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2022/11/29

GooglePhotoの覚書

 前提)
Aアカウントで作成したアルバムにB、C、Dのそれぞれ別のアカウントで写真を追加しています。
Aアカウントが15Gを消化したので現在200Gプランへ変更しGoogleONEでファミリーのストレージとして使用中です。
またAアカウントはパートナーとの共有でA-1アカウントを設定中。

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Aアカウントの200Gは残り30Gとなりました。

そこでAアカウントはフォトからサイズの大きい動画・写真や不要な写真を削除することですこしでも容量を空けるようにしています。

1.Aで削除した写真でもA-1は『パートナーとの共有』機能で削除されずに閲覧可能。
2.パートナー共有の場合、使用容量はゼロ。
3.オーナーアカウントが写真を削除した瞬間にオーナーがA-1となり使用容量が発生する。

例)

Aで100Mの写真を保存するとAは100M、A-1は0M。
Aが削除するとAは閲覧不可でA-1hは100Mとなる。

次に、ファミリーストレージで多く使用しているBアカウントが有料プランで100Mを追加した場合は一時的に問題解決となる。

このあたりの仕組みは書かれていないので注意が必要です。

2022/11/23

新農祭 (大阪道修町)と中之島公園バラ園散策。

新農祭へ行ってまいりました。場所は大阪北浜の手前の道修町(どしょうまち)。



塩野義製薬本社1F展示コーナーの内容が大変秀逸。大変興味深いものでした。
江戸末~明治半ばに配布された「絵びら、引き札」が多数展示、特に当時の風俗が大変よくわかる「麻疹に対する対策」として神仏への祈祷や食い合わせ、治療方法が掛れていたり、明治25年頃発行された「日々の健康や有名商家を切り口とした双六」が興味深く鑑賞させていただきました。

麻疹、コレラ(虎狼痢)は様々な病魔の仕業と捉えられていると同時に、手洗いやうがい、煮沸消毒等の対策も行われていた様子が見てとれました。
この道修町新農祭もコレラ対策として「虎頭殺鬼雄黄圓(ことうさっきおうえん)」という薬とともに張子の虎を授与した事が始まりだとか。

いずれにしても、毎年恒例の行事。今年も参加することができて本当によかった。

すこし足を延ばして中之島公園を散策。バラ園に行ってまいりましたので写真をUP。











2022/11/19

19日のトランペットの練習

大阪市内は雨予報。ギリギリまで雨雲レーダ―とにらめっこして練習決行!

大阪城公園の駐車場は500円/1hは痛いけれど、とっても気持ちいいものです。


Gから半音階でCまでゆっくり下がりながら1音ごとにたっぷりの息を吹き込んだ至極のロングトーン。それでも10分もするとバテバテ。少し休憩して周りの色づいた木々を眺めるとおもいっきりリフレッシュできますね。

練習時間が取れないから、音域がなかなか広がりませんがそれでも中学1年生に戻った時の初心者の気持ちでゆっくりと吹き込みます。


午後からは4回目のコロナワクチン接種。。頑張ってきますww

2022/11/09

トランペットの吹き方 今と昔は?

 今から40年以上も前の事、桜の花が咲く4月。無事に中学校の入学式が終わると一目散に吹奏楽部の扉を叩き入部。そして以降3年間はみっちりトランペットに夢中な毎日。ホントにずっと吹いていましたが高校に入るとある事情で諦める事になり愛機を手放す事になりました。

そして2006年の夏頃。私自身に大きな節目があり、無事乗り越えた記念に「当時使っていたトランペットを買いたい!」と思いはじめようやく今のトランペットと出会いました。

当時使っていたのはYTR-332でたしか心斎橋のヤマハで55,000円で購入した記憶があります。今では珍しい「赤ベルタイプ」。
当時はたしか55,000円ですから親は相当奮発してくれたことでしょう。そして現在の愛機も「赤ベル」のYTR-3320です。

また当時は「マジオ奏法」が流行り、私も相当熱中したもので授業の合間の休み時間になるとマウスピースをあてて練習。授業中はマウスピース無しでバズィング練習。。

最近になり、関連のYoutube をみてハタと気が付いたことがあります。

当たり前の事なのですが「トランペットは唇の振動で鳴らす」そして「唇の振動領域はマウスピースの内側」で「カップが大きいと振動領域が増える」「高音用は振動領域が小さいカップ」。

そしてすべてのトランペッターがぶち当たる問題。ハイトーンをいかに出すか?について。

これは「吹き出す息の速度を速めること」であり決して「唇を引っ張るように筋肉を使ったりマウスピースを押し当てたりするものではない事」。そのためには「舌の位置が重要」だってこと。私が当時習った方法はひたすら練習・・。唇が痛くなるのは筋肉が弱いからで、克服するには鍛えるしかないってこと。

また、当時はマウスピースをあてた両脇の口元でブレスしていましたが、今は鼻から吸って口から出す呼吸だってこと。

まずは自分に合ったマウスピースを探すためにカップの容量が異なる「11A5」「11B4」「11C4」3種類のマウスピースを入手しました。この週末はそれぞれの違いを感じながら練習してみたいと思います。

