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2010/08/21

2010 8/21 教科書に書かれない幕末史 王政復古

連日の猛暑、一阪先生も汗だくで教室入り、額からはまだ大粒の汗が。。たぶん駅から走ってこられたのかもしれません。
開口一番、気象庁関連の知人にこの猛暑について聞いたところ、なにやら不穏な空気を察知されたとのこと。ひょっとしたらなにか良からぬことが地球におこっているけれど、その対策がなられていないので発表すると大変なコトになるということで密かに報道管制が引かれているのかもしれません。

さて今回の内容は前回の続きです。王政復古の大号令に至るそれぞれの思惑が違うところが今回のポイント。

慶応3年10月14日(1867年11月9日)に慶喜さんは大政奉還を上奏し翌日に勅許がでた。
これは政治の権限のみを返上したという言わばきわめて抽象的な内容で、第1回目の諸侯会議が行われるまでは慶喜さんは今までとおり政治の実権をもったままだということに注意。さて、この中心思想の公儀政体をすすめたのが土佐藩山口容堂さん。とはいえ土佐藩のなかは実はいろんな意見が飛び交っていてぐちゃぐちゃであったそう。

さてその諸侯会議も圧倒的な支持で慶喜さんが合法的に選ばれる段取りとあぐらをくんでおりましたがちょっとずつ情勢が狂いだしてくる。

このまま第1回目が開かれるとまた徳川政権となってしまうと危惧した倒幕派の薩摩藩+岩倉具視は大政奉還は無理と踏んでおり武力倒幕に進んでいたが実現したために諸侯会議が開かれてはまずい!と考えるのは当然。
12/2にはとにかく第1回目が開かれるまではと我慢していた後藤象二郎さんのイライラも最高潮!それではと聖断をしていただこうという方向が濃厚になる。聖断がでてまずいのは慶喜さん。あわてて諸侯に上洛を促すことになる。

じゃ聖断はいつがいいか?でいろんなやり取りが行われる。
12/5は?だめだめ!まだ容堂さんが京都にこられていないということで却下!

この背後で武力倒幕をもくろむ薩摩はパートナー探しを水面下でおこない、土佐・安芸・尾張・越前・宇和島・備前にほぼ決定。(尾張と越前は徳川との結びつきが強いので要注意・宇和島、備前は京都に藩主がいないので却下)

なんとか聖断の日程を遅らせてもらう為に後藤は、中山忠能へ日延べ依頼。しかもこの時に慶喜さんは3役にはいっているんでしょうね?と確認をしている。また後藤はおなじく松平慶永にも確認し、聖断があることを慶喜に伝えて欲しいと依頼する。

さて少しだけ日付を戻す。

12/5 慶喜さんは全国諸大名に上洛を促す。
12/6 慶喜さんは聖断が近日中に行われることを知る。
12/6 容堂さんが関西到着。
12/7 容堂さんが枚方入り
12/8 容堂さんが京都到着。
12/8 岩倉は12/8に固執
12/9 中山忠能は「天皇が乗る籠ができていないことを理由に却下」
ということは、京都が戦場になることをすでに予感していたということか。。

実際11/29には長州800人が西宮付近に待機。朝敵の烙印をおされている長州藩が倒幕の秘勅をもっているといういわめてヘンテコリンな状態がおこっている。

さて12/8 夕刻から翌日にかけて行われた朝議で長州親子の官位復活と八月十八日の政変で追放された7人の公家の赦免(現在は5人)が決められ12/9の朝には終わった朝議。
一部が退席した後に薩摩・芸州・尾張藩などの軍が御所の門を取り囲み明治天皇がおられる場所で王政復古の大号令が発せられた。

ついに発せられた王政復古の大号令。すぐさま小御所会議が開かれて総裁・議定・参与が決定する。
総裁には有栖川宮熾仁親王、議定には仁和寺宮純仁親王、中山忠能や徳川慶勝(元尾張藩主)、松平慶永(前越前藩主)浅野茂勲(芸州藩世子)、山内豊信(前土佐藩主)、島津茂久(薩摩藩主)、そして参与には公家から岩倉具視ら5人、尾張藩士、越前藩士、芸州藩士、土佐藩士、薩摩藩士らが選ばれた。

