フランス風懐石料理中華風: 2015 8/6 あれから1年 今だから書ける顛末

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2015 8/6 あれから1年 今だから書ける顛末

201487日木曜日の夕方、たぶん16時頃だったと思います。
茹だるような暑さの中で作業中にいきなり激しい寒さが襲ってきました。

「え?なんで寒いの?」

周りのみんなは汗をかきながら作業をしているのに私だけ汗も出る事もなく、それどころか激しい寒さで震えが止まらなくなりました。

時折流れてくる冷たいクーラーの風の寒さでは無く、あぁ、きっとこれが熱中症の症状なんだろうと

思いました。
すぐに事務所の自分のデスクに戻り、水分補給をしましたが、両手や体は激しく震え、歯がガチガチと打ち鳴り、明らかにに体調がおかしい。

体を小さくせばめて、震える手でパソコンサイトを検索してみるとどうやら体温調整が出来無くなっているようで一刻も早く病院へ行く事を勧める記事が沢山でてきました。

自動販売機で飲み物を買っていただき、脇や首筋を氷で冷やし少しマシになった隙に退社時間になり帰宅する事にしました。
この間にも周期的に震えが襲ってくるような感じがしますがいつまでも会社にいるわけにもいかず、自動車通勤の私は信号や細い道が多い下道は無理だから高速道路で帰宅することにしました。おそらく高速道路だと30分で帰宅できるはず!

運転中に震えがこないことを祈りながらの安全運転です。

そして運よく30分程度で自宅の下の駐車場に到着しましたが、自宅の駐車場に到着したもののすでに身体に力が入らなくて車から降りられない状態。すぐに携帯で家族を呼び駐車場まで迎えに来てもらって抱きかかえるようにして自宅へなだれ込みました。
相当体力が消耗していたようです。

このあと、すぐに横になり体温を図ると38.7度。
相変わらず1時間に一度くらいのタイミングでガタガタと震え何度も意識が遠のきそうになりましたがひたすら水分補給とお手洗いを繰り返して地獄のような一夜が明けました。

ほとんど寝る事もできないままに88日(金)になりました。
翌朝も熱は下がらず、相変わらず激しい震え。
家族が何度も「病院にいこう!」の勧めがありましたが「熱中症だから」と、もう少し様子をみたらマシになると信じて疑いませんでした。そして激しい頭痛と定期的にやってくる震えからかかりつけを医院へいったのはその日の夕方の事でした。

病院で体温を計測していただいたら37.0度。
血液検査用の採血をしていただいたあと1時間ほど点滴をしていただき、熱がさがらない時は土日でもよいから連絡をするようにと言われ帰宅しました。
そういえば昨日からまともな物を食べることができず、ウイダーインゼリーばかりを食べていたせいか力もなく横になりながら起きているのかどうかもわからないような感覚でぼーっとして過ごしていました。
そしてその夜も昨夜とまったく同じように激しい寒さが何度も襲ってきます。
なんども意識が遠のき、ひきつけをおこし、たぶんこのまま死ぬのかな?なんて事を考えたりしていました。


89日(土)

翌朝も激しい寒さが続き定期的に激しい寒さと、痙攣やひきつけが頻繁に発生。

本当に熱中症なの?なにかおかしい・・。ここまできて初めて症状を疑いだした私。
それでも思考が定まりません。うつらうつらして午前中を過ごしそして1330分についに異変が起こりました。
尿意があったからお手洗いに行ったのですが、でている感じがなく残尿感が消えたのです。
「あれ?オシッコ出たのかな?」と不思議な感覚でしたが10分ほどしたらまた尿意が襲ってきました。
またお手洗いに行くとあきらかにおかしい。
えぇぇぇ?おしっこが出ない!ちょうどそのとき、そのタイミングで昨日受診したかかりつけの病院から電話があったそうです。
「赤血球と白血球の数値に異常があるので緊急病院へいきなさい!」

私は相変わらずお手洗い中。
おしっこがまったく出ていない!「えぇ?なんで?あかんやん!」
そういえば下腹がおかしい!異様に大きくなってる!

