「アフィリエイト広告を利用しています」

yahoo2

2012/01/30

2012 1/30 リンゴの自動販売機

夕方に、近鉄阿部野橋駅と地下鉄天王寺駅の間で必死で呼び込むお兄さん。
 
「只今、リンゴをお配りしていまーす!」
 
「新しくリンゴの自動販売機ができましたぁ!」
 
 
 
わぁい!これは面白いww
 
 
 ってことで早速サンプルを頂戴したお礼に1つ買ってみた。
 
どうやら近鉄地テールサービスさんがやってる事業で、
上本町駅にはすでに設置されているみたい。
 
 
 
帰宅して、食後のデザートに^^
 
うんっ(*^^*)おいしぃ。
4キレ入っていて¥180は、ちょいと割高だけど
いろんな品種や皮付き、皮なしが選べるのは良いですねー。
 
袋の中にはなんかガスみたいなのが入っているので変色しないんですね。
たぶん・・リピ買いしちゃうな。これ♪
 
あ・・・わたし。。ミカン大好きだけどリンゴも大好きなんですよー^^
 
 

2012/01/29

2012 1/29 めふ乃寄席


毎年1月のめふ乃寄席は、整理番号順に会場へ入る時には錣打ち(しころうち)をしてくださいます。
なかなか風流なもので、その陽気なメロディーはワクワクさせてくれます。





林家染吉 兵庫船
マクラは「むかっと来た話」。これはさすがに書いたらだめですよねー^^
染丸さんの奥様のエピソードでしたww。

さて、噺では前半の船旅の退屈しのぎのなぞ掛け問答のシーンでの喜六のボケぶりが炸裂。
染吉さんの雰囲気と相まって客席は爆笑でした。


桂阿か枝 耳じがじが

はじめて聞いた噺。阿か枝さんの紹介では2代目桂文左さんの1800年後半の作とのこと。
舞台はおよそ100年前の大阪中船場の商家。親旦那さんの息子の若旦那さんはたいがい、我が儘な気質。諫める為の
番頭さんはご苦労されている。

ネタばれにならない程度に内容を記載。

若旦那のお花の修行で粗相をした小僧さん。イライラしていた若旦那がつい、投げつけた花活けハサミが小僧さんの近くの畳にグッサリ!
日頃の様相をやんわりと叱る番頭さん。「耳元で穏やかな声で叱りなさい」とのこと。
さて、ある日開催されたお茶会、緊張した小僧さんは、また粗相をしてしまう。
押し寄せてくるイライラな気持ちを押し殺して若旦那さんは、小僧さんを近くへ呼び寄せ・・。。。。

私の手持ちの資料「上方落語の歴史」(前田勇著)では、小咄ネタに分類されていましたがマクラから本ネタにまで使われることがあるようです。


林家染左 就職活動(作:芳賀豊)

名作の代書屋を現代風に焼き直した噺。
本当に代書屋では、文盲の滑稽さを取り上げた現代では放送禁止用語がふんだんに使われています。このお話は台湾人の荘英男が近所の王将に店長候補で就職するために履歴書を書いてもらうお話。
それはそれは・・元ネタを知らずとも爆笑必須のお話です。


林家竹丸 不動坊

今の季節にあった不動坊のお話。元々は二代目林家菊丸作。
きっちりと演じられ、ツボを押さえたお噺でした。


終演後にはお楽しみ抽選会がありました。
今年は本当に当たり年な私。見事に染左さんの手作りマドレーヌが当たりました♪
ファンは絶対欲しいとおもう手作りアイテム!実は2回目ww
しかも、今年になって色んなところで強運をまき散らしているわたしww。
ありがたいことです。

2012/01/28

2012 1/28 テンペスト3D

昨年、年末にNHKで一挙10話放送があったのを、ぜぇんぶ録画してチェック!
「これって、とっても良くできたお話ですねー!って関心し、何度も見直して、すっかりテンペストファン♪

初めて見たときは・・・「えぇぇ!? あかんやん・・島流し・・・・」とか「その手があったたか!」とかハラハラドキドキ!
そんな私のお気に入りなドラマだったので、今日、封切りの「テンペスト3D」も、すっごく楽しみでさっそく第一回目の上映に行ってきました。

やっぱテレビで放映された内容を3Dにし、再編集した内容です。
元々、本編に余分な箇所のないスリムなお話を、さらに2時間ちょいに収めたのでいろんなエピソードを思い返す風な手法で綴る箇所が多く、きっと初めて見た方はきっと頭ん中がぐっちゃぐちゃになっていたかもしれませんねー。
で、3Dに仕上げたおかげで、随所に龍がおっきな口を開けて向かってくるシーンがありますww。
沖縄の風景は3Dにしなくても元々が感動的な美しさなので・・まぁ3Dにしてももちろん美しかったです。