しかも決まったのはこれだけではなく、全国の1/4の天領をもつ慶喜さんに対し、辞官納地を命じることになった。

後藤さんは愕然だっただろうし、慶喜さんは踏んだり蹴ったり。
この怒りのパワーが日本の大惨事の戊辰戦争を引き起こすことにつながるのですが

新政府を勝利に導いた錦の御旗についてのお話がありました。

10/6 岩倉具視さんが大久保氏(薩摩)・品川氏(長州)と打ち合わせ。岩倉の腹心の国学者玉松操に依頼しデザインをさせていた。
日本人はシンボリックなモノに弱いことをちゃんと押さえていたんですよね。さっそく大久保は西陣で生地を購入。品川は生地を受け取り長州で製作にかかる。実際の製作は長州の有職故実研究家の岡吉春が製作にかかりました。
日本で錦の御旗が登場したのは南北朝時代。また「皇旗考」という書籍にデザインもかかれていたらしく4.2m×90cmで太陽、月、菊がデザインされており全部で22琉(りゅう)完成した。

明治元年1/3(実際は慶応)15,000人対5000人(薩摩、長州)で圧倒的に討幕軍は不利。ところが1/4東寺に錦の御旗があがると同時に各藩が官軍に参加。

慶喜さんは淀城へ退却し体制を立て直そうとしたが、藩主不在で、しかも錦の御旗パワーで、慶喜さんはお城に入ることができず大阪まで敗走。

1/7には慶喜追討令が発せられ時代は大きく動こうとしている。

2010/08/16

◇2010 8/16 サッカー・ナショナルトレーニングセンター


<主な施設>
施設面数
●サッカーフィールド
・天然芝5面 
 うち1面観客席(3,032席)及び照明設備付
・人工芝9面 
 うち2面照明設備付 うち1面400メートルトラック付

●フットサルフィールド 
 ・人工芝8面全面照明設備付
 うち3面屋根付

●その他
センター広場、スポーツ広場、クラブハウス1棟、ロッカーハウス4棟
サイクリングコース、ウォーキングコース など

http://www.city.sakai.lg.jp/city/info/_sport/ntc.html

駐車場は30分まで嬉しい無料^^

2010/08/13

◇2010 8/13 上津屋橋

上津屋橋の別名は流れ橋

上津屋橋の別名は流れ橋。
欄干はなく、橋脚に橋桁として板を渡したような簡易な構造に見えます。
でもこの橋は実はすごい構造になっています。








橋桁を8分割してそれぞれ8つのグループをそれぞれの橋脚に結んでいるので
増水した場合は、橋桁が流されてもワイヤーを伝っていくことで復旧も容易でとのこと。

近くの四季彩館では、実際に流された時の写真が展示されています。

木津川の川原ではのんびりとバーベキューや水遊びに興じる家族連れが見られました。また
土手の斜面にはお茶の木が植えられていました。

2010/08/10

2010 8/10 お盆に寄せて

各々の家ごとに長く培われている伝統行事ともいえる風習があることとおもいます。
特に宗教にまつわる行事や祖父母からの言い伝えなど様々でしょう。

この2010年の夏は今までに無く母のお手伝いをさせていただいたことで感じた事を忘れないように此処に記しておこうと、なんとなく書き始めました。

我が家では毎年8月の第一週もしくは第二週の日曜日にお寺さんに来ていただき法事を行います。その際は果物七品、乾物七品、野菜七品に加え祖父母が好きだったお菓子や思い出の品々と仏様のお膳として【飯椀】【汁椀】【香の物】【お野菜の煮物】【煮豆、和え物】を2セット用意しお供えします。

どこの家も同じなのかそれとも違うのか?まったくわかりませんが祖父母が無くなってからの毎年の恒例行事です。

港区から滋賀へ疎開し、戦後の大変な時期に大阪に越してきた祖父母の時代に現在のお寺さんをご紹介いただいたそうで、現在、当家にお越しいただいている尼僧の先代さんにあたり相当なお歳ですがとてもお元気で、張りのあるお声を聞かせてくださいます。

