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2011/08/25

※ 講演会情報

STOP!上関原発!のメルマガが届きました。
ぜひ参加したい講演会がありましたので期間限定で転載します。
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◎「さよなら原発」講演会

 東日本大震災による地震や津波の被害は甚大なものでしたが、今一番大きな問題になっているのは、福島第一原子力発電所の崩壊による放射能汚染です。ところが放射性物質に汚染されたがれきの処分など、収束のめども立っていないなかで、早くも原発再稼働の動きがでています。
 講師の小出先生は、「溶けた核燃料が容器の底を破って地下へ沈みつつある。
地下水の海洋流出を食い止めねばならない」と発言されています。
 地震大国日本で、また被爆地をもつ日本で敢えて原子力発電を導入した背景は何なのか、今わたしたちが選択すべき道は何なのかを、講師の小出先生と一緒に考えていきませんか。
 子どもや孫たちに、そして若い世代に、これ以上汚れた日本を押しつけないためにも、一人一人が正確な情報を手にしていくことが大切かと思います。
 ぜひご参加下さい。

【日時】9月10日(土)午後2時~  

【会場】クレオ大阪中央セミナーホール  06-6770-7200 

【講師】小出裕章 (京都大学原子炉実験所助教)
     
【参加費】1000円 

【申し込み先】megumi-tada@excite.co.jp  

【主催】「さよなら原発」実行委員会

【共催】市民平和フォーラム
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この情報は<STOP!上関原発!>のメルマガを転載しています。

2011/08/21

2011 8/21 第22回あみだ池寄席


今回、初めて参加させていただきました。露の五郎兵衛さんが始められた寄席とのこと。

落語好きなら誰もが知っている和光寺さん。
「ははぁ~ん・・誰かに行け、言われてんな?誰に行けと言われたんや?」
「へぇ、それなら阿弥陀が池と言いました^^」
ご本堂の裏手にこんな立派なお座敷があったとは知りませんでした。

初めての会なので1時すこし前に到着。すでに受付も完備されていて2階の座敷へ。
頻繁に吉次さんがお見えになりお客さんを笑わせてくださいます。なんて陽気な吉次さん^^
開演5分程前に主催者の露の吉次さんより意外な提案がww
いやぁ。。画期的!かつ会場の雰囲気がぐっとよくなりました。 そんな中で開始されました。

桂治門 普請ほめ

ご入門され2年と10ヶ月とのこと。ご自身ネタで大学へ6年在学されたとのこと。
さて、噺の方は普請ほめ。現代になかなかお目にかかれない言葉がたくさん出てきます。

いわゆる一般では聞くことの無い言葉の数々。

総一面の栂造り(栂の木材はとても木目が美しく、柱や敷居、鴨居等に使われる)・縮緬漆喰(漆喰の塗り技法で、表面が縮緬のようなシワが無数に見られる)・上り框(玄関先で靴を脱いですぐに踏む板の部分)が桜の三間半(約6.3m)節無しの通り門(う~ん・・どんな状態なのか。。いわゆる玄関ホールの次の部分が通り門状態?)・備後表(たたみの表の造り方で熊本産で備後織・い草は備後産のものが最高級とされている)の撚り縁(ヘリを撚っている?)・薩摩杉の鶉杢(鶉の羽に似た模様・焼き物や工芸でも鶉杢がある・小さな波目がいくつにも表現されている)に
探幽(加納探幽)等など・・
実際にそんな現場があって自分の目でみたら一目瞭然なんでしょうね^^なかなか落語って勉強になります。


露の吉次 次の御用日

マクラはボクシングネタ。うまくご自身の落語感と掛けて表現されていました。
前半の常吉×旦那・常吉×ごりょうはんのシーン・中盤の夏の暑い日差しの中を寂しい安堂寺町~東横堀から住友浜あたりの風景で天王寺屋藤吉と出会うシーン・そして終盤のお白州での取調べのシーン。いずれもちゃんと私の脳内でイキイキと描く事ができました。
まぁ、ハプニングはあるものでこの噺には丁稚の名前が3人登場しますが常吉がぁ。。。。うまくリカバリされた上に見事に笑いに代え、しかも時折ご自身でも念を入れた噺っぷりがおもしろく感じました。


