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2026/04/18

京都御所 参拝

 京都三条大橋に「高山彦九郎先生」三条大橋より御所へ向かい拝礼をする「高山彦九郎先生の像」が有名で昭和59年高山彦九郎祭世話人会が建立。


さて、御所へは地下鉄今出川駅を降りると目の前。
まずは午前中に2回行われている日本語での御所解説ツアー。2回目10時半の部に参加させていただきました。広大な敷地の京都御苑の中に京都御所があり南北450m、東西250mの11万㎡。平安京〜明治初年に明治天皇が東京へいかれるまでの期間お住いになられていました。


数多くの歴史的建造物の中でも私の目的は紫宸殿と小御所。

紫宸殿では、即位の礼が行われた場所、また「五箇条の御誓文」が発布された場所。
右近の橘、左近の桜が大変バランスよく配され檜皮葺きの入母屋造り。

また、小御所は幕末ファンなら超有名な場所!王政復古の大号令のその夜から行われた徳川慶喜さんへの対応をぶっ通しで行われた場所。

他にも、公家が牛車から乗り降りする御車寄、馬車に対応した新御車寄、公家や幕府の使者の控えの間となる諸大夫の間はランクによって「虎の間」「鶴の間」「桜の間」があり、畳や襖絵の設えが異なる。日常をお過ごしになられる清涼殿、蹴鞠の庭にご学問書などの建築物だけではなく、そのお庭が超素晴らしい!どの角度から見ても調和が取れている美しさ!





御所の周りを取り囲んでいる土塀は「築地」(ついじ)。壁に見られる5本線は最高位を表す。また、御所は東西でおよそ2mほどの高低差があり、その築地の高さを一定にするために、築地の基礎となっている石段が徐々に高くなっているのがわかります。


北東の角は鬼が出入りすると言われているので「んじゃ、東北の角を無くせばいいんじゃね?」ということで東西の角はなく、門の欄間には「烏帽子を被った猿」がいます。猿は南西を表す干支。なのでこのあたりを「猿ヶ辻」と言われているとのこと。


また、京都御苑の外周にも幕末ファンなら見逃せない門があります!そう「蛤御門」!
薩摩、会津藩らが長州藩と戦った場所!いたるところに銃弾痕がみられました!



冒頭の「高山彦九郎先生」にはとうてい及ぶことはありませんが、日本を統治するのは幕府ではなく天皇であり京都へ出入りする際は御所を拝していたその心根は、完全に今の日本からは失われています。これは時代性故、やむを得ないもの。吉田松陰先生をはじめ勤王の志士らはおなじ精神で繋がっていたことでしょう。
しかし、いずれの方々も今の日本のあり方を嘆き悲しんでおられることに相違なく、街を我物顔で闊歩する海外人。資本で日本を振り回し、伝統ある木造建築に巣食うシロアリの如く酷い輩が見受けられます。神道と仏教が互いに絡み合い素晴らしい礼と義をもつ日本人の心が壊れない事を願ってやみません。

田中卓評論集1「愛国心と戦後50年」を読みさらにその思いが強くなりました。
ありがとうございました!