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2014 7/5 なわて落語会

毎年恒例の落語会。  このメンバーで前売り2000円は絶対にお買い得! でも大きな難点が。  それは全席自由席なので会場2時間前に行ってもすでに10人以上並んでおられ、加熱ぎみ。 数百人が蒸し暑いロビーで長蛇の列。ようやく座席に座れた頃はもうヘロヘロ。。。 指定席にならないものでしょうか。 桂小鯛 平林 小鯛さんはおそらく3回目。田辺寄席(つる)/めふ乃寄席(強情灸)。 威勢も元気も良い 小鯛さんの良さがでていたお噺だと感じました。 桂吉弥 風邪うどん 真室川音頭の出囃子で登場の吉弥さん。 数日前にテレビを賑わした西宮県議さんや小保方さん、 佐村河内さんと時事ネタをうまくマクラに 使われてお客様の心をぐっと掴まれました。また三波春夫さんの『船方さんよ』を替え歌に披露。 また夏の売り声から風邪うどんへ。おもいっきり冬の噺ですが、それでもうどん完食の演技が光ります。 桂ざこば 文七元結 まくらではなつかしい月亭可朝さんとの思い出話。 可朝さんらしいエピソードを聞かせていただきました。ネタは何度か聴いたことがある人情話の文七元結。活きな江戸っ子のキップの良さとしっとり感のある元ネタが、新町~長堀橋あたりを中心にした上方版になっていました。 それも途中でざこばさん独特の話術で笑いをひっぱりだすような演出で、しっとり感は無いものの なんともいえない無骨ながらも人情味あふれる長兵衛さんとなっていました。 桂 南天 動物園 導入の就職条件部分や見せ場である虎の歩き方は割とあっさりと流された感じ。 「こごろうさん時代」になんどか動物園を聞かせていただいた記憶がりますがあっさり感の動物園でした。 桂南光 胴斬り 胴斬りのラストへ向かうシーンから、「みんな、ついてきてますか!」と共に『犬の眼』の噺に大きく転換。そしてまた本題のサゲに向かうシーンへ戻りました。たしかに奇想天外な噺だけにその世界観を周知させるには良い方法なのでしょう。 大喝采のうちに今日の落語会が終了しました。

2014 6/29 超高速!参勤交代 鑑賞

超高速!参勤交代鑑賞。 現在の福島県いわき市にあった湯長谷藩が1年ぶりに江戸から戻ってきたその数日後、江戸から連絡が舞い込む・・それは5日以内に参勤交代せよとの知らせが。 どう考えても日数も足らず、貧乏藩であるがゆえにお金が無い。それに人数も足らない。。 それでも江戸にいかねばお取り潰しになってしまう。 奇想天外な方法で江戸へ急ぐ大名をはじめ家老らの奮闘を描く。 何度もくすくすって笑ってしまうポイントがおおい楽しい映画でした。 http://www.cho-sankin.jp/

2014/6/22 愛車の不調対策!

数か月前からなぜかシフトレバーをRにすると、ごくたまにレバーがガクガクって激しく上下します。 はじめてこの症状が出たときは、何かに憑りつかれている?っておもえるくらいに気持ち悪くて・・。 で、いったんNにしてからRにしたり、もう一度PからRにしたら正常に戻ります。 で、ディーラさんにもっていったらたぶん入院?・・ だけど8月が車検だから7月になるまではと我慢してたのですがついに辛抱できなくて。。。。 写真は今の愛車!ランディ君! はい! 買っちゃいました! 次の車!ヽ(°▽、°)ノエヘヘヘヘ 納車は7月4週目! 免許をとって17年で8台目の愛車です! 詳細は・・また後日!