桂 ひろば てれすこ 

マクラはご自身の様々な営業のお話。中でも大阪で実施されている難波探検クルーズでのハプニングで場内爆笑。
また地方それぞれの方言話へ。「ある⇒いる」や「半殺し・皆殺し・手打ち」等ぶっそうな方言も紹介。
さてここでテレスコへ。めったにされないお話で私も今回はじめて聞かせていただきました。
う~ん。なかなか笑い所の無いお話・・。それでも珍しいお話なので充分に満足感がありました。「どうして九両三分二朱」・・当時は4進法、江戸は金本位(上方は銀)。あと二朱足すと10両で打ち首らしいですww帰宅後に落語辞典でちょっと確認すると「ステレンキョ」(あかんやん・・そのままやん)とされる場合もあり、江戸へ移植されてもある切りネタだそう。


笑福亭 仁嬌 遊山舟 

実は私もなんか変だなーって・・なんとなーく違和感がありました。今日の落語会って小拍子が鳴らないww
それもそのはず・・見台を忘れてきたらしい(爆)
さて遊山舟は昨年8月にアシスト亭でネタおろし。
視線の先に本当に「げい衆、まぁ衆、なぁ衆や、たぁ衆」等が居るような錯覚にはまります。
しっかりと上方の風景を想像させていただけました。


さて、次回は11月27日(日)
桂さろめさん・笑福亭喬若さん・露の吉次さん・桂文喬さんとのこと。
なかなか値打ちのある実力本位の地域寄席。もっと宣伝されたら必ず動員が図れる見逃せない会だとおもいます。
※会場は座布団席+椅子座席、西長堀駅すぐ。付近には駐車場沢山あり(終日¥1500を利用しました)

2011/08/20

2011 8/20 教科書に書かれなかった幕末史 岩倉使節団 

自国の歴史を学ぶことにはどんな意味があるのか?どうも現在においてはその情熱は非常に生ぬるくなっているように思う。この明治黎明期の岩倉使節団を見習うべき。

さて、廃藩置県が行われた4ヵ月後、岩倉使節団は明治4年(1871年11月12日)に横浜よりアメリカ号にて出発。19発の祝砲+15発の礼砲が横浜の町を大音響で揺らした。この様々な内容は公式記録である久米邦武著の【米欧回覧実記】による。
人数は46人の役人+18人の随行者に加え、5人の女子を含む留学者で総勢107名の大所帯。

そのメンバーは、特命全権大使の岩倉具視 (47才)・副使の木戸孝允参議 (39才)
・副使の大久保利通大蔵卿(42才)・副使の伊藤博文工部大輔(31才)・副使の山口尚芳(ますか)外務少輔(33才)がTOP5!他に著名な方といえば【津田梅子】【田中光顕】【中江兆民】等。特筆すべきは海外渡航経験者は伊藤博文を含む6人。また、書記官10人の内、7人が幕臣出身。すべて洋学の担当者だったそう。 また46人の平均年齢はなんと32才。時代を担う若
者達への期待のあらわれなのでしょう。

使節団の中に内海忠勝氏が居られます。この方は長州出身の吉敷毛利家に仕えていた方で本家から見ると陪臣。
あのパークスと揉めたくらいの根性の座った方。長崎県令・三重県令・長野県知事・兵庫知事・大阪知事・京都の知事の後に神奈川知事をされた方。

さて、一向が目指したのはアメリカ・サンフランシスコ。けしてその道中は楽なものではなく色んな事件がおこったらしい。
渡航経験の無い者達の不安を嘲る渡航経験者との軋轢に加え、長野桂次郎(幕臣出身)にからかわれた女子が大久保へ訴えかけ伊藤を筆頭に模擬裁判が行われるなどがあったらしい。

さて、使節団の目的は下記のとおり。
1.修好通商条約改正の期限があと1年と迫ったが改正するための期限延長を願う。
2.新政府としての正式な挨拶と国書を渡す。
3.近代国家化するための調査