実は初めての3D映画!
映画が終わってメガネをはずしたら跡がビッチリ(>_<)
もちっとあのメガネって改善されないものですかねー。

2012/01/22

2012 1/22 第32回 りっくぷち寄席

りっくぷち寄席はこの数年必須の寄席で林家一門会を毎年楽しませていただいています。
入場料がなんと¥1,000と安く、お買い得な寄席です。
お手洗いでたまたま並んだご婦人との会話。。
「落語ですか?」
「はい♪落語!大好きなんですよー!」
「えー、お若いのに・・・」
落語は年輩の方対象の芸ではありませんww→キッパリ!

まだまだ興味ないかたからするとそんな感覚なのでしょう。。

さて、座席に着き開演を待つ。定刻になり2番太鼓で篠笛が無い?えっ?・・・

う~ん・・やっぱなんだかもったいないです。

林家染弥 ふぐ鍋

1番手でご出演されました。あとで染二さんがいわれましたがこの後に次のお仕事があったそうです。
マクラの鍋奉行、悪代官、町奉行、勘定奉行ねたはこの時期テッパンですねーww。
ネタもスムーズにちゃっちゃと進行した感がありました。

林家染吉 癪の合薬

前回このお話を聞いたのは染左さん。
可内(べくない)へ話しかけるのが現代言葉か、武士言葉かの若干趣の違う感覚で楽しめました。
それでもモトネタのおもしろさが伝わってきて場内も爆笑に包まれていました。


林家卯三郎 くっしゃみ講釈

私にとってはすごく思い入れのあるネタ。私が小学生くらいの頃にLPレコードで聴いた
笑福亭仁鶴さんの一語一語がすべて頭に鮮明に蘇ります。
繁盛亭の賞!受賞おめでとうございます。
さて、このネタはよく聞くと、すごく時代を感じる表現の出てくる噺になってますねー。
軒切りはまず聞かれないですし、講釈も大半の方の頭の中では
想像の世界なんでしょう。。


林家染二 井戸の茶碗

大好きです。ハイテンションの染二さんww。
様々な物売りのかけ声ねたから井戸の茶碗へ。
アクシデントはあるもので静まりかえり聞き入っていた会場から流れたいびきの音。
おもわずとちってしまわれましたが見事に笑いに変えて流れを壊すことなくストーリーに戻りました。
何があるかわからないだけにおもしろいものですねー。

2012/01/21

2012 1/21 教科書に書かれない幕末史 ~失業武士たち

今日の一坂太郎先生は、まず旭堂南左衛門さんとの出会いに関するお話をしていただきました。
もうすぐスペシャルな企画案があるそう^^で、その中で取り上げられる演目は「英国密航」~これは長州ファイブでいちやく有名になったお話。
そして一坂先生が熱望されたのは、井上聞太のお話で、20年くらい前にテレビから流れる講談を聞かれたそうです。
元治元年井上馨が刺客に襲われ、瀕死の重傷を負う。
戸板に乗せられ自宅にかつぎ込まれ、早く楽にしてやりたいと兄が介錯をする話へ。
ところが母は大反対!自分の生んだ兄が弟の介錯をするなんて・・なんとか助けてやりたいという一心で、当時、大阪の適塾で学んだ所 郁太郎により麻酔なく畳針で縫い合わせなんと一命をとりとめた。
この話は「母の愛」というタイトルで戦前の教科書に掲載されていたそう。
ところが現在は「無名の人」という司馬遼太郎の記載によるタイトルでトコロイクタロウを主人公にして教科書に掲載されているそうです。
ちなみに、井上馨を治療した後の半年後、腸チフスで亡くなったそう。

この井上馨氏はなかな難儀なところがあり、賄賂などの事件をおこしいまいち信用がおけない。
そのために爵位は候爵であり位が上の公爵にはなれなかった。
また自分の還暦の会では自分の銅像を建立、なんと高さは10m以上であったらしい。
またユニークな詩を詠んでいる。
「今日よりは ただの赤子に戻りけり みなちゃんごめん わがままで」

また、坂本竜馬のお話も出てきました。
竜馬はM15年の段階ではまったく無名で、当時発行の書籍の有名人ベスト100にも入ることは無かった。しかしM16の坂崎紫瀾の政治色の強い政治講釈の「汗血千里駒」の大ヒットで坂本竜馬が世間に広まり現在に至っています。