YAMAHA マウスピース製品一覧

2022/10/22

足立美術館訪問

 横山大観さんの絵画所蔵で有名な足立美術館へ行ってまいりました。この地は18年前の2004年に母と二人で訪れた場所です。
当時は「無我」「雨霽る」「神国日本」だけでなく、美人画の上村松園さんやキレのある日本画の橋本関雪さん、墨の濃淡で奥行きを見事に表現する富岡鉄斎さんの絵画に無性に感動。
今回はやっぱ大観さんの「紅葉」と特別展の武内栖鳳さんの写実的絵画。西洋絵画風にも見えるけれどモチーフとその緻密な表現に驚きました。

足立美術館といえば横山大観さんのコレクションだけでなくとってもキュートな林義男さんの童画。今までになかった北大路魯山人さんのコレクションが数多くあり大いに目の保養をさせていただきました。

もちろん、世界的に有名な庭園も素晴らしく心をほっこりとさせていただきました。










2004年に母と同じ場所で沢山写真を撮りました。
そこに当時の母が佇んでいるようなそんな気がしてなりませんでした。

2022/10/19

もう7か月が過ぎました。

 早いもので今日で7カ月が過ぎました。

きっとそっちの世界では自由に歩き、祖父や祖母、そして一足早く逝った父と楽しく過ごしているかな?

この週末を利用して生前に母が愛した『足立美術館』に行ってくるね。

2022/10/10

練習場所がない。。

 久しぶりにトランペットの練習をしようと大阪城公園へ向かいました。音量がありますので迷惑かからないように森の中へセッティング。

雨上がりのイキイキした草木の声に包まれながらマウスピースだけで唇のコンディションを確かめたあと、愛機を出してロングトーンをしたのもつかの間、あっという間に「ヤブ蚊」の襲撃。一目散に退散しました。


やっぱ広い公園の駐車場へ停めた愛車の中でしか場所は無いみたいです。ほかの方はどうされているのでしょう?ホントは毎日決まった時間にロングトーンやスケール練習ができればいいのだけれど。

2022/10/02

生と死を分け隔てるもの

 子供さんの事故や病気、行方不明等のニュースを見聞きするたびに本当に心が痛みます。
「祖父母死に、父母死に、我が死に、これぞ目出度き」一休宗純の言葉だそうですが、この順番に狂いが生じる場面が多すぎて当事者のその悲痛な思いは計り知れないものです。それだけに一休宗純のお言葉は真実すぎて、素直に受け入れられない気持ちが先に立ってしまいます。

子供の頃は「死」は遠いものと捉えていましたが、齢を重ねるごとに身近なものと思えてきました。ましてや色々な個所に爆弾を抱える身となると避けることのできない運命として正面から向き合う心が出来てきたような気がします。
「正月は冥途の旅の一里塚 目出度くもあり 目出度くもなし」なんて言葉もあるように、自分よりも相当年配の著名人や俳優さんの亡くなられたニュースであったはずが、いつの間にか少し上の年齢の方のニュースに変わり、そしていまでは自分と同年代や年下の方のご不幸のニュースを聞くことが多くなってきました。

この週末土日に娘と2歳4か月の孫が遊びに来てくれましたが、すこし熱があったようなので2日間を自宅で過ごし、そして昨日は午後から片道80Kmほど離れた家まで車で送りました。すこし休憩がてらお茶を頂いていますと、「ドーン」という鈍い音が!

どうやら室内用ジャングルジムから落ちたらしい。その直後、孫の様子がおかしく、焦点の合わない眼差し、両手足の痙攣が出たことから救急車を呼び救急病院へ搬送。頭を打ったからなのか、それとも発熱のためなのか直接原因はわからないようですが、発熱を下げる座薬処置で元気になりました。
救急病院から自宅へ孫と娘を送り届け、私はすっかり日が暮れた高速道路を、孫の無事と健康を祈りながらも「なにが生死を分けるのか、幸せと不幸せってなんだろう」と考えていました。

実は救急病院に到着した私は、診療室の前に立ち尽くしたまま、3月に亡くなった母へ「ままさん、どうぞ孫を助けてください」と祈ったのが本音であり、そのお陰だったのか、今朝一番に「孫は元気だよ」と一報がありました。
ままさん、ありがとう、本当にありがとう。

 尊敬する吉田松陰先生の「留魂録」には人の一生を四季に例えた章があり、浄土真宗蓮如上人の「白骨の章」、そして曹洞宗道元禅師は「修証義」の中で死生観がはっきりと書かれています。
それぞれの先達においてその死生観は異なるものの人のやはり一生は儚く、夢幻如く(ゆめまぼろしのごとく)。「なるようにしかならない」人生だけど私は自分で運命は変えられると思っています。運の良し悪しが生と死を分け隔てるのならば、運命と運は?運の量は?

まだまだ凡人な私です。