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2013/06/01

2013 6/1 大阪大空襲 港区戦没者法要

毎年6月1日は大阪港区にある西栄寺さんでの法要に参加させていただいています。

http://sweet-mikan.blogspot.jp/p/blog-page_7391.html


昨年の法要では、いままでのご住職さんがお亡くなりになられ息子さんに変わられました。
そして今回は新しい代となって2回目。
 
正信偈を朗々と唱えてくださいました。
 
このBLOGのどこに書いたか忘れましたが、私の本家筋は浄土宗で、我が家は分け合って曹洞宗。
宗派によってお経はずいぶんちがいますがそれでも亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、二度と悲劇を繰り返してはいけない気持ちを新たにすることができました。
 
この法要は特にご案内があるわけでもなく、口コミで伝わっています。
もしお身内の方やお知り合いのかたで大阪市港区で戦死を遂げられたかたがおられましたらせひお声をかけてください。
 
 
 


 
 
 

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2013/05/26

2013 5/26 第17回 東三国 アシスト寄席

早いもので第17回となりました三国アシスト寄席は、お勉強会+交流会的な意義のある落語会でしかも限定30人でデザート付。これで前売り¥1500は絶対にお買い得です!

 

今回はちゃんと13時過ぎに到着!

いつも表から賑わっているはずなのになんとなくひっそり!
 旭堂 南左衛門さんと笑福亭 仁嬌さんが午前中に営業とのことで超人手不足だったそう。
定刻14時になりいつも通りにオーナーの長谷川さんのご挨拶で幕が開きました。

 

 「大安売り」    桂 三河さん

まだまだ初々しさの残る三河さん。
マクラでは、桂文枝さんの出演されるホカ弁のコマーシャルの件や、文枝さん襲名ドキュメント番組の件を話をされました。
ネタの方ではすぅーっとさらわれた様子。
今後のご活躍を楽しみにしています^^

 

「三人旅」  笑福亭 仁嬌さん

東の旅シリーズで真ん中にあたるこの三人旅。途中での下げとなりましたが
それでも仁嬌さんの喜六さんには味があります^^

 

 「おいにょ」    桂 枝女太

NHKの日本の話芸だったとおもいますが江戸前の噺家さんが演じられていたのを思い出しました。
すっごく説得性のある口調と表情で話される枝女太さん。
微妙な女房の心理がちゃんと読み取ることができました。


 

「新島襄の妻・八重」   旭堂 南左衛門さん

この講談は2回目となりました。
前回と比較するとずいぶんこなれてきてすっきりと磨かれてきた感じがありました。
ちょうど今週当たりの大河で放映されたシーンとかぶるところがあって
脳裏にイメージがはっきりと浮かび上がりました。
 
 
この寄席の良さは演者さんとの距離が近いこと!
おそらく2mも離れていません。だからこそ微妙な表情や所作、汗などもはっきり見えちゃいます。
やっぱ落語、講談って良いですねー。

2013/05/19

2013 5/19 豊崎神社 フリーマーケット 








 
 



今回で2回目となりました大阪市北区の【豊崎神社さんの境内でのフリーマーケット】。

宇口農園のお二方のみの対応で私は自由行動ですww。

それにしてもいつも精力的な活動のお二人には頭が下がる思いです。

いろんなご縁でつながっている大切な方々です(´∀`)

2013/05/18

2013 5/18 朝日カルチャー 歴史と人間 ~ 島津久光

今日の一坂先生の講義のテーマは島津久光。
いままでよく名前は出るもののザックリしたイメージしか無かった久光さんの色んな事がわかりました。

生まれは文化14年10/24(1817年12月2日)。
島津家27代当主で薩摩藩10代藩主の島津斉興(なりおき)と側室のお由羅の間に生まれました。 11代藩主の島津斉彬は兄にあたり幼名は普之進(かねのしん)

小説にもなったお由羅騒動(お家騒動)は、なんとか久光を藩主にしたいというドタバタ劇。当の本人は知らなかったらしい。
元々は島津斉興が藩主の座をなかなか譲らなかったために起こる。