滋賀に有る本家は代々浄土宗ですが曹洞宗のお寺さんとご縁があった関係に加え、祖母がなくなった際に浄土宗のお寺にお世話になりかけましたが、ある事情で現在のお寺さんに急遽お願いして現在にいたります。

特に聞き覚えのあるお経としては、般若心経、四弘誓願文、普回向、修証義第一章総序、第三章受戒入位、第四章発願利生、第五章行持報恩、舎利礼文、先亡諸霊回向文・・。いかにもお経っぽく聞こえない修証義は幼少のころからうろ覚えのまま大人になり、初めて文章を見たらまったく意味が違っていて驚きました。

数年前に公開された映画【道元】を鑑賞したことがきっかけで永平寺へ参る機会がありました。
「 春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえてすずしかりけり 」の句を読まれた道元さんの残された「正法眼蔵」をわかりやすく編纂し直された修証義は奥深くいつかどこかの機会でちゃんと学んでみたいと思っています。

さて、まもなくやってくる13日はお迎え火を焚き先祖の霊をお招きし、そして15日には施餓鬼法要があり「お流し」にまいります。

霊界に帰る祖父母の霊を初め、先祖代々の霊にお弁当を持って帰っていただく為にお弁当をつくりお寺に納めます。そして持参した塔婆を供養いただきます。※実際の施餓鬼法要はその名前のとおり、無縁仏様を初め輪廻の中で苦しんでる方々への施しであることも実は近年知りました。

1年のうちのわずかな日程だけれど家族という最小単位が一族の集まりとなり、そして先祖供養をする事の価値には計り知れないものがあるとおもいます。

普段、滅多に会わない親戚や親兄弟との血縁をイヤでも意識するそんな日本の伝統文化を絶やしてはいけないし、核家族化が進んだ家庭であればよけいにそんな風習を取り戻して欲しいものです。



2010/08/09

2010 8/9 LOOP GIRL 告知


日々を纏い重くなった少女の半身を連れ出そうと、衝動的に走り出す。
それさえも日常の繰り返しが見る夢だと知りながら廻り続け、
生まれた作品と共に駆け出す3人の展示とライブパフォーマンスを交えた作品展。


2010/09/16-09/20  12:00-20:00 (最終日 ~19:00)
※19日 15:00- ライブイベント&ヴァイオリンライブ

絵/ライブペイント 坂田 尚未
立体/写真/ヴァイオリン かい
絵/立体/ライブペイント mine (tsuji.m)

【89】画廊
530-0016 大阪市北区中崎町1-4-15
TEL:06-6376-0593
http://www.k3.dion.ne.jp/~irori-05/toiawase.html

2010/08/08

◇2010 8/8 法事

この日曜日は法事でした。
実は私の家系は浄土宗ですが色々な流れで曹洞宗の尼僧に来ていただいています。
もう私が物心ついたころからなのですごく長いことです^^


なぜ曹洞宗なのか?はまた別の機会に書くことにしてやっぱり曹洞宗のお経は背筋がシャンとして良いなー的な話でもなく面白い歌があると教えていただいたからです。

その名も<舎利禮文>
  

一心頂禮 いっしんちょうらい

万徳円満 まんとくえんまん

釈迦如来 しゃーかーにょらい

真身舎利 しんじんしゃーり



本地法身 ほんぢほっしん 

法界塔婆 ほっかいとうば

我等禮敬 がーとうらいきょう

為我現身 いーがーげんしん



入我我入 にゅーがーがーにゅう

仏加持故 ぶつがーじーこ、

我証菩提 がーしょうぼーだい

以仏神力 いーぶつじんりき



利益衆生 りーやくしゅーじょう

発菩提心 ほつぼーだいしん

修菩薩行 しゅーぼーさつぎょう

同入円寂 どうにゅうえんじゃく



平等大智 びょうどうだいち

今将頂禮 こんしょうちょうらい



WIKIによりますと舎利礼文(しゃりらいもん)は大乗仏教の経典の1つ。僅か72字の本文に大乗仏教の主旨が説かれているとされ、釈迦の遺骨(仏舎利)を礼拝する内容から始まる。一部の宗派を除き一般に葬儀・枕経・回向用の読誦経典の1つとして用いられているが、特に、曹洞宗では開祖(高祖)道元の火葬の際に読誦されたことから重要視されている。作者は不明であるが不空金剛が伝えたとも、釈道安が作ったともいわれている。