さて、今日の一坂太郎先生のテーマ「失業武士たち」のはじめのお話は日本茶で有名な静岡、牧之原のお話。
江戸時代は静岡という地名は無く、府中と呼ばれていました、新政府になると
不忠につながるということで静岡と改名しています。
この地は、旧幕府の家臣、すなわち旧幕臣が1000ヘクタールを開墾して茶畑にしたことに由来するそう。
また大井川の川越え人夫がM4の4月に渡し船ができた事が原因で、1,300人もが失業、牧之原で新しい産業の茶の栽培に参加したことも要因。

M6の10月に征韓論が覆り24日には西郷が帰国してしまう。
これは議会は通過したが天皇へ報告する際にNGとなった、アンフェアなもの。同時に300人もが帰国してしまう騒動になる。
当然、警察職がすっぽりと穴があいてしまうことに。
これを巡り水面下では長州と複雑な動きをみせる。
薩摩出身の川路利良(かわじとしよし)は何としても司法省へおいておきたかった。
長州は、福沢諭吉にヨーロッパの警察似関するレポートを提出させる見返りに、慶応義塾を現在の三田へ移すことを約束。色んな要素が絡み合い、西郷さんは板垣へ「言論だけではだめだ・・維新のやりなおしが必要だ・・」と
言葉をのこしている。

帰国した西郷は、当時の鹿児島県令の大山綱良(おおやまつなよし)に働きかけて、M7の6月に「私学校」を県費でつくる。この私学校は銃隊学校、砲隊学校で構成されておりM9には鹿児島のほとんどの郷に分校が創設されることになる。
鹿児島は他県と違い、士族が非常に多い。
全国平均で明治初年には全国平均は16人に1人。ところが鹿児島は3人に1人となっている。

さて、新政府は士族に対し次々と過酷な令を出してゆく。

M9の8月~秩禄処分。
武士はいままでは禄を藩よりもらっていたが、廃藩置県により藩が無くなったことで国が給料を出さねばならなくなった。そこで国は数年分の現金を渡すのでその間に職を見つけなさいというのが趣旨。
またM9の3月~廃刀令・M9の6月には断髪令でちょんまげを禁止している、ちなみに明治天皇はM6の3月に切られている。
これらにより武士のストレスは最高潮へ。

そしてついに10/24に熊本で火の手があがることとなる。

神風連(じんぷうれん)の乱と呼ばれ敬神党が本体、そのリーダーは太田黒伴雄。
また国学者の林桜園(はやしおうえん)の門下生で、すべての行いは宇気比(うけひ)という占いでその行動を決めていた。

県令は安岡良亮で土佐藩出身。M6には不穏な動きを察知して電信を引いている。ちなみに大阪(川口)
と神戸(京橋)間の電信は明治元年。

M9の2月に太田黒伴雄の占いに義挙を認める言う占いが出た。
同時に秋月(福岡)・萩(山口)に同士を募り10/24に熊本鎮台を襲うが、すでに近代火器で武装した2300人の兵隊が待ちかまえていた為に壊滅。
太田黒は必死必敗の覚悟で臨んだが結果は自決し120人が死亡、この必死必敗の覚悟は三島由紀夫に引き継がれる。
新政府は近代兵器で武装したものの100人近く亡くなったことは大問題。熊本鎮台のトップは土佐出身の谷 干城にかわることに。

さて10/27には福岡秋月で約200人の反乱が発生。
元々は小倉で合流+萩で合流し東京へ行く予定だった。
小倉藩は四境戦争により小倉ではなく豊津で維新を迎えている。ちなみに会津の家老の息子に当たる「郡長正(こおりながまさ)」がこの豊津に留学にきているが、なぜか自殺をしており、その原因は不明。
一説では、豊津の食事・・もしくは美少年・・・・。

さて、戦いは、北からは小倉連隊が・・南からは豊津の兵隊により挟み撃ちであっけなく鎮圧。


10/26には明倫館で士族が会合しそのまま挙兵となる、これが萩の乱。
明治維新後は結局、一部の連中しか良い目をしていないのでまったく不公平!そこに秩禄処分が追い打ちをかけた状態。
その中心人物は前原一生。彼はその実体をとりまとめ、政府に訴えるはずだった。
まず、山口鎮台を襲い、広島、大阪から東京へ向かう手はずだったが、前原一生は11/5に島根県で捕縛され12/3に仲間の9人とともに43才で処刑された。
ちなみに、萩の栄光の歴史の中ではBLACK歴史!県の歴史の書籍でもひたすら隠そうとしている感じがある。残念なことに前原一生の処刑の地の碑は工事の対象となり、松陰神社に移設。

