注目の投稿

フランス風懐石料理中華風とは・・

 はじめまして。大阪市在住の多趣味なアラカンのMikanです。 私のブログのタイトル「フランス風懐石料理中華風」という、ちょっと不思議で贅沢なフレーズ。これは、フレンチの洗練、和食の様式美、そして中華のダイナミックな味わいが融合するように、「私の大好きなカルチャーや好奇心をジャン...

御菓印 京都 祇園本店井筒八ッ橋・姉小路総本家河道屋 瑞泉寺と豊臣秀次

2026/07/19

観光地 御菓印 寺社仏閣 歴史

t f B! P L

 京都へ行こう!と前日に思いつきました・・でも、酷暑らしい・・祇園祭真っ盛り・・。でも思い立ったが吉日!ということで京都祇園~三条 姉小路 本能寺~瑞泉寺さんへ。

久しぶりの京阪電車で祇園三条下車したものの井筒八ッ橋本店は開店時間前。ということでせっかくの祇園祭り真っ最中ということで八坂神社さんへ数十年ぶりへ参拝。



目的の井筒屋さんは京阪祇園三条駅8番出口から1分。

ぜひ、行かれた方はこの井筒屋さん5階にある「北座ぎをん思いで博物館」へ行ってみてください。京都五花街の成り立ちや特徴、祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東とその様々な暮らしをまとめた15分くらいの映像を鑑賞することができます。また京都島原から大阪新町に写られた「夕霧太夫」、水上勉の小説「五番町夕霧楼」、祇園を愛した様々な方と井筒八ッ橋に関する様々な情報を知ることができます。

姉小路総本家河道屋
屋根の上に見える煙突はもう使われていないそう。
店内は簡素なだけにその老舗感溢れるなかに昔ながらの蕎麦ぼうろ。
久しぶりにおいしく頂きました。



NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」でちょうど「本能寺の変」が放映された直後。
多くの方々が来られていました。





今回、私が一番興味をもったのは「瑞泉寺さん」。数か月前からAmazonPrimeで「真田丸」が放映されすでに数回鑑賞。大阪人として太閤秀吉はリスペクトしていましたがそれでも、あまりの喜怒哀楽感情の移り変わりが激しい方だったようです。演じられていた小日向文世さんは最高のはまり役。




ドラマ真田丸の中で一番見ていてつらい箇所が豊臣秀次(演じられたのは新納慎也さん)を描いたあたり。秀吉の子供「捨」が亡くなったあとに秀次にも待望の子供ができるが女の子、その直後、秀吉にも子供「拾」が誕生。秀次は秀吉のその激しい気性と自分への期待等のプレッシャーから何を行っても裏目裏目・・。ついに行方不明から、その後高野山へ蟄居させられたがついに切腹を言い渡されてしまう。なんと「謀反を企んでいた」ということで一族すべて30人以上が三条河原で殺され掘られた穴に投げ込まれ塚となった。
その後穏やかな鴨川も氾濫等があり川ざらえや川幅拡張に。そしてその塚の跡地にできたのがこの瑞泉寺さん。

◆関西事件簿:産経新聞
*************************************
慈舟山と号し浄土宗西山禅林寺派に属す。太閤秀吉の甥・豊臣秀次とその一族を弔うために慶長十六年(一六一一年)此の場所に建立された。

秀次は秀吉の養子となって関白の位と豊臣家の家督を継ぐが、太閤の愛妾「淀君」に秀頼が誕生したことから秀吉には次第に疎んぜられ、さらには石田三成らの策謀もあって、ついに文禄四年(一五九五年)七月、謀反の疑いを理由に高野山へ追放され、同月十五日(現暦八月二十日)に切腹させられてしまう。

次いで同年八月二日(現暦九月五日)、秀次の子供と側室などの女性一族三十九人が、三条大橋西南の当時はまだ鴨川の河原であった此の地で無惨にも公開処刑され、遺骸はその場に掘られた大きな穴にひとつに投げ込まれた。そして、その上に世に「殺生塚(せっしょうづか)」(摂政関白(せっしょうかんぱく)の塚よりの転意)と呼ばれる大きな塚が築かれ、その存在は当時の「洛中洛外図」(舟木本地他)にも印象深く描かれることとなる。

それから十六年後、高瀬川の開削と「木屋町筋」の整備を開始した豪商角倉了以は、洪水などで荒廃したその「塚」を拝み、縁浅からぬ豊臣秀次一族を弔うための墓地と一寺を此の地に建立した。

秀次の法名「瑞泉寺殿高巌一峰道意」に因んで名付けられた瑞泉寺は、「太閤記」に秘められた大きな謎の「秀次事件」と一族の子女三十余人の「悲劇」を今になお語り伝えるものである。(輝空玄渓 記)

*************************************

寺の境内の右手奥に明らかにその空気の質が異なる空間がある。その場所で豊臣英次をはじめ妻妾三十数名の墓が並んでいます。無実でありいわれのない死罪。。
豊臣政権が長く続かなかったのは無理もない。多くの人々の怨念、恨みがそうさせたのでしょう。


大阪人の太閤びいき気質は確かにあるものの、信長公でさえ成しえなあかった天下統一を行い一時的ではあるものの平和な日本を気付いた手腕は称賛に値するものの、「聚楽第落首事件」や「千利休切腹」や「朝鮮出兵」等、その愚挙も数知れず。



おススメの書籍

このブログを検索

ブログ アーカイブ

QooQ