2014 6/21 歴史と人間 周布政之助

周布は島根県の浜田市にある地名で、豪族益田家の流れを汲んでおり、その先祖は藤原実頼。 長州藩には永代家老は2家あり、一つは福原家で毛利の親戚筋。そしてもう一つは益田家で関ヶ原の戦いで毛利輝元に仕え長州へ移動した。 周布政之助を語るには長州は幕末に大きく二分した事をしる必要があり、これは正義派と俗論派と呼ばれている。これは後に手動を取った正義派による呼称にすぎず、以降の歴史は事ごとく正義派により消されてしまっている。 周布政之助は周布兼翼(かねすけ)、文政6年3月23日(1823年5月3日)生まれ。 しかし3月25日には父が死去、続いて7月9日に兄が亡くなっていることからわずか0才で家督を継ぐこととなる。末期養子のため 家督は半分の68石。馬廻り八組(大組)。 母の実家である長門市 三隅町浅田の集落で幼少を過ごしたため、現在の浅田小学校に像があるそう。 8才~萩明倫館で学ぶ。 21歳~居寮生となる。 24歳~嚶鳴社を設立。(弘化3年)時事問題を討論しあうグループ。 25歳~蔵元検使暫役(出納補佐) 26歳~明倫館拡大 27歳~都講に抜擢(嘉永2年) 31歳~ペリー来航 長州藩は大森海岸警備(今の羽田あたり)にくわえ、三浦半島相模の警備も行う。 当時の長州藩の財政は厳しく、1838年(天保9年)に家老村田清風による天保の改革がおこなわれた。これは非常に急進的で三七ヵ年賦皆済仕法(借金37年払い)等が行われたが、病気に倒れ家老の坪井九右衛門のゆるやかな改革に実権をとられた。その後、後継者である椋梨藤太による安政の改革へ引き継がれてゆく。 35歳~大津郡を分割し先大津へ。(宰判)・・行政区ごとに年貢を集めるSYSTEMで区役所的な感覚。ちなみに市役所は勘定場に相当する。 このころ、鯨の漁獲高が減っていた。これは潮の流れ等ではなく諸外国による捕鯨の影響らしい。 さて、小浜藩武士の梅田雲浜は坪井九衛門へ、長州の産物を上方へ輸送することを提案し実施。 政務やくとなり第二次安政の改革(36歳で安政5年)を実施。 ・軍制改革~農民兵の徴用~横浜の交易は失敗するから戦争が起こるかもしれなという考え。 ・文武引立 ・政治条例と家来中への親愛 ・民政の事 周防大島の櫨の実や綿織物を藩直営としたが、実態は商人への販売価格よ...

2015 6/8 第21回 三国・アシスト亭

桂 優々 田楽食い 桂雀々さんのお弟子さんで6年目。 テレビ番組の上方演芸ホールで雀々さんの「田楽食い」を思い出される所作口調で 師匠さんと練習をずいぶん積んで来られたのだなと感じました。 将来が楽しみな噺家さんです。 旭堂 南左衛門 般若時の焼き討ち 久しぶりの師匠さん。 <淀君の威勢>からネタを変更されました。 徳川家康や真田幸村がイキイキと動き出しました。 笑福亭 仁嬌 道具屋 軽めの「道具屋」。ポンポンと噺が進み、これくらいの軽妙さがあるとかえって素直に笑えるました。 桂 枝女太 百年目 なんといっても今日の目玉は「百年目」。 元噺は並木正三氏の「手代の当惑」(宝暦12年(軽口東方朔))を元に焼き直しした明和7年上方板「軽口片頬笑(かるくちかたほえみ)」第一巻所収〔うろたえても気転〕を改作したものと思われる。 上方落語の歴史 昭和33年 前田勇著 桂米朝さんの百年目はもう何度も聞いてきました。といっても音源は同じ。 なのでどうしても比較してしまいますが、それでも今日の桂枝女太さんの「百年目」はよく演じられたと思います。 もちろん、今の世には「百年目」という言葉はもはや通じないことから上手くマクラに組み込まれおまくサゲへと繋げられた工夫や、越後獅子のハメモノを再現するために、アシスト亭はじめての生三味線に拘られたこと等大変だったと思います。 旦那さんの赤栴檀と難莚草の件と、そのあとに続く「遠慮は外でするもんや」「ちょうど孫の太鼓があるよってに、ちょっとここで踊ってみてや」の微妙な旦那の心遣いの描写がお見事でした。すこし旦那さんがお若い感じであったようですが、それでも番頭の恐縮したその心理がうまく出ていました。桂文枝さんの百年目は聞いたことの無いのが悔やまれます。本当にお疲れ様でした。 ちなみに帰り際に桂枝女太さんは、「いやぁ・・まだまだです」と言われていたのが印象的でした。