紹介いただいた病院へ連絡し、すぐにタクシーを呼び準備もそこそこにすぐにでかけました。

大きなロビーには20人くらいの急病人。その中に混じって受付をすませました。
相変わらず尿がでなくてそのまま1830分。ようやく名前が呼ばれ緊急措置部屋へ入りました。


先生は状況を確認し私の患部を診察した後に一言・・「私には無理や・・すぐに泌尿器科の先生を呼ぼう」ということで処置部屋のベッドで私はぐったりしていると1時間程度で先生の到着。
手には細いワイヤーを数本もってのご登場です。

もちろん麻酔等なく、一番細いワイヤーを私の体へ突き刺してゆきます。まったく痛み等は感じる事はないものの、それでも激しい不快感からか意識はなきままに相当な悲鳴を上げたそうで待合ロビーに聞こえていたそうです。
そして徐々に太さをかえて通して行き、ようやく大量の尿が排出。その後バルーンカテーテルを通されおよそ2時間後処置室から入院するための部屋へと移動することになりました。

豪華な個室へ移されましたが私の体には点滴チューブとカテーテルチューブが通されています。
なんとなく吐き気やめまいもおこりましたが、何とか一命を取り留めた安心感に包まれました。
そして一言・・・「命が助かった。。。。」


810日(日)

ロールパン2個にパナナ1本、コールスローの簡単な朝食をいただきました。
カテーテルを通したおかげで排尿を心配する必要もありません。

さて、ここではじめて救急処置をしていただく直前の血液検査で、びっくりな数値が出ていたことを聞きました。
CRP14.7で白血球数も相当多かったらしいです。ちなみにCRP15で【重体な疾患の発症の可能性が検討される範囲】らしい。

数時間おきに看護師さんが見てくださいますが、バッグにたまっている尿は白い澱のようなものがイッパイでこれが黴菌だそうです。

今回の私の病名は【急性腎盂腎炎】との事。熱中症が引き金になり排尿障害を引き起こしたようです。で、今後の措置ですが今回の病院での対応はあくまでも救急病院の対応のためにできるだけ早く排尿障害の正式な治療をしなければまた再発の可能性があるために、2011年の9月に別の手術をしていただいた病院で排尿障害の手術を行っていただく事になりました。

退院は明日11日(月)を予定。できるだけ早くその病院に連絡をつけて手術をしていただく必要があります。旨い具合に連絡がつき、手術は12日の1430分と決まりました。


811日(月)
バッグにたまる尿がほぼ透明になり血液検査でCRP17。あまち数値もまだ芳しくないものの退院となり、請求書をみてびっくり!6桁ですが命には代えられません!


812日(火)
ショルダーバッグの肩紐を長めにして尿バッグを収納。チューブは接合場所から取外しができるようになっているので迷惑にならないように電車で移動です。片道3時間程度の電車旅行ですがやっぱおもいっきり不安でたまりません。

そして予定通りの手術開始です。

「好きなタイミングでマスクを顔にあてて、数字を読んでみて」の先生の声。
覚悟をきめて「1.・・2・・・」もう完全に意識がなく、本当に全身麻酔だけは何度経験しても不思議でたまりません。まるで、私の中の生命スイッチをパチッとOFFにされたようにしかおもえず、その間は夢を見ることもなく再びONになるまではまったく時間が経過したという自覚がないのですから。
何度も経験した全身麻酔だけは好きになれません。

そして10frの緊急用カテーテルからもっと太いカテーテルへと付け替えられ手術は終了です。

そしてまた数時間かけて無事帰宅です。
帰りの電車のなかではのノンアルコールビールを堪能しました。

813日(水)~825日(月)
この期間は毎朝5時に起床し自宅のパソコンで作業です。
ときおり横になり体を休めますがそれでも体が熱っぽい状態が続きます。
そしてようやく明日は再度病院へいってカテーテルを取り外しです。

出社は28日からとなりました。ほぼ3週間のドタバタ騒ぎでした。

今回、引き金になったのはやっぱり熱中症。そしてあれから1年。もうこりごりです。
心から心配してくれた家族や同僚、友人のみなさん、1年前は心配をかけて本当にごめんなさい。
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