奈良県桜井市 大神神社さんのさ32m余りある大鳥居の麓にあります。
フランス風懐石料理中華風・・・お寺や神社が大好きです。 大阪市内住人です。尊敬する人は真田昌幸さんと幸村さん親子・吉田松陰先生、金子みすゞさん、大石順教尼さん。日本美術なら富岡鉄斎さんに横山大観さん。そして大好物は甘々なみ・か・ん ・・
2026/02/22
2026/02/15
堀越神社の灯篭について
ということで、屋根が炎上したきっかけは大正14年8月30日の出来事。
3月14日より4月30日の期間中に天王寺公園付近で行われた「大大阪記念博覧会」が原因。
当時の市長は第七代市長関一氏。この4月1日に浪速区、天王寺区、港区、此花区、東淀川区、西淀川区、西成区、住吉区が生まれている。
大大阪時代は、この第二次市域拡張により市の面積は日本一となる。また人口も東京市の199万人を抜き日本一。しかも世界第6位。※東京は大正12年の関東大震災で一時的に人口減少
※引用 大阪市の歴史 大阪市史編纂所編
2026/02/14
繊細かつ豪快で本質を捉える方
2026年1月25日に大変お世話になった会社の社長さんが亡くなられました。
およそ27年前に大手百貨店を退社し、生まれたばかりのIT企業の役員となったばかりの当時、積極的に営業をしなくても人伝、口コミでいろんな依頼が舞い込むそんな時期でもありました。「なんでもできる・・」そんな意気込みとノウハウで天狗になっていました。
そんなときに、ごある方のご紹介でその社長さんと出会いました。
「なんと怖そうな方なんや・・怒ってる顔やし・・」が第一印象。
今から思えば、「時代の本質を見極める目」を持たれていた上でに、豪快さと繊細さを兼ね備えた方でした。
当時の事務所は灰皿にてんこ盛りの吸い殻、そんな中で世間話を交えながら、当時の時局やIT関連のお話で、何時間も過ごさせていただきました。「この後なんか用事あるんか?」のお言葉から、社長の愛車で、北新地へ。
なじみのモータープールへ入れ、いつも行かれているらしいタバコ屋さんでたばこを買い、社長のなじみのラウンジへ連れて行っていただき楽しい時間を過ごさせていただきました。また、ご自宅にも数回お招きいただき、とてもお洒落なマンションに案内くださいました。
「ちょっと困ってんねん・・」と突然の電話が何度あったことでしょう。色んな案件を容赦なく振ってこられる方だけど、そんなやりとりを私はおもいっきり楽しんでいました。
「せっかくやったら、その思いを文章にしたらどうですか?」
私の勧めで開設されたTwitterに相当熱中され、その紡がれた文章は政治の方向性の誤りを指摘、文化の敗退を嘆き瞬時にして多くのフォロワーに支持されたようです。
そのままの勢いでBLOGやHPにも熱い文章を認められ、時局の潮流を読む鋭い視点の文章は私には到底書くことのできない文章ばかり。
40年以上いわゆるサラリーマンであった私が、自分への還暦のご褒美とばかりに初めて数か月の失業期間を得た2024年の6月。「時間あんねやろ・・晩御飯でも食べにいこうや」とお誘いいただき天満橋の京阪シティモールにある美濃吉に招いていただきお元気なご様子・・。そして翌年に入院・・そして先日亡くなられました。
たしか・・お写真があったはず・・と探しましたが一枚も見つからず。ぱっとみぃ怖そうな顔ですが、くったくのない笑顔で鋭く突っ込んでくる社長さん。
本当にお疲れさまでした。そうぞ安らかにお休みください。そのうち私もそっちに行きますので、その時はまた楽しいお話をしてくださいね。
2026/01/25
大阪城の梅とビリヤニ!
毎年1月中に大阪城の梅林で梅を愛でることを習慣にしています。そしてまた今年も行くことができたと喜んでいます。
毎年、同じことができるって本当に素晴らしいことです!
例年、昼食を大阪城公園手前のTWIN21で摂ることにしています。
ハンバーガーだったり、ラーメンだったり、カレーだったり。。
そして今年は大HIT!
先日、BS11で放映された「RRR」を観てから心を鷲掴み!3時間もある映画だけど、録画だけでは飽き足らず、塚口サンサン劇場でテルグ語版を堪能、22年の宝塚版のブルーレイを買ったり。
で、エリックサウスの店頭に貼られている「コムラム・ビームとラーマ・ラージュ」のポスターを発見!そのまま店内に入り、生まれてはじめて「ビリヤニ」なる不思議なランチをいただきました!
この日は大阪も激寒・・それでもこのカレーのおかげでぽっかぽか。
なんとか、月一くらいでエリックサウスへ行きたいものです!