さて、おもしろい話をしてくださった。

萩の連中は会津の連中とコンタクトをしていたという。

M9の12/29に、東京の思案橋に怪しい武士10人が船に乗り込もうとしていた。どうも様子が怪しいので警察に通報。結果、斬り合いとなる。

このリーダーの永岡久茂(ながおかひさしげ)は、千葉鎮台を襲い、東照宮にこもる計画だったそう。
萩の乱の知らせは電信。「コメノネダンガアガル」で前原が挙兵したことを知ったそうで思案橋事件と呼ばれている明治政府転覆を狙う未遂計画。

2012/01/18

2012 1/19 東大阪布施 モモヤ

東大阪の布施に行く機会がありましたので久しぶりにモモヤさんへ寄ってきました。

昔、たまーに母が買ってきてくれた・・そんな懐かしいノスタルジックな味。

寒い冬・・・熱いお茶には和菓子が似合います。

そんなモモヤの和菓子です。




御菓子司 モモヤ
http://www.mimosa-osaka.co.jp/

食べログ
http://r.tabelog.com/osaka/A2707/A270703/27015659/

2012/01/08

2012 1/8 浄瑠璃寺

今までにもう数え切れないくらいお参りしてきた浄瑠璃寺さん。
しかも1年の間でこの3日間しか公開されない「大日如来さん」「弁財天さん」「役行者さん」に今年も会うことができました。

山門近くに車を停めて浄瑠璃寺さんへ向かいます。なんだか様子がおかしい・・・。
極楽浄土を模した池に水が少なくなっている。。。
どうやら庭園保存修復工事、埋蔵文化財発掘調査をされているとのこと。
平安時代の史跡なのでそりゃなにか出てくるかもしれませんね。

灌頂堂をお参りした後、ご本堂へ。

この中だけ空気が止まっています。

稟とした張りつめた空気の中に阿弥陀如来さんを初め、大好きな吉祥天女像、コンガラ童子さん、セイタカ童子さんの像があります。

それぞれの像の前に正座し、そっと手を合わせます。


ご本堂をでて、向かい側の三重塔へ向かうと、大勢の人だかり。
薬師如来像の開扉で、管長さんによる読響とともに参列者にご焼香をさせていただけるとのこと。
今まで、なんども来ている浄瑠璃寺さんですが、まさに初めての体験!
背筋がピンッとのびる思いでした。

2012/01/07

2012 1/7 大阪七福神巡り


大阪市内には七福神を祀っているお寺、神社があります。
今日、1月7日はやっぱ七福神参りしなきゃってことで順にお詣りしご朱印を頂戴して参りました。

お詣りする順番は決められていませんが、おそらく下記、もしくは下記の逆順が一番、楽かも。

AM11:00 四天王寺 布袋尊

南門から入り西門手前の布袋堂さんへ。
布袋堂の前には「なで布袋さん」がおられますので、徳利、背中の袋、おなかをなでなで。
逢坂を西へ下ります。

AM11:50 今宮戎神社 えびす大神

境内はすでに賑やか・・てっきり明後日のえべっさんの準備のためかとおもったら、なんと「お餅撒き」があるみたい。
福娘が勢ぞろいし、一斉にお餅を撒き始めます。
今日は、次々とお詣りしなきゃ時間が・・とおもいきやむっちゃ楽しくて、お持ち撒きに参戦!おかげさまで五個GET!
さらに進路を西へ進め、地下鉄大国町の交差点を四つ橋筋に入り北へ100m程進むと次の目的地があります。

PM 12:30 大国主神社 大国神
この神社さんも明後日に控えているえべっさんの時に大変にぎわう神社で、境内には仮設テントの準備が進んでいます。
御朱印を頂戴し四つ橋筋を北へ向かいおっきな交差点を東へ入り、日本橋の電気屋さん街のオタロードにお入ります。

PM12:50 大乗坊 毘沙門天
オタロードのソフマップの東隣が大乗坊さん。
通勤途中に頻繁に参詣しているお寺なので場所はバッチリ。
御朱印を頂戴し、東へでた後、堺筋を北へ直進し、道頓堀をわたってすぐの道を東へ200m。

PM13:10 法案寺 弁財天
街の様子にすっかり溶け込んだようにお寺があります。ここは日本橋の聖天さんと呼ばれていて歓喜天さんをお祀りしています。
御朱印を頂戴し東へ進み、松屋町、地蔵坂を経て、谷町筋に入ります。すこし北へ歩くと次の目的地に到着です。

PM 1:40 長久寺 福録寿
モダンな鉄筋のお寺。
南から歩くと交差点の南側になりますので見落としがちになりますので、ご注意くださいww。
お寺を出て、すぐ北に進むと有名な空堀商店街。このあたりで「やっぱナンバあたりでお昼ご飯を食べるべきだった」と後悔しはじめます。
猛烈な寒さと疲労で熱いラーメン屋さんを探し始めますが時すでに遅し。
とりあえず、ひたすら東へ東へ。
真田山公園の横をすぎ、遠くの方に環状線の降下が見えてきたらもうすぐです。