明治5年1月15日、アメリカ・サンフランススコ到着は街を上げての大歓迎に一同は猛烈に感激!
木戸孝允は、「もし日本に文化の遅れた国が来たら、日本人は同じように大歓迎できるのだろうか?」「やはり教育が必要だ!」と再認識したらしい。
伊藤博文は有名な「日の丸演説」をおこなった。

「我国の旗の赤丸は、もはや帝国を封ずる封蝋のように見えることなく、今、まさに洋上に昇らんとする太陽を象徴し、わが日本が欧米文明の中原に向けて躍進する印であります」

それまで日の丸は、「遅れた人種が入っている白い封筒の口に赤いシールを貼っている」と馬鹿にされていたらしいが見事に伊藤の演説は大喝采を浴びた。

で・・この大歓迎ムードが大きな誤りを生むこととなる。。。

「こんなに大歓迎されるのであれば、条約改正の件は我々でなんとかなるんじゃないか?」と甘く考えてしまう。そこで申し出たところ条約改正の委任状を持ってきていない事が当然問題になる。
それなら・・と大久保と伊藤は2ヶ月の予定で大急ぎで帰国し委任状を貰うことにした。日本についた2人が会ったのは外務卿の副島 種臣。なんとか委任状を貰いアメリカに戻った頃には4ヶ月が経過。

ようやく話し合いになったが、関税自主権の確率や治外法権の撤廃は当然アメリカはNO!
また居留地内のみで商売が出来ないという条約を変更し、雑居を認めて欲しいとの事。
結局条約改正は失敗におわりとんぼ返りした4ヶ月は無駄となった。


余談として、条約改正は万国公法による必要があるとの事。
この万国公法で思い出されるのが、坂本龍馬の「いろは丸事件」。紀州藩を争った際にこの万国公法を楯として海上運航のルールを基に賠償金をふんだくった件。
この万国公法には海難に関することが一切書かれていないらしい。それじゃ「いろは丸」の際にホントに龍馬は万国公法をもちだしたのか?


明治5年8月16日 イギリス リバプール到着。
ウィンザー城においてビクトリア女王へ国書を渡している。
この際に女王より「先日は私の息子を親切にしてくださってありがとう」のお礼を言われている。
これは明治2年7月21日に第二王子が来日した事に由来しているが、この時、天皇に会う王子に対しお祓いの儀式をしてから会わせたというから実は失礼千万。。

イギリスの感想は「英国人は早足」だそう。
またこんな比喩も作られたらしい。
6時間仕事をさせた場合・・・
アメリカ人は4時間で済ませ残り2時間はブラブラする。
フランス人は4時間で済ませ残り2時間はワインを飲む。
イギリス人は5時間で済ませ残り1時間は他の仕事をする。
ドイツ人は6時間で終わらず残業する。

明治5年12月16日 フランス パリ到着。
この時はフランスの労働階級者政府のコミューンが崩壊して1年半。有名な凱旋門等は修理中。
ルイ大統領と会い、コミューンの感想を聞かれた際に、コミューン側を暴徒としてみた発言をする。

明治6年3月30日 ロシア サンクトペテルクブルグ到着しアレクサンドル2世と会う。
江戸時代は非常にロシアを脅威と感じた印象での会談だったが実際は怖くないという印象だったらしい。

明治5年6月3日 オーストリア訪問し明治以前の日本国を見るようだという感想・・。すでに小国を見下した感想にびっくり。


明治6年3月9日 ドイツ訪問。ビスマルクの演説。これは弱肉強食の国際社会をあらわした本音の演説であった。

・世界のあらゆる国家がお互いを礼節をもって交わっているというが、これは虚構である。現実には強国の政府が弱小国を圧迫している。
・万国公法は諸国家間の秩序維持を目的としているが、強国が他国と紛争を生じたならば、強国は自国の目的に適合するかぎりで、それにしたがって行為するのであり、さもない場合には自らの力を用いるであろう。