克己堂後。



上関町室津の裏通りを通るといくつもの空き家や更地が目につきました。昔、この場所には本屋さんがあった・・仕出し料理屋さんがあった・・等思い出は尽きません。時代の流れに逆らう事はできずそっと心の奥深くに直しておくのみ。上関原発論争から建設に向かったおかげで、道の駅や鳩子の湯、そして町民グラウンドに体育館、庁舎移転など箱ものが多くでき、魚釣りの大人気スポットとして県外からも観光客が来るようになったようですが、その代償は大きいようです。


2022/07/03

上関訪問予定

今月末頃に急遽、山口県上関町訪問してまいります。おそらく最後になるかな?

初めて上関町へ行ったのは今から30年以上も前。上関大橋はまだ新しく、柳井駅からバスに1時間以上揺られて行ったのを思い出しました。ちょうど町は原発建設か否かで二分されており、町長選挙の結果によりコロコロとその風向きが代わり町民は大変な目にあった町だと感じています。もちろん道の駅も鳩子の湯もなく、道路も整備されていない質素な漁村という印象でした。そういえば鎌仲ひとみ監督「ミツバチの羽音と地球の回転」を鑑賞したのも思い出しました。

歴史オタの私、あらためて今回の訪問先のことを調べてみると、訪問予定地のすぐそばに奇兵隊第三代総合督赤禰武人墓所があるようです。また、この地域の関係者として、世良修蔵、国行雛次郎、坂田直亮、松村五六郎、」尾川猪三郎、等10名以上。

私のBLOG内にもその記述はありますが赤禰武人氏は尊皇攘夷思想から、伊藤博文や井上聞太らとともに英国領公使館焼き討ちや下関戦争に参加。また萩藩内が「俗論派・正義派」にわかれて小競り合いを繰り返す中で、藩の意見を統一しようと働いたが、二重スパイではないか?との疑いから29歳の若さで処刑されてしまった方です。

また、近くには、世良修蔵氏の生家もありました。先日鑑賞した「峠 最後のサムライ」の舞台であった東北での開戦の引き金となったキーマンの一人で福島県寿川河原で首をはねられ34歳で亡くなられました。

2011 1/15 教科書に書かれない幕末史  会津藩と戊辰戦争


また、私の歴史オタの興味を深めたきっかけとなる「フルベッキ写真」や「明治天皇替え玉説」だけでなく偉人を多く輩出している田布施町も行ってみたいものです。ちなみに田布施町の政治家といえば「岸信介氏・佐藤栄作氏・佐藤進二氏・大津正氏・玉木襄氏」。この小さな農村から総理大臣が二人もでています。また宗教団体の天照皇大神宮教神道天行居の発祥の地である上に、西日本最大の金光教の施設もあるらしく不思議な町。興味は尽きないものです。

赤禰武人氏や世良収蔵氏が幕末に結成された隊員であったように、山口県の様々なエリアで諸隊が結成、高杉晋作氏は松蔭先生の教えである「草莽崛起」の考えから、すべての人々を対象として蜂起を促したという印象があったのですが、実際はそうではなく入隊にその身分が重要であったらしく現代にも強く根付いている同和の観点と結びついている「穢多」だけで結成した隊もあったそう。私が何故かとてもきになるのは中でも「上関茶洗隊」の存在です。また、明治初めの脱退騒動、萩の乱、西南戦争等・・まだまだ知らないことが多すぎる私です。