またその意味は<遺骨の礼拝を通して釈迦の本質や法、世界全体を礼拝し、如来と一体となって悟りを得、神仏の力によって人々を救済し、悟ろうとする心で菩薩行を修めれば、涅槃にいたり大智が完成される。>との事。

それぞれの時代を調節し語り継がれたお経。現代ではこんな方法もありなんだろーなっておもいます。

2010/08/04

◇2010 8/4 森林浴

ほんの少しだけ森林浴。


ここは高槻から15Kmほど山手にはいった高槻森林観光センターです。










昨日の猛暑の折でも下界よりずいぶん涼しくて過ごしやすく、また

なんといっても空気が美味しいって実感しました。



滞在時間わずか1時間でまた都会に逆戻りでしたがそれでも随分リフレッシュできました。



そうそう、都会ではクマゼミの声ばかりでしたが、懐かしいヒグラシの声が聞こえていました。

2010/08/03

◇2010 8/3 音楽に想いを馳せてみる。

先日からまたクラシックを聴き始めました。


そのきっかけが名曲探偵アマデウス(BShi 月曜PM7時- BS2 日曜PM6時-)。

これがなかなか面白い。

おかげで私がクラシックファンであることを久しぶりに思い出しました。

元々J-POPやRock、Fusionよりも大好きで、中学生の時に買い集めたスコアが50冊くらい手元においてあります。

久しぶりにそのスコアを繰ってみると鉛筆書きで色々とマーキングをした形跡がたくさんあって

いかにも凝り性なワタシらしい。



そんな私が音楽関係の趣味の極みともいえるバンド活動を止めてもうずいぶんになります。

当時は気の通じ合った仲間といろんな馬鹿なことをしながらも、最高のアマチュアバンドでいたと切磋琢磨し、青春の時間を費やさせてもらったおかげで随分学ぶことがありました。

まさかワタシ自らが音楽の道を断つとは、今でも信じられません。



なかなか難儀な心境の変化があってステージに立つことが恐怖に思えはじめ、そのうち仲間と話すことや重い機材を運ぶことさえも億劫に思えてきたのです。

時が解決するかな?って考えてはみたものの心に大きく圧し掛かってくるばかり。



ワタシの部屋にはいまだにたくさんの機材があり本当に止めたのならすべてを叩き売ってるんだろうけれど、そんな事もできないのはやっぱり心の奥底には言葉に出来ない想いがあるのかもしれませんね。

元メンバーさんからのいろんなお誘いを頂戴するもののいっつも不義理なかりで本当に申し訳無くおもっています。

2010/07/31

◇2010 7/31 水木しげる 妖怪図鑑

こんなにブームになるとはホント思いもよりませんでした。


そう、朝ドラの「げげげの女房」が火付け役となり水木しげるの妖怪ブームがおこりそうな気配です。



今日7/31から兵庫県立美術館にて「水木しげる 妖怪図鑑」が開催されました。



朝一の所用をすませて会場到着がほぼ正午と出遅れてしまいまった為に駐車場はすでに満車。

向いにある大型家電店に停めることでなんとか一安心。

さて会場は親子連れでいっぱい。30代~40代の親は意外と妖怪についての造詣が深いようで、おそらくアニメのリメイクされた鬼太郎世代なのでしょうか?



さて展示物は水木プロが精魂込めて書かれた妖怪の絵が出現場所別に整理されて飾られています。

どの絵もあの水木先生独特のタッチで線画や点描が印象的でした。それぞれの妖怪もどことなく面白さがただよっていておもわずクスッと笑えるような微笑ましい妖怪図をみることができました。

また特別ブースでは江戸時代に書かれた様々な百鬼夜行図や錦絵、浮世絵、掛け軸を見る事ができます。

当時の文明で説明がなしえない自然現象はすべて妖怪、物の怪の仕業としていたのでしょうね。

それでもワタシ的にはその存在は信じています^^



夏休みイベントで大人気の妖怪。

鬼太郎の出生のヒミツや楽しい仲間達の紹介のコーナーもあり、年代を問わずに楽しめるイベントです.