PM2:20 三光神社 寿老人
真田幸村公の出丸でおなじみの三光神社では幸村公の勇ましい銅像がお出迎えです。
疲れた体にはおもいっきり堪える階段を上るとゴール!
無事御朱印を頂戴し完成しました。

せっかくここまで着たのですからすぐ裏手に広がる広大な陸軍墓地へ。
西南戦争、日清、日露の戦争、第一次大戦、第二次大戦の陸軍の戦没者だけでなく、中国、ドイツなどの捕虜のまま、命をおとされた
方々の御霊をお奉りしています。
この墓地は明治4年に兵部省によって設立したそうで、5300基の墓碑や43,000の遺骨を納めた納骨堂があります。各お墓はそんぽ役職ごとに整理され、軍役夫、兵卒、下士官、将校等のように明確化されています。

PM3:00 玉造駅前天下一品 こってり味
無事、ラーメン屋さん発見♪からだをあっためる「天下一品」でこってり!体がほかほか。
目の前の玉造から環状線に乗って無事帰宅となりました。

2012/01/03

2012 1/3 一心寺亭

恒例の一心寺亭。3日目♪
さっすが春団治さんがトリということで、会場は超満員!
普段の最前列の前にまだ1列つけたしていました。

桂 鯛造  二人癖

広島ご出身の9年目、天下茶屋から上町に引っ越して驚いたエピソードを紹介し、ネタへ。


桂 文華  替わり目
学校寄席でのとんでもない先生の発言で会場に笑いを誘います。
文華さんの酔っぱらいは秀逸ww


桂 小春団治 茶目八
ご入門されて35年、当時のエピソードをお話くださいました。また松鶴さんのとんでもない爆笑話もww。
さて、ネタはてっきり創作かとおもいきや古典ネタ。
それでも噺の中に現代の様子を巧みに練り込んでいます。

中入り前に、恒例の抽選会。
えへへwwまた当たっちゃいました。
1日は一門カレンダー。今日はクリアファイルと出演者全員のサイン色紙!
昨年に続いていきなり幸運をまき散らしてますww


喜味家たまご 女道楽

喜味家たまごさんは、昨年逝去された上方漫才界の重鎮の喜味こいしさんのの娘さん。
「上方文化を無くしたらあかんねん」と、次世代に受け継ぐ事を熱く語ってくださいました。
昭和初期の音曲漫才の中で語られていた芸で、上方落語の「口入屋」で、その名前だけが登場してきます。
そもそも、笑いを取る芸ではありますが、そのたしかな技量と滑らか話術に感動さえ覚えました。

生前、こいしさんはよくご自身のご家族をネタにされていました。
鬼瓦・・生ゴミ・・そんな描写があったそうです。
サイやら猫の茶碗やらの描写もww

出待ちして、お話とお写真を撮らせていただき握手をしていただきました。

今日、日本の話芸のスペシャルで「いとこい漫才」が放映されていました。すると見事に
鬼瓦、生ゴミねたがww。漫才の後半には鶏の戒名ネタもww
もう一人で大爆笑してました。





桂 春団治 祝いのし
淡々と話しているようで話の聴かせ所やくすぐりを要所に盛り込んでこられ、その屈託のない笑顔が心をぐっとつかんできます。
やっぱりお見事!また来年も必ずお目にかかれますように。


日本には四季があり、時折々の情景を表す美しい言葉があります。
また、徳川幕府の政策による鎖国が育んだ文化があり、それは上方と江戸に分かれて独自の味わいをもって熟成してゆきます。ところが近年になり高度成長期とともに発展するマスメディアにより新しい文化が盛んとなって古い文化の継承がおろそかになってきました。
能、狂言に歌舞伎、講談に落語・・これ以外にも多くの貴重な文化がすでに失われています。
上方・・伝統ある地域、私たちの住む大阪なのに、大阪の文化を疎かにしているなんて恥ずかしいことです。
そんなことを考えたお正月公演でした。

2012/01/01

2012 1/1 一心寺亭

毎年恒例の一心寺亭。この笑いで私の1年が明けます。
ほんとにありがたいことで、桂 福丸さんの落語で1年が始まり、旭堂南左衛門さんの講談で
1年が終わるパターンを数年来繰り返しています。

桂 福丸 阿弥陀池
マクラは軽く流してネタへ。
数年前のまだ初期の頃からの福丸さんの頃から知っていますが間違いなく上達していますよ。
工夫もあり、練習の成果ももちろん。
あと数年したら「でこに小判」「豚の耳に念仏」なんかも定番になるのかもしれません。