これは薩摩藩の経営難にもよるもので、全体の30%を占める武士人口の多さや桜島の噴火による凶作、そして幕府から嫌がらせにように押し付けられた木曽川の治水工事が起因している。
このために83万両の負債・・当時の藩の収入は14万両。。


島津家25代当主で薩摩藩8代藩主の島津重豪(しげひで)は非常な西洋かぶれで蘭癖大名といわれ 大変な借財をつくってしまい89才で大往生。
この借財を引き継いだ 島津家26代当主で薩摩藩9代藩主の斉宣は15歳で家督を継ぎ財政改革に着手。
そして10代藩主となった島津斉興(なりおき)は、腹心の調所広郷(ずしょ ひろさと)とともに、 当時の薩摩藩は500万両にもおよぶ借財で危機的状況であったが強引な手腕で再建!借金は250年ローンに無理やりさせたり 琉球を通じた清国との密貿易で反対に蓄えをつくる程となった。



お由羅と調所は仲良し・・なぜか斉彬の子供はみな早死にをしてしまい家内を調べてみると修験者の牧仲太郎の呪いの文字が書かれた札が見つかったらしい。
また、幕府より密貿易が暴かれ調所は切腹。斉彬はいっさい歓喜無いということで藩は無罪放免となった。

43才の斉彬、ようやく念願の藩主となった。さっそく国防、軍備を拡張!幕府の阿部正弘に働きかけ大船建造を申し入れOKを取る。
そして50歳で病死・・枕元に弟の久光を呼び話したそう。
 
 長男の忠義を藩主とし、斉彬の娘と結婚させてほしい。。

そして忠義(茂久⇒将軍の家茂から字をもらう(偏諱:へんき:かたいみな))の時代。。
斉彬のおこなってきたことを否定。。。


さて本題の久光さん。
文久2年3月
前回の講座であったように毛利家は中央へ乗り込み周旋活動を活発化。
10月には慶喜さん、春嶽さんの復権を幕府へ打診するもあっさりとNG。
12月には近衛家に進言。

天皇より詩をいただき感激!

そこで1000人の兵を引き連れて京都へ進軍
 
これって当時のルールは完全無視の暴挙!ところがこれを幕府は止められない。
4/16 近衛家と会い、建白書を出す。天皇曰く『浪士鎮撫をせよ』の言葉!
 このことを精忠組ら過激攘夷派が勘違い。。
4/23 寺田屋事変が起こる。このことを天皇はたいそう喜ばれたそう。
5/22 大原重徳(しげとみ)を勅使として立てることに成功し江戸行きへ。
  
   江戸にいた毛利はこっそりと中山道を使って鉢合わせをしないように
   帰国。途中中津川で大会議をおこなったらしい。

6/10 家茂と会い慶喜さん、春嶽さんの復権が実現。
結局外様でも天皇の意を使えば将軍は逆らえないということを実感。

そこで久光さんは。慶喜さん、春嶽さんに自分に官位を出すように働きかけたが
8/18にはNGの連絡。。ショックだった久光さん。
当時の階級を飛び越えた無理やりのルール無視はダメ!

ショボンとして帰国する久光さんらはあの生麦村で事件が起こってしいこれが引き金となり
薩英戦争と発展してゆく。

2013/05/17

2013 5/19 サービスに関する所感  鳥貴族

先日、鳥貴族の社長さんがテレビ出演されていました。

 
社長さんが話されていた鳥貴族のうぬぼれをはじめ、専務さんの事等
様々な方針に感動!ステキなお店なんだなーって
おもってぜひ行ってみたいって!


で、やっと念願がかなって5月10日の夜に柏原店を予約していってきました。
清潔な店内、元気の良い店員さん、美味しいお料理でしかもお安いので
会話もはずみ、ついつい長居してしまいました。
とにかく素晴らしいお店でもう嬉しくて嬉しくて!

 
で、こんな良いお店なんだからと、18日の夜に地元大阪市内の鳥貴族〇〇〇店へ。
19:30にということで、事前に電話で予約して行ったまでは良かったのですが、
おもいっきり後悔しました。

 注文違いが連発。
よっぽど忙しかったのかお店のなかはドタバタ!