2010/07/26

◇2010 7/26 「手水まわし」後日談

秋桜寄席の入り口で並んでいると正面玄関から汗だくな青年が入ってこられました。
そう・・笑福亭生寿さんでした。
せっかくなのでお忙しい中を少しだけお話をさせていただけました。
腰が低く丁寧なその口調の中に、時折のぞかせるいまどきのお兄ちゃん風なところに好感が持てます。

さて、先日の生野弁天寄席で師匠の笑福亭生喬さんが演じられました「手水回し」ですが
これは「かいの村」の一部であることは2010 7/16の日記で記載いたしました。

そしてこの笑福亭生喬さんが演じられた後半は笑福亭生喬さんが考えたものと記述しましたが
サゲは笑福亭生寿さんが考案されたそう。「くれぐれもサゲは私ですから」と強~く言われていましたww

なんか師弟愛って微笑ましいですよね~。
稽古風景や話しを練り上げている所ってどんなんでしょう。

一生ついて行ける師匠と出会われたって事ってすごいことなんですよね^^
これからもいろんなお話が聴ける事を楽しみにしています♪

2010/07/25

◇2010 7/25 めふ乃寄席

連日の猛暑、しかも今日は天神祭りのクライマックスの日。さぞかし蒸し暑い夜になるんでしょうね。さて今日はめふ乃寄席レポートです。

露の團娘 一眼国

露の團娘さんの高座は2年ぶり。たしか2008年の9月の田辺寄席以来。
顔と名前を覚えてもらう為に一生懸命苦労されているご様子。
右向いて左向いたら終わるって小話を3連発♪そして2チャンネタな<恐怖のあかちゃん>の話し。
すっかり会場も空気もやわらかくなったことろで一眼国に入られました。
さて、この<一眼国>は露の団六さんで拝聴したことがあるネタで「鰻か?鮪か・・それとも面白い話か・・」をキーにしてグイグイと観客を引っ張って行きます。

数年前の朝ドラ「ちりとてちん」のモデルであったそうでまったく存じ上げませんでした。
たしかにあの主人公の徒然亭若狭のように、女流噺家ならではの悩みは多いと思います。男性が女性を演じても違和感は無いのに女性が男性を演じるとどうしても生じる違和感。。大阪弁など大変でしょうが頑張ってくださいね。楽しみにしています。


林家 染左 遊山船

難波橋で夕涼みをする喜六と清八。二人の掛け合いで話が進展します。
芸者、舞妓、太鼓持ち、それぞれの見たまんまの情景が脳裏に浮かび上がります。
やっぱ落語って脳裏に情景を描かせて、その世界を覗かせる芸、すごく楽しませていただきました。


桂 阿か枝 千両みかん

午前中のこども落語教室のお話をマクラに、どうも<」上下を切る>のが子供には
困難とのこと。その例を<ねずみの小話>でしてくださいました。

さて、季節感ばっちりのこの話し。話の中では土用(6/27)と言われてましたがおそらく旧暦なのでしょう。さてさてこの話は番頭が若旦那の話しを聞くところから始まります。
その内容を番頭が旦那に伝えて初めて話が進展していくわけでいわばおなじセリフが2回出てくるわけです。
今日の阿か枝さんの千両みかんを聴いて感心しました。若旦那が番頭に伝える時・番頭が旦那につたえるとき・・それぞれ言葉はおなじでも表現がちゃんと違っていて情景が浮かんできたのです。
小さなことですが「あの・・・ふっくらとして・・色艶の良い・・・」の言い回し・・見事でした。

そして赤もの市場の蜜柑問屋との旦那と番頭の会話。二分銀から無料・・そして千両となるわけです。無料といったものの番頭が引き下がらずついには千両となってしまうその会話の表情が見事でした。