桂 小春団治 豊竹家
例年、ご自身の創作落語をされますので、今年もてっきりとおもっていました。おもいっきり意表をつかれちゃいました。
去年同様に、このあと、帝国ホテルでの落語会がありますので出番ギリギリまで演じてくださいました。


桂 団朝 幸助餅
きっちりと笑わせてくださる期待を裏切らない団朝さん^^
ネタはこのお話はダメなんですよねー。
どうしても雷関に感情移入しちゃってクライマックス以降は泣き通しになってしまいました。


抽選会では、昨年通り、桂 福丸さんと桂 団朝さんの司会で進められてゆきました。

桂 智之助 マジック

色物芸なんだけど、笑いに重点をおいたマジックで、おなかの底から笑ってしまいました。
あの飄々とした話しっぷりと、間がどうも苦手ですww
スプーン曲げやトランプ、ティッシュネタなどつぼにはまりました。


月亭八方 堀川

残念ながら笑福亭松蕎さんの代演でご出演。様態がほんとに心配です。さて八方さん、やりなれた噺と、慣れていない噺とどっちにしようか?とだいぶ悩まれているようで客席の拍手で決められたようです。
ネタは「堀川」 酔っぱらいの息子と、暴力息子とその母親、うどん屋、大工等登場人物居の多いお話で難度が高いお話です。
今回初めて、八方さんの落語を聴かせていただきました。緊張の代演、ほんとにお疲れさまでした^^

2011/12/27

2011 12/27 第一発見者!

通勤途中に、民家に突っ込んだトラックが!電柱と民家の間にすっぽり挟まっています。
どうやら、つっこみたてみたいで、ガラスなどが散乱している。

とりあえず、離れたところから写メを撮ってから駆け寄り、運転手さんに声をかけました。

「おっちゃん、怪我はない?」

弱々しく「あぁ…」と言う返事とともに「バックできる?」と尋ねられました。

状況は車の左ミラーは壁に当たっており、後ろ1mには電柱が控えています。
左目一杯ハンドルを切ろうとする運転手に、まず30cmだけまっすぐバックするように指示。

このあたり、中々、男らしい判断です(笑)

私はできるだけ大きな声で「ストップ!」と叫ぶ。
左前が壁から出たことを確認し、左目一杯にハンドルを切らせ50cm程バックさせてようやく脱出成功!

なんとか道路にでたトラック。

周りにはすでに騒ぎを聞きつけて数人が集まっています。

「おっちゃん、いま警察呼ぶからちょっと待ちなー!」と言うと

なんと車は走り出してしまった!!

「え~?・・あかんやん!民家へ当て逃げやん!

すぐさま110番して警察を呼ぶ。

まぁ、私も写メ撮ってるから構わないか…と思うと同時に、少年が走って鮮明な写メを撮影して戻ってきました。

今日は誰しもがカメラを持っているから悪いことは出来ないんですよね。

その後、すぐに自転車で駆けつけてきたおまわりさんに、色々聞かれました。
まぁ色々と・・。

それから30分後に解放されたものの、会社へ行ってからも警察から2回電話がありました。

聞かれる事はおんなじ事ばっかりで、ナニが聞きたいのかよくわかんないご質問を頂戴しましたww
もちろん出来るだけ協力するつもりだけど、たいがいにして欲しいってのが正直な感想です^^


で、翌日の朝。7:30・・・。警察から早速電話がありました。

事情聴取をしたいのできてほしいとの事。
毎朝の通勤ルートを少し変えたらいけるので快諾し9時にお伺いしました。

この建物、ガワはキレイなのですが中は意外と古くてびっくり!

廊下の一番奥のお部屋に入るとすでに5人くらいの男性が忙しそうにしています。
さっそく担当の方が着てくださって私の状況をひとつずつ文章にしてゆきます。
また、撮影した写真をプリンターへ赤外線転送し印刷。詳しい見取り図とともに再確認です。

「運転手さん、顔、覚えてる?」の問いに「はい!」・・・出てきたのは12人の同じ年頃の男性の顔写真一覧表。

「誰が運転手やった?」って・・ちょ・・・おま・・・あかんやん。
むっちゃプレッシャーやん。。。

それでも印象深かった目元と頬でクリア!おおよその年齢の質問も正解!