オーダーを取りに来てくれないし、呼び出しを押しても
3回連続で見事にスルー!呼び出しランプって一定時間で消えるのかな?
また、私だけ飲み物が無いままに放置プレー!

柏原店なら、気を配ってくださって声をかけてくれたよ。

奥まった座席じゃないんだし通路側の席だから見えるのに。

速攻ででてくるスピードメニュー料理も出てこないしさ、
ステキなお店だからと連れて行った家族もがっかり。。

いっこうにオーダーしたのが来ないくせに
他の席のオーダー分が届いたり。。

で・・やっちゃダメなんだろうけれど2回目までのミスには我慢したけど
3回目のミスがあった時にキレちゃいました。。。。

あぁぁ。。。せっかくネコかぶっていたのに。。

充分なサービスができないんだったら、予約を取らなかった良いのに。
無理して予約をうけたばかりに信用や信頼を失墜させることになるんだからさ。

それにしても素晴らしい社長さんの鳥貴族だけど
支店ごとにサービスの質にばらつきがあるんですね。

2013/05/12

2013 5/12 泰聖寺講談会 ~旭堂南左衛門一門会

泰聖寺講談会が開催されました。
今日はおもいっきり好天に恵まれ、会場は満席!
本当にありがたいもので時代は講談!って感じです。



 

 
とくに今日は私の大好きな難波戦記特集。
大阪夏の陣と大阪城落城という悲しい歴史ではありますが
真田幸村公が大活躍される講談はホントにロマンがあります。


定刻少し前にご住職さんよりご挨拶をいただきました。
当麻曼荼羅のお話で、泰聖寺の宗派の西山聖人様との所以をお話しくださいました。

 
「関東軍総敗軍」旭堂 南斗
イキイキと語られる南斗さんの講談。

 
 「大助の初陣」旭堂 南舟
5月5日に九度山の真田祭に行かれたとの事。
幸村庵の宣伝も含めて、もっともっと九度山がメジャーになりますように。

 
「幸村の入城」旭堂 南青
冒頭からぐっとお客様の心をつかむ南青さん!
父や妻を亡くした為にすっかり落胆した幸村公と、実はその姿は世を忍ぶ姿であったその対比が
見事でまるでドラマを見ているようでした。

 
「般若寺の焼討」旭堂 南左衛門
徹底的に苦しめられる徳川家康。
演者さんによって講談ってこうも違うものなのですね。
納得の迫力でした! 

今日の終演後に、お客様をご紹介いただきました。
その中に萩市よりお見えいただいた方や、東京からの方もおられました。
もっともっと講談がメジャーになりますように祈っています。
 

2013/05/06

2013 5/6  落書き

みかんの落書き> でお見せしたお蜜柑へのイラストが今度は木工のニャンコの
顔になりましたww きもかわいい感じの左と愛らしい右ニャンコ。
書いてくださったのは【ねむねむや】のオーナーのmine(みね)さん
 
 
 
 
 
実際にねむねむやさんでいろんなグッズを買ってくださったかたの
パソコンの上に飾られているようです。
 


2013/05/05

2013 5/5 わつか市 【宇口農園】【ねむねむや】

5月5日のわつか市では初参加の【ねむねむや】さんとお馴染みの【宇口農園】さんのお手伝いに入りました。

朝7:45に四天王寺さんに到着!すでに会場は設営で大忙しの様子。

実は朝いちばんからの設営は初めてで、【ねむねむや】さん用のこの日の為に買ったテントやテーブルがうまく建てられるか心配でしたww。

 

それでもなんとか設営完了!無事開店できました。



 
 
で、開店してしまえば私は楽なもので【ねむねむや】さんのオーナの方にお任せしてふらりふらりといろんなお店を見て回り

衝動買いばっかりしてました。

 

今回はなんといっても好天に恵まれたおかげで宇口農園さんの甘夏ジュースの美味しいこと!