林家竹丸 軒付け

天神祭りの船渡御も日。今年は乗船することもなく幸いだったそう。私は乗ったことはありませんがたしかに、上下からの照りつけ+高湿度なんでしょうね。また阿か枝さんの落語教室の話しを発端に豊中での落語教室を開催されているとのこと。ところが4月でで子供二人がやめてしまったので大人4人とこじんまりした教室になってしまったとの事。本当にもったいない話しです。

さて<軒付け>も落語会ではよく聞くお話。最近では桂九雀さんで拝聴しました、いずれも義太夫語りでその力量と問われる難しいお話。「テーンツテンテン」と「鰻の茶漬けは・・」が何度もでてくるフレーズですがこれが笑いを呼ぶかが難しいところなんでしょうね。

2010/07/24

◇2010 7/24 秋桜寄席

貝塚市にある秋桜シアターへ初めて行きました。
事前にピアで入場券は買っておいたものの全席自由席ということで、早めに到着。
おかげで良席をゲットできました。

また自然と入り待ち状態になり笑福亭生寿さんを発見。
早く行くと良い事があるものです.


●笑福亭生寿 花色木綿

マクラは携帯電話の注意から婚約者ネタへ。
花色木綿は何度か拝聴したことがあるだけにきっと相当回数をこなされているように
見受けられます。すっかり安定されておりサラッと話された様子。もちろんクスッとするポイントもきっちり押さえられていました。

前述しましたが早めに会場に着いたおかげでホールのご担当者さんと少しお話をさせていただけました。
私が今日の生寿さんのお話をさせていただきますと、そのご担当者さんも相当お詳しいようで、演者が成長するには観客の声援や応援は必須で、それが演者さんの気持ちと噛み合ったタイミングで、ぐっと伸びるそう。 時には厳しく、時には暖かく応援してあげてくださいね。とのこと。

そういう意味で、たしかに何度も聞いた花色木綿。最近は余裕さえ感じることからさらに研鑽を重ねてほしいと感じました。

●笑福亭たま 火焔太鼓

前座の生寿さんの婚約ネタをいじりだした時点でツカミはばっちり。上方演芸ホールでみたショートラクゴでも場内大爆笑! また本題では独自のクスグリ満載のかえんだいこで楽しませていただきました。


●桂勢朝

声量のあるたまさんの後だけに、ぐっと引き付ける話し方は見事。

さてマクラは、上方演芸ホールでみた、生のご祝儀ネタ。上手くく差し入れにあったらしい水那須を盛り込んだ。 また米朝さんネタは、伊丹酒蔵で拝聴した内容だけど、何度聞いてもおもしろい。また、たまさんのSRネタ<ドリアン>からう●んネタへ。
そして話しは関連する『閑所板』へ。実際にあったら怖い話しですねー♪
要所に客席に同意を促すヶ所を入れることでグイグイと話しに引き込んで行く。
このネタ、その昔、たしかに聞いたことがあるんだけど、思い出せない…。


●旭堂南鱗

ご還暦との事。おめでとうございます。
たしかに年金の話しは聞いていて理不尽さを感じました。
さて、郷土史を調べた時に知った勘助さんの存在。この話しは実はYouTubeでは鶴光さんのが出回っており大好きなお話です。また他所で講談で拝聴したことがありますが、やっぱり勘助さんは偉大ですね。
勿論、講談で聞くといっそう真実味がありその存在に一層興味がもてました。



●笑福亭福笑

いやぁ!お見事です。
笑福亭福笑さんの高座は上方演芸ホールで楽しませていただいた、料理人のネタで大爆笑しただけに
おもいっきり期待していました。今日はその期待を裏切ることなく初めから終わりまでずっとと笑わせていただきました。。

ぜひ次回の秋桜寄席にも参加させていただきます。前売りは買ってないけど(゜∀゜)

2010/07/20

◇2010 7/20 のんびりした仕事

新車を購入した方の補助金の状態は現在、一般社団法人 次世代自動車振興センターのホームページで確認する事ができます。

http://www.eco.cev-pc.or.jp/


で、私の場合は、購入し、約1ヶ月間書類作成がもれていたらしくあわてて5/15に申請。
そして今日、やっとこさで販売会社の団体本部へ到着したようです。

まぁ・・このスピード時代に受付していただくだけで2ヶ月以上!