おぉ。。なんとか覚えてるもんですねぇ。

ってことで2時間。

¥2,900支給されたということでありがたーく頂戴し出勤しました。

この運転手さん・・私の手元から逃げた後、某場所で多重追突をされたらしくってびっくり。
裁判のときは私も出席かも。。。です。

2011/12/25

2011 12/25 聯合艦隊指令長官 山本五十六

久しぶりに骨太の映画を鑑賞した満足感に溢れたと同時に、日本が行ってきた真実の歴史をあまりに知らなさ過ぎる自分に腹が立った。ネタバレしない程度に記載します。

世界大恐慌から逃れる道を戦争に求めた日本は悪化する国内経済を立て直すために海外侵略への道をえらんだ。
満州事変から国内で相次ぐテロリズム。日中戦争から三国同盟を経てよからぬ方向へ加速度的に進んでゆく。

国内の世論を煽るマスメディアと山本との対立が浮き彫りとなり、ついに最後まで三国同盟の締結を拒み続ける海軍もついに締結せざるを得なくなり戦端が開かれた。
その指揮を取ることとなったのが、皮肉にも最後まで締結を拒み続けた山本五十六氏。

あくまでも最後通牒にこだわりフェアな形を望んだが、奇襲という結果となった真珠湾攻撃から日本の泥沼式の戦争が始まってしまうことに。常に講和による終戦を念頭においた戦いを行ってきたがことごとく、様々な官僚の思惑が絡まってゆき最悪のシナリオへと進んでゆく日本。
これはフィクションではなく実際に日本で行われていた、わずか70年前の出来事であることをもっと認識すべきだと感じました。
この春の震災や原発の問題もけして美化することなく真実を描き事実を事実として伝えることが私たちができる努めなのではないでしょうか。

歴オタ的観点からすると、戊辰戦争で悲惨な目にあった長岡藩出身の山本五十六さんは、長岡藩の家訓である徳川への忠誠や米百表の精神、そして奥州列藩同盟の河合継之助のような質実剛健で正義感溢れる血をひいておられます。

※参照 http://sweet-mikan.blogspot.com/2011/02/2011-212.html

映画の中で表現された箇所で、気になったのは、明治維新からほぼ70年経過した時代でさえ、長岡藩が、長州や薩摩の部下を率いることに対する違和感の意識があったのでしょうか。
ぜひ若年層にも見てほしい映画「聯合艦隊指令長官 山本五十六」です。

2011/12/21

2011 12/21第1回 旭堂南斗の講談会

■平成23年12月21日(水)19:00開演
■出演:
口上あり
旭堂南斗 「山内一豊とその妻・千代」「細川の福の神」
旭堂南左衛門 「正直車夫」
旭堂南青 「源平盛衰記・那須与一」
旭堂南舟 「赤穂義士伝・堀部弥兵衛の駆け付け」
■木戸銭:¥1,000
■場所:柳谷観音・泰聖寺(無料駐車場あり)



第1回 旭堂南斗の講談会 ~やっと正式前座になりました~

会場に到着してみてびっくり!泰聖寺さん2階のご本堂の座席は満席でした。
講談を愛する方々がホントに勢ぞろいしたって感じで嬉しかったです。
今回は初めての南斗さんの会!ということでご祝儀を出させていただきました^^


旭堂南斗 細川の福の神

寛永18年(1642年)12月の末のお話。江戸藩邸でのお話。
寛永の大飢饉で国許の庶民を苦しみから救うために様々な資財を売った為に
「貧乏細川」と呼ばれている。そんな藩邸の前に松飾売りが通りかかり、藩邸の前に立派な松飾を設置してもらうところから話がはじまります。
この松飾売りは武州八王子の三太郎。この者が設置した松飾が縁起が良いことで細川家の大出世がはじまる。


旭堂南舟 赤穂義士伝 堀部弥兵衛の駆け付け

いよいよ吉良邸への討ち入のその日。老体の堀部金丸弥兵衛は、時がすこし早いということで仮眠をとる。
家族の者は討ち入へ行かさぬようにそのまま寝入るよう声をかけずにいるが・・・。


旭堂南青 源平盛衰記・那須与一

講談はまじめに、真剣に聞いてはいけないですよー!のネタフリ。
ご存知、那須与一の物語。
那須一郎の以降に九郎が続いて平家へ加担。十郎の次が、十あまる一ということで与一だそう。
順に的を射抜く命令を断る際の、那須十郎ためたか(漢字がわかんない)の困顔と与一が引き受けた際の描写が特に印象的でした。
そして見事に冒頭のネタフリが生きて講談を終えられました。


旭堂南左衛門 正直車夫

南斗さんの名前の由来についてお話されました。
南斗(奈良出身で南都に掛けてあり、また輝く旭堂の星となれの意)
さて、お話は明治22年神田泉橋付近でのお話。
当事の総理大臣「黒田清隆」が登場。
正直者の頭には神宿る・・そんなお話でした。