爽やかな酸味でシャキ!っと気持ちが引き締まります。 

わつか市の魅力っていろんな個性豊かなオーナーさんと直接お話ができることに尽きますよね。

 

商品への愛情やこだわりがあって、また無から有を生み出すオーナーさんってみんなステキです。

私もなにかできたら良いんだけどなー。

2013/05/04

2013 5/4 九度山  第20回真田祭 




毎年必ず訪れている九度山の真田祭。
例年は5/5なのですが、今年は四天王寺さんで開催されるわつか市への参加のために
今日の参加になりました。

なんとか定刻の10時前に到着。

開会式では岡本町長さんのなんとも明るい笑顔と元気さがとても心地よく
舞台から手を振ってくださいました。
感激です^^

九度山に行くたびに、町が元気になっていると感じます!

今回は初登場!真田鉄砲隊!

初めて聞いた火縄銃、短筒、そして大筒の銃砲!
それは大迫力で、また皆様のその勇壮な兜姿に感動しました。

そんな鉄砲隊のデビューに立ち会えた事ってすごくありがたいことだって感じました。

2013/04/22

2013 4/22  みかんの落書き



この落書きの作者のお店が5月5日のわつか市に出店決定! なんともほのぼのとしたキャラクターのポストカードやトートバック等がお目見え予定です。。 私も今回はみかん屋さんではなく、この方のお店【ねむねむや。】のお手伝いに入るつもりです!

2013/04/21

2013 04/21 新鮮野菜&手作り市 ファーマーズ朝採りマーケットin豊崎神社


宇口農園初参加の【新鮮野菜&手作り市 ファーマーズ朝採りマーケットin豊崎神社】です。

当日は早朝まで雨模様でしたがなんとか開始の9時には時折晴れ間の見えるようなお天気となりましたが4月半ばとは思えないくらいの寒さには閉口しました。

今回は人手が足りないということも無いことから、私的には販売員ではなくたんなる賑やかしな存在でした。

 どうしても商品供給が乏しくなる春夏シーズンはとっても大変です!

それでもちゃんと将来的なことまで見据えて計画されている農場主さんはすごいです^^


11時からは阪大「せせくらせ」の皆様による人形劇がありました。
 久しぶりにみた人形劇!とっても新鮮でした♪

子供たちの真剣な眼差し!
条件の悪い野外での人形劇なので、色々と工夫が必要ですがきっと場数を熟してがんばればもっともっと素敵になれえると思います!

がんばってくださいね!

2013/04/20

2013 4/20 歴史と人間 幕末編 長井雅楽

今日の歴史と人間~幕末編の人物は『長井雅楽』。幕末を語るうえで欠かせない人物の一人だけれど実際はよくわかっていない。

歴史関連の書籍でも有名な『航海遠略策』を考えた人だが藩の方針が変更となって切腹させられた程度の知識でした。
 で、今日の一坂先生の講義ではホントにびっくり!長井雅楽さんの人物像がぼんやりだけど見えてきた気がしました。


文政2年5月1日(1819年6月22日)の松本村(中ノ倉)生まれで300石取りの家系。
諱は時庸(ときつね)、雅楽以外にも隼人や右近という名前があった。

長州藩の組織は【一門】【永世家老】【寄組】【大組(八組)】があり、長井や高杉、また周布政之助さんや井上馨も八組出身。長州藩はすぐれた人材で才能があればどんどんと取り立てる実力主義で、8つの組に分かれており、平生は江戸の江戸藩邸や萩の城を警護。また有事の際は藩主のそばを守る馬廻役となる。

 さて、この長井さんはとっても優秀な方で、1837年(天保7年)毛利慶親(敬親)の小姓役で、今でいう秘書のお仕事をする。
1850年(嘉永3年)には奥番頭格(藩の副大臣)
 
 藩主の跡継ぎとして<ろくのじょう>(12歳)⇒の教育係として長井と高杉小忠太が任命。
定広 元徳となる。

さて、桜田門外の変で井伊大老がなくなった後、幕府のかじ取りをしていたのが老中の安藤信正と老中の久世広周の打ち出した公武一和。和宮降嫁の件があって
文久元年(1861 3/28)中央政府へ乗りこもうとする毛利家をうまく利用しようとする幕府にも狙いがあった。

長州藩を含め幕府の中も大変な時に藩是を決めることに。その際に長井雅楽が出した建議書の【航海遠略策】をベースとして、周布政之助さんが清書し、決議案とし、これを藩の意見として定めた。
※決議案と建議書は微妙に内容が違っているのに注意!