2014 6/1 大阪市港区戦災死者慰霊法要

昭和20年の1月の空襲に加え、その後、昭和20年3月13日、B29大型爆撃機が100機以上飛来し空襲だけでも6月1日・6月7日・6月15日・6月26日・7月10日・7月24日・8月14日とあったそうです。   港区でベビー関連の縫製工場を営んでいた祖父と祖母の言いつけで、私の母は3月13日の空襲後すぐに滋賀県の祖父の本家(近江八幡 市辺村)へ疎開。続いて祖父、祖母も避難してきたそうです。当時の家計を支えていた商売道具ともいえるミシンとそして古いアルバムを数冊・・そのおかげで今の私がいて次の世代に伝える事ができました。 1回目の空襲では当時の家の向かい側までが全て全焼。そして6月1日の空襲では私の家も全て焼けて何も残りませんでした。  戦争が終わって母は、祖父と祖母に連れられて港区の当時の家を見に行ったそうで、焼け野原と瓦礫が積まれている焼け野原に自分の家の冷蔵庫だけがポツリと立っていたのを寂しそうに話してくれました。   当時港区は大阪から南方に出兵する兵隊さん達のターミナルでもあり、水や食糧を補給する寄港地の役割を果たしておりその労役に従事を強いていた人足として捕虜収容所が存在していました。   また物資を蓄える倉庫も豊富にあったので攻撃の対象になっていたのでしょう。 その爆撃でくさんの方々が亡くなられその中には当時の私達家族と親交の深かった方々やお世話になった方々が多くおられたことでしょう。   2008年3月頃から実家の写真を整理していたら数多くの港区での生活を偲ばせる写真が出てきたのをきっかけに当時の住んでいた場所を探すことになりました。残念ながら当時の家は木津川の中でしたがいろんなご縁で毎年6月1日にこの港区で戦難にあわれた方々の供養塔があり毎年ご法要をされていることを知りました。 来年は70年目。。どうぞ法要の灯が絶えることがありませんよう。 〔 我が家に残る戦争の爪痕〕 http://sweet-mikan.blogspot.jp/p/blog-page_7391.html

2014 5/25 第32回柳谷観音・泰聖寺講談会 ~真田幸村・大坂入城400年記念~

開場の30分ほど前に到着。 その後続々とお客様がお越しになり38名! 会場は30名限定なので超大入り満員の講談会となりました。 「関東軍総敗軍」旭堂南斗 「般若寺の焼討ち」旭堂南舟 「大助駿府の使者」旭堂南青 「槍摺りの鎧」旭堂南左衛門 終演後はいつもの茶話会ではなく「徳川家康をののしる会」を開催! 3代目南陵さんの発案で脈々と受け継がれている会との事。 家康のここがキライ!というお題でまぁ色々と出てくる! 上方ならではのイベントです(笑) 2016年の大河ドラマ「真田丸」では上方の講談師を絶対に出演させるべきでしょう。 これほどまでに大坂の陣に精通している方々はありえない。。 もしNHKの方がこのBLOGをご覧いただいているのならぜひご検討ください。 それにしても講談会にたくさんのお客様が来てくださるようになり 本当にうれしい限りです。