この販売会社団体本部っていうのは日本自動車販売協会連合会もしくは全国軽自動車協会連合会もしくは日本自動車輸入組合になります。

この後、審査前・審査中・審査完了を経て要約支払い手続きが行われます。
いったいいつになることやら。


しっかしまぁなんと悠長なのんびりしたお仕事だこと。。

ほんに羨ましい限りですな。

2010/07/18

◇2010 7/18 第61回生野弁天寄席        於:成恩寺

第61回生野弁天寄席

この今日の猛暑からか定刻よりも10分程度早く開場となりました。

もともと今日の落語会は、第一回生寿の部屋で、生寿さんがマクラで話されたのを覚えていたからです。
サイト《ねたのたね》を頼りにしているのですが掲載されていないので、実は昨日の夕方、お寺の前まで行って
チラシでも貼っていないかな?と・・・。実際、貼っていませんでしたので今日の今日まで不安でしたww


桂 さろめ セールスウーマン

師匠あやめさんの創作落語とのこと。
澱みない口調で愉しませていただきました。



笑福亭生喬 ちしゃ医者

今日の寄席の道具をご自宅から開場まで運搬するのはタクシーを利用されたとのこと。
道具を近所まで運び出したところで生喬さんと落ち合うはずのさろめんが、わずか5m付近で
迷子になったらしい。

生喬のご自宅近くの整体へ行くことが多いそう。
平日だと色々と整体士さんに聞かれるらしい。とくにその業種がきになるのは当然。
あまり話したくないとのこと。一応「サービス業でデスクワーク」だそうです。

そのままの流れて「ちしゃ医者」へ。
出てくる人物が微妙に多い噺なだけにその書分けが難しい噺だとおもうが
見事に演じ分け、またシーンの転換もお見事。

おもわず臭ってきそうなラストもうまくまとめられました。


桂 雀太 代書

声のダイナミクスが豊富な雀太さん。松本留五郎のいい味が出ています。
元々の噺から時代を感じさせる箇所をぼかす現代風。
また枝雀さん風味の「生年月日」は何度聞いても笑ってしまいます。

マクラは【噺家と行く大阪クルーズ】のお話。
英語のわかるベトナム人の団体と聞いていて英語を覚えたはずなのに。。




笑福亭生喬  おたのしみ

さて、何の噺か・・・。
出張中の船場の若旦那が無事帰ってきたが、大好きな女中の<おもよさん>がいない。
丹波の実家に不幸があって急に帰省したとのこと。そのことを知り気病にかかってしまう。
番頭はそのことをおもよさんに知らせるために丹波へ向う。おもよさんは丹波の風光明媚な
村の庄屋さんの一人娘。
到着した番頭は、おもよさんも番頭に会いたいということで気病にかかっていることを知り、
おもよさんを船場へつれて帰り無事祝言となる。


・・・・・・・・・・う~ん・・・初めて聞く話・・・・なんだろ??
相思相愛な噺なら崇徳院なのだけれど。。・・・・・・・・・・・・・

おもよさんは大切な一人娘、まず花嫁の村で宴会が行われるために旦那と番頭が
村へ出かそこの宿屋へ宿泊し・・翌朝・・・「手水をまわしてくれんか?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・え??
この噺って???・・・・もしかして・・・。

ずくねん寺の登場っでビンゴ!<手水まわし>


でもいつもの手水回しなら、大阪へ出てきて「その手水はお昼にいただきます」でちゃんちゃんだけれど
今回はさらに続くww
もうびっくり!

そして舞台は、船場での祝言の席へ!
「あはは、大丈夫や・手水ならここへまわしてもろたらええ!」でちゃんちゃん!

生喬さん曰く、元々は<かいの村>という噺の中の後半だけが独立して手水回しになったらしく
今日の後半は生喬さんの創作だそう。

お見事です!笑福亭生喬さん!

次回は10月24日(日)で見逃せません^^