 藩主の毛利慶親よりこの内容でまず幕府を説得するための根回し(周旋)するために江戸に行くるように指示される。
 
ところがなぜか長井さんは、5/15には途中の京都へ立ち寄り、正親町三条実愛さん(おおぎまちさんじょうさねなる)に会い、藩是を説明した。
このこの内容は藩是の方ではなく、自分が考えた建議書の方だった。

正親町三条実愛さんは賛同し、ぜひ書面にして提出するように言われたために建議書の末尾に自分の署名(陪臣大江時庸(ときつね)謹上)を行い自分の意見であることを記した。この内容が公明天皇のもとにも届き賛同を得た結果、食器と扇7本等を拝領!(これはオフィシャルな意見ではなくあくまでも天皇個人の見解であったことに注意!)
これにより、天皇は鎖国にこだわっているのではない!と実感!

この一見でおそらく長井は有頂天だったろう!

江戸へ向かう長井雅楽。
実はこの時にこの建議書が色々と流出。。。攘夷派をおもいっきり刺激していたことを本人は知らない。。
 
 
7/2には久世広周へ面談をし説明!続いて安藤信正へも説明!
幕府側も朝廷とおなじように好感触!
さっそく8/28に萩へ戻り毛利慶親さんの江戸行きをお伝えせねばと急いだ。

 9/16には参勤交代で藩主が江戸へ向かうことに。ところが途中で病気となり保養をすることに。

10/1には長井は江戸へ向かい10/24に到着。

12/8に幕府へ建議書を提出しOKを得てさっそく12/30に藩主へ報告。

文久2年1/15には京都へ向い朝廷のOKをもらうことにする。

ところが・・・・坂下門外の変がおこり、安藤信正が襲われるという事件が起こる。
3/19には朝廷へ提出。この時には自分の署名「陪臣大江時庸(ときつね)謹上」の無いバージョンを提出。

ところがすでに流出している資料で薩摩や攘夷派はすでに激怒状態!

4/5にはあの久坂玄随さんも状況!長井を斬る!と息巻いている!

4/14には長井は江戸へ向かう。
4/27には久坂が反対の書を出す!

そして時代は動いてゆき幕府や朝廷の意見をひっくり返してしまった。
朝廷へ提出してわずか40日だった。

6/18には長井は萩へ帰国。翌年2/6には切腹(45歳)となった。

長井が自分の意見ではなく、藩の決定版の意見を出していたのなら切腹にはならなかったのでしょう。彼は3回の建議書を提出している。
その相違点は

1.天皇の意思を第一に考える事
2.条約を認めていないこと
3.違勅~幕府が締結した条約は天皇が望んでいないこと
4.有志あるものは幕府に怒っていること
5.戦う道もあること

そして長州藩は【君臣湊川 奉勅攘夷】へと方向を転換していくことになってゆく。

 

2013/04/14

2013 4/14  第5回「端午の節句~町家の人形めぐり」

先週の突然の胃腸炎から1週間。
昨日からやっとまともな食事ができるようになったので、お腹の中を1週間ぶりにアルコール消毒!

さて今日は九度山へ。目的は旧萱野家~大石順教尼の記念館の萱野館長さんにお会いすることと、九度山住民クラブのご代表の阪井様にお会いすること。

行きは、阪和道阪南から風吹峠を抜けて岩出~九度山へ。およそ90分くらいのドライブで到着。
今日の九度山は団体の方がお越しになられるとの事なので甲冑対の方々も待機されていて、ラッキーでした。
この甲冑は旧萱野家~大石順教尼ホントに見事で隊の方々の手作りと聞いてびっくり!
せっかくなので記念写真撮影していただきました!

九度山へ初めて行った時とは大違いで、町がどんどん元気になっている気がします!というか間違いなく元気になっています!
真田幸村さんをキーワードにした歴史のある九度山にはとてつもない魅力がたっぷりです。

家々に伝わる古いお人形が優雅に飾られた事で、其々のお人形のお顔が喜んでいるようにも見えるこの「町屋の人形めぐり」は早くも第5回。


すべての展示物が素晴らしく優劣つけがたいけれど中でもこれは素晴らしかった!



