ドラマ「坂の上の雲」での日本海海戦は203高地奪還とともにヤマ場の一つ。
ロシアは日本海軍を制圧するためにバルト海のクロンシュタットにいた艦隊の中から有力な艦を選抜、ロジェストヴェンスキー中将率いるバルチック艦隊はウラジオストックへ大移動を行いました。
当時の船は蒸気レシプロ機関で、簡単に言えば、石炭などを燃やしてお湯を発生させ、その蒸気をピストン運動へ変換しスクリューを回転させています。
そのため、船には多くの石炭をはじめ固形燃料が必要なために長距離航路では、水や燃料の補給が必須でした。
1904年10月の出航早々、北海においてでイギリス漁船を日本の魚雷艇と誤認し砲撃(ドッガーバンク事件)、これによりイギリスから圧力をかけられるだけでなく、日英同盟により、バルチック艦隊はスエズ運河の通航不可、大英帝国植民地系へ寄港不可という悪条件でアフリカ喜望峰を迂回するルートとなります。寄港地はフランス植民地のマダガスカルやインドシナで海上輸送が続き相当なストレスと疲労が溜まっていた事でしょう。
そして1905年5月(明治38年)に対馬海峡を越えたあたりで日本海海戦が始まりました。
秋山真之参謀は、対馬沖でバルチック艦隊を発見した報告を参謀本部へ打電する原稿に「本日天気晴朗ナレドモ波高シと加筆しました。ドラマでこの打電の意味について「視界良好で敵を逃すことはなく、荒波の中で訓練した私たちとって有利だ」との意味を込めていたそうです。
東郷平八郎司令長官は「皇國ノ興廢此ノ一戰ニ在リ、各員一層奮勵努力セヨ」と伝令させ「Z旗」をあげさせました。
目前にバルチック艦隊が目前まで迫ってきます。
そこで東郷平八郎は右手を高々に上げ「取り舵いっぱい」と指示を出し、かの「東郷ターン」を発動。
敵が隊列をなして向かってくる進行方向に対して行方を遮るように隊列を転換させることで敵は最前列の1隻の主砲しか攻撃でいないが、味方は敵に対して横向きの全艦での攻撃が可能となります。しかし転換を終えるまでは戦闘の戦艦三笠は標的となってしまう・・。
「坂の上の雲」は真実とは異なるようで様々な研究がされています。
「web歴史街道」を参照してください
https://rekishikaido.php.co.jp/detail/3932
東郷大将が大本営へ打電する戦況報告分
「此の対戦に於ける敵の兵力、我と大差あるにあらず、敵の将卒も亦、その祖国の為に極力奮闘したるを認む。而も、聯合艦隊が能く勝を制して前記の如き奇蹟を収め得たるものは一に 天皇陛下御稜威の致すところにして、固より人為の能くすべきにあらず。特に我が軍の損失死傷の僅少なりしは、歴代神霊の加護によるものと信仰するの外なく、曩に敵に対して勇進敢戦した麾下将卒も、此の成果を見るに及んで、唯感激の極言ふ所を知らざるものゝ如し」
現代文訳)
この戦いにおける敵の兵力は、我が軍と大きな差があったわけではない。また、敵の将兵たちも自国のために全力を尽くして戦ったことを認める。それにもかかわらず、連合艦隊が完全な勝利を収め、先述したような奇跡的とも言える戦果を上げることができたのは、ひとえに天皇陛下の御威光(お力)によるものであり、もとより人間の力だけで成し遂げられることではない。特に我が軍の被害や死傷者が極めて少なかったことは、歴代の神々の御加護によるものと信じるほかなく、さきに敵に向かって勇敢に突撃し戦った部下の将兵たちも、この結果を見るに及んで、ただただ感激の極みであり、言葉も出ない様子である。