2026/01/24
梅田芸術劇場 「忠臣蔵」観劇
梅田芸術劇場「忠臣蔵」を観劇。
2026/01/18
2026/01/11
2026/01/01
新年に寄せて
例年、年末に寄稿するのですが今年は流石にドタバタ騒ぎで無理でした。
年末より娘&孫二人が帰省。ありがたいことと本当に喜んでいますがお陰様でもうヘトヘト。
夜間の発熱騒ぎや救急病院・・コロナやインフルではないとのことですがどうも夜になると39度近くまで発熱し寝かしてくれません(汗)だっこのしすぎでひさしぶりの腰痛ベルトのお出ましです。
きっとあと何年か経てば良い思い出となることでしょう。
まぁ年末の有馬記念で馬連225倍を取ったので良しとするか。
2025/12/21
12月の行事
LEDで飾られた御堂筋を深夜にドライブ。「こんな装飾は無駄や」とぼやくこと。
四天王寺の吉祥寺さんで行われる「義士祭」に参加。「新しく映画やドラマで骨太な忠臣蔵が作られないのはさみしい・・」とぼやくこと。
いつものお店で「てっちり」を食べながら、「私が学生の頃に、毎年12月に家族でづぼらやへ食べに行き、ヒレ酒を飲んだなぁ」と思い出を語ること。
そして、年末になると娘と孫が大阪に帰って来ること。
毎年、毎年・・繰り広げられることが今年もできること。
これが喜び。
2025/12/07
高血圧投薬1か月半。
それでなのか・・。
たまにふらついたり、身体がだるく感じることもあり、10年ぶりに受診した健康診断では貧血気味らしい。
自分的にはまったくそう感じないし、相変わらず瞬間湯沸かし器のような性格なので、いわゆる血の気は多いと思っていたけど実際はそうじゃなかった。
2025/11/15
護衛艦しらぬい
本年6月の護衛艦朝霧乗船見学に続き、今日は護衛艦しらぬいの乗船体験に参加してまいりました。前回は堺浜でしたが今回は大阪港です。
乗船までおよそ1時間半近く並びましたが価値あり!絶対に見ることのできない体験をさせていただきました。また多くの自衛官さんが丁寧にアシストしてくださり感謝しかありません。本当にありがとうございました。
62口径5インチ砲、水上艦用機関銃、90式艦対艦ミサイルなどが目前に!不撓不屈と書かれたフラッグや旭日旗をみると胸が熱くなります!
2025/11/03
充電終了!
超長期間の充電期間で十分な骨休めをさせていただきましたが11月4日から通常運転に戻ります。
この4か月以上あった期間中には遠距離では、山口県上関町・岡山倉敷方面・三重県伊勢神宮・滋賀県木之本方面をはじめ、奈良県藤原宮跡や和歌山城に和歌山護国神社、姫路城に兵庫県護国神社以外にも普段はなかなか行きにくい寺社仏閣へ参拝させていただき、愛車のRANDY君も大変よく走ってくれました。
孫の長女は5歳半、長男はまもなく1歳で、週末に孫を連れて帰ってきてくれる娘とともに関西の様々な室内型遊園地で遊び、片道80Kmの自宅まで送迎し充実した週末ライフを過ごしました。
また、10年ぶりに健康診断を受診し結果待ちですが、高血圧対策として減塩生活をしながらも投薬を開始し約20日が経過し、絶好調に低下中!おかげで、毎晩の飲酒も程々になり自主的に1か月近くの禁酒をするという快挙を成し遂げました。この調子で休肝日を設け、塩気を控えた生活を送る方向になりました。
この期間中、トランペットやピアノ、ギターの練習はまったくできませんでした。
お部屋の模様替え&片づけもできませんでした。
予定の詰まっていない限り、朝は一心寺さんに参拝し、祖父母やご先祖様に家族の健康を祈ることを欠かしませんでした。一心寺さんへは、徒歩で往復なら90分、自転車なら40分くらい。早朝とはいえ真夏の炎天下は大変でした。
2012年からずっとマイカー通勤でほぼ歩かない生活が続いていましたが、今度は電車通勤となります。いまさら満員電車に乗れるか不安ですが頑張ります。といっても通勤時間は30分くらいかな。。
ネット通販に対するいままでの知見に加え生成AIの活用と情報分析を駆使してまいります。
2025/10/22
浄瑠璃寺さん 参拝
はじめて、浄瑠璃寺へ行ったのは私が小学生低学年の頃。
加茂駅から徒歩で数時間かけて浄瑠璃寺~岩船寺と山中の石仏を巡ったのを覚えています。
以降、毎年数回は訪問させていただく心の故郷的なポジションなお寺さんです。
自分自身だけでなく家族になにかあったら必ずこのご本堂に安置されている吉祥天如のお厨子に向かいご報告させていただいています。
そして今日は小雨模様でしかも気温が10℃程度に冷え込みましたが行ってまいりました。
ご寺内は某芸大の方々や町内会的なバス旅行の方々で迷惑な賑わいで閉口・・。
それでもご本堂内で正座し一心に手をあわせ、3年前に亡くなった母の事等を思ると大粒の涙がボロボロと湧き出てくるもなんとか11月からの事を報告することができました。
予定では、蟹満寺さんへ行く予定でしたがあまりの寒さで断念。またあったかい日に再チャレンジする事にします。
吉祥天さんのお厨子が開かれるのは年3回。今回はうまくタイミングが合いましたので
限定の御朱印を頂戴いたしました。
2025/10/21
【書籍】幕末外交談 田辺太一著/坂田精一訳
先日四天王寺で開催された古本市で入手した本を整理。
今回、特に気に入った書籍は「幕末外交談 2冊組」田辺太一著/坂田精一訳で1966年初版本を偶然入手!某サイトでは高値がついているようですが、申し訳ないくらいの超安値でした。
著者の田辺太一氏は天保2年(1831年)-大正4年(1915年)で幕末、明治期に活躍された幕臣であり外交官。ペリーが浦賀に来たときは22才で長崎海軍伝習所第3期生。勝海舟もいました。咸臨丸で小笠原諸島測量をはじめ2度にわたるフランス赴任。ナポレオン3世に謁見。維新後は岩倉遣欧使節に随行をはじめ清国公使館勤務/元老院議官。
明治31年に幕末の回顧録として〔幕末外交談〕を出版された書籍が坂田精一氏(明治36年生)により訳される。ちなみに坂田精一氏はハリスの日本滞在記やアーネストサトウの外交官の見た明治維新等の書籍を訳されています。
混沌とした幕末史を知る上で、その時々に置いて様々な背景があり、いままで知らなかった事や、わかりやすく全文が掲載されていることから今まで以上に深く理解することができます!





