このイベントにかける情熱がひしひしと伝わってきます。

九度山の端午の節句~町家の人形めぐり

http://www.k-matsu.com/kudoyama/



さて、旧萱野家~大石順教尼記念館では突然の訪問にも関わらず快く歓迎してくださり、また様々なお話をお聞かせくださいました。
久しぶりに鑑賞した大石順教尼さんのDVDに涙し、また萱野家に伝わる様々な美術工芸品に目の保養をさせていただけました。
なかでも私の大好きな富岡鉄斎さんの掛け軸!
いつもは清荒神さんにある鉄斎美術館でしか見ることができない書画を目の前にして思わずその筆に感動!













せっかくなので人物部分をUPで撮影させていただきました。
こんな機会はまず無いでしょう!


賛文が読めなくて残念だけれど、牛にのる賢人、供の者が二人と鹿。その屈託のない表情がイキイキと書かれていておもわず微笑んでしまいます。




さて、お昼ご飯は「やっちょん広場」。でここの2階に数年前にOPENした食菜館がまじオススメ!
なかでもAランチもしくはBランチ!

地産地消の考えに基づいたお店は多いけれど、ここまでレシピとそれそれの栄養素や味付けにこだわったお店は珍しい。
毎回、行くたびにここのお料理には感動させられます!
おそらく、栄養士さんとシェフさんががっちりと完璧に組み合っているんじゃないかと思われます。
素朴な田舎味だけではなく、相当お勉強されているのでしょう。

絶対に立ち寄りたいお店です。



2013/04/09

2013 4/8 えらい目にあった

えらい目にあった


4月7日の朝食後、梅田へ向かったその帰りになんとなく胃が重く感じました。
一旦帰宅した後次は11時に天王寺へ向かうが明らかに体調が変。
せっかくの宇口農園のお二人との昼食も話が弾んだもののお食事自体があまりおいしくない。。
一旦帰宅して梅田へ向かい、その直後から猛烈な嘔吐感。
早々に帰宅してからがもう大変。。
嘔吐と下痢で思わず寝込んでしまいました。

 

6日の夕食はおかゆさんを大匙一杯。
そのままお風呂に入ったのが良くなかった。
案の定湯あたりしたようで、強烈なめまいで倒れ洗面所に突っ伏して倒れていた。
家族を呼んだものの動く事も出来ないままにちょっとずつ体を拭いてそのまま倒れこむようにして就寝。
しかし、夜中になんども訪れる下痢と嘔吐で睡眠不足のまま8日(月)朝4時30分の起床の時間。

 
もしも体力が回復したら・・とおもいいつも通りお弁当を作ったものの
朝食すら食べることができず冷やしてあったゼリーを一口食べて1時間かけて出勤。
頭がさっぱり動かない。。

 
昼食はパウンドケーキ1個。でも直後に吐いて戻してしまいました。
ついに会社の近くの病院へ行き、点滴をしていただいたき高速道路を使って急いで帰宅。

夕食はクッキー一つ。
生ぬるい経口補水液がなんとも気持ち悪い。

 
大好きな紅茶やコーヒーはカフェインが入っているのでよくないらしい。
今夜は入浴も止めて20時に就寝。

 夜中に2回お手洗いへ。これがあると睡眠不足に拍車がかかり朝がとてもつらい。

 

9日(火)の朝はいつも通り4時半に起床!からだがだるい。。
朝食は生ぬるい経口補水液とクッキー一つ。
会社の行きしなにコンビニに立ち寄ってウイダーインゼリーとポカリを購入。

昼はウイダーインゼリーとポカリスエット。

 
夕方頃に空腹感があったので夕食からはなんとか復帰かとおもったが
48時間の絶食後なので重湯を1杯だけ。
 

それでもやはり夜中にお手洗いに。。

 ずいぶんましになったが、なんと3月の最高体重からするとマイナス5キロ以上!体脂肪2%以上のダウン!
前の会社ならたぶん休んでいただろうけれど、今回は無理をしてでも出勤した。
この差はいったいなんなのでしょう(笑)