2014 5/24 第71回国立文楽劇場寄席 上方演芸特選会

久しぶりの国立文楽劇場。 地下鉄日本橋から近くという便利な立地だけれど愛車で移動のために、いつも駐車場で苦労します。 今回はラッキーな事に、真裏にある¥400/1hの駐車場が空いていてラッキー! 開場1時間半前には余裕で到着。 「落語」笑福亭 喬介 金明竹 「曲芸」揚野 バンリ  曲芸 「浪曲」春野 恵子  両国夫婦花火 「講談」旭堂 南左衛門  徂徠豆腐 「落語」桂 楽珍 蒟蒻問答 「浪曲」松浦 四郎若 応挙ゆうれい図 「漫才」三吾・美ユル 漫才 上方の名人芸が勢ぞろいというなんとも贅沢な会。 前座の笑福亭 喬介さんはほんとに久しぶり。 その明るい陽気なキャラで会場は笑い声に包まれて行きました ネタは私の大好きな金明竹! http://sweet-mikan.blogspot.jp/2011/12/2011-1211.html 揚野 バンリさんのジャグリングはおもいっきり新鮮!失礼な話で恐縮ですが先日某場所で見た路上で行われている大道芸とは大違い。その緊張感と軽妙なトークの掛け合わせが心地よい。 半年ほど前に入手した初代幸枝若さんの数枚のCDから浪曲の面白さに目覚めた館のある私。春野 恵子さんも松浦 四郎若さんもとても興味深くそれぞれの世界にすっと入って行けました。 さていよいよ旭堂 南左衛門さんの登場!ベストなタイミングで「まってました!」の声がかかりました。この徂徠豆腐はもう何度も聞かせていただいたはずなのに、会場の空気感が普段の講談会では無いために不思議な緊張感が漂っていました。さすが大喝采のうちに終了。 桂 楽珍さんは田辺寄席等で何度か楽しませていただきましたが、まぁさすがに面白い方!徳之島ネタで盛り上がったせいか、ネタはうまく短縮して大爆笑で終了。 三吾・美ユルさんの漫才はナマでは初めてです。コントや早口な漫才が多い中で脈々と続いている上方のしゃべくり漫才の三吾・美ユルさんの漫才はテレビの演芸番組で見た記憶があります。 かしまし娘さんやフラワーショー、宮川左近ショー等のネタはおもわず懐かしくまた、親子であることをうまく漫才に取り入れられて大喝采で演芸会は無事終了となりました。 上方ならではの演芸の数々!また機会がありましたらぜひ参加させていただきます。

2014 5/18 第六回会佛願寺講談会

第六回会佛願寺講談会   午前中は7月に開催されるなわて寄席のチケットを購入するために四条畷へ。 そのまま一路大和高田へ!おもっきり北→南の大移動となりました。 定刻より1時間ほど早く到着したもののお客様が次々とお越しになられ50人以上の大入り満員状態。   定刻となり「太平洋改メ旭堂南鷹改名披露口上」が始まりました。 南鷹さん記念すべき口上は南青さんの司会。南左衛門さんのご挨拶では 南鷹さんのお名前の由来は、いろいろと宇紆余曲折あったが鷹揚な気持ちで構えていただきたいとの事、 私もぜひ些細な事にこだわらずゆったり、のびのびと講談界の将来を担う講談師さんになって欲しいと願っております。   「怪談・江島屋騒動」 白夜亭 一林 いつもの落ち着かれた口調以上に今日はゆったりと噛みしめるように読まれた一林さん。 情景たっぷり・・・その所作、表情もお見事!   「安倍晴明伝」旭堂 南青 マクラからググっと観客をお話に引き込む南青さん。 爆笑からそのまま本題へ・・そしてマクラで振った話に戻ります。   「難波戦記・大助駿府の使者」旭堂 南鷹 はじめて南鷹さんの講談を聞かせていただきました。 古典は久しぶりであるとの事、きっとだいぶお稽古をされたのでしょう。 その苦労を感じさせることの無い見事なお話でした。 南鷹さんの描かれる家康・幸村・大助はそれぞれの表情や口調がそれぞれが違い 明確なおかげでスッとお話の世界に入って行けました。   「西行法師・鼓ケ滝」  旭堂 南左衛門 7月にフィヨルドツアーに行かれるそうで、その繋がりから、豪華客船飛鳥でのクルージングでの 南青さんとの思いで話をされました。 本題の鼓ケ滝のお話は何度か講談、落語にテレビ等でもおなじみなネタ。 それでも毎回新鮮に楽しませていただくことができます。