口上

口上で演台の上には、旭堂南斗さん、旭堂南舟さん。
そして下手には旭堂南左衛門さん、上手には司会の旭堂南青さん。
南青さん「今の気持ちを四文字熟語で表すと?」
南斗さん「無病息災」・南舟さん「一意専心」とのこと。
今後のお二人のご活躍を心よりお祈り申し上げます。


旭堂南斗 山内一豊と妻・千代

織田の家来となった山内一豊。禄が十分ではなく非常に苦しい生活が続きます。
良妻の千代のおかげで名馬を手に入れることに。
無事、織田信長に目をかけていただき・・・。


終了後に、少しの時間ですが、旭堂南左衛門さんと、某カルチャーセンターの方と3人でお話をさせていただきました。本題はまたあらためて書くとして、南左衛門さんの師匠さんの3代目南陵さんと知り合った時のお話を聞かせていただきました。
やっぱ、講談って良いですよねー。
頭の中にそのイメージをかくことが出来れば、だれもがその世界に行くことができる。
時代や場所をえらばずに、笑いに涙、悲しさに楽しさをすべて味わうことができるんですから。
もちろん、落語も同じだけど、講談はひょっとしたらこれってホントの話じゃないの?と思わせてくれ、終わった後にいくつも知識が残る事にあるとおもいます。
私は、あんない長いお話を覚えることはできませんが、それでもそのエッセンスだけでも忘れないようにお話のキッカケだけを記述するようにしています。
すこしでも講談に興味をもたれる方が増えることを願ってやみません。

2011/12/18

2011 12/18 講談まつり

会場は超満員!座椅子席、椅子席以外にもだいぶ客席を増やしたようです。
講談ファンが増えるのってほんとに嬉しいものです。
現在、七井コム斎と改名された元旭堂南半球さん(1976年生)が2011年の5月初旬にユーストリームで印象的な事を言われていました。なぜ、改名されたのか・・ の理由の件の中の言葉で、《講談は血湧き肉踊り、楽しいそしてほろっと・・、とにかくおもしろい、とにかく楽しい、とにかくワクワクするというのが僕の目指す講談》。といわれていました。
追っかけている一門は違えども、講談ってわくわくして、どきどきして。ほろっとして、にこっとして!これが少しでも沢山の方々に感じていただければ本当に嬉しいです。

旭堂南舟  般若寺の焼き討ち

いつも通りのほんわかムードで、携帯をお手洗いに流されたお話をされました。さて、ネタは難波戦記 般若寺の焼き討ち。スイッチが入ると口調もトーンもかわるんですねー。


旭堂南青 木津の勘助

私の一番大好きなお話「木津の勘助」。
お話の中で、淀屋十兵衛を叱咤するシーンがあるのですが、おもわず私もビクッとしてしまいました。
また2回も会場からいびきが聞こえるというアクシデントをうまく講談に取り入れ会場の注意を元に戻されるシーンがありました。本当にお見事でした。


客席参加型座談会 「旭堂南舟 南斗 前座のご挨拶」

司会は南青さん。
「実際にあった困ったお仕事での出来事」「将来の夢」・・等ベタな質問から繰り広げられる返答に見事につっこみ、会場に笑いにまきおこします。
南斗さんが、必死に回答するも南舟さんはニコニコ♪対照的なキャラのお二人です。
飛び入りで南湖さんが私服で登場!うまーくまとめてお開きとなりました。

旭堂南左衛門 水戸黄門漫遊記 鮫川の渡し 白扇の掟

3年で20席のネタを覚えて前座となるそうです。ちなみに南青さんは2年でマスターされたそう!
さて、まくらでは座談会で快調の飛ばした南青さんがまだご入門されたての時の思いでをお話しくださいました。
豪華客船飛鳥世界一周での講談会で南左衛門さんに「英語ができますから」ということでご同行。
途中のいろんなエピソードで「もう、お前、日本に帰れ!」って3回ほどあったようですww
今の南青さんからすると信じられませんねー^^

旭堂南北 柳田格之進
 

彦根藩家臣の柳田格之進は清廉潔白な人柄であったが覚えのない罪で職を失ってしまう。
碁会所で知り合った両替商の井筒屋十兵衛と気があって毎日、碁三昧。ある日50両が紛失するその疑いからつらい日々を過ごすことに。

南北さんの落ち着いた口調と間は私の心に滲みて終わると同時にもう涙が止まりません。
講談で泣いたのはほんと久しぶり。(私が講談に魅力を感じたきっかけがこのときの講談でした。演目は幸助餅。そして演者は旭堂南左衛門さんです^^)
人情話って良いですねー。また聞きたい講談師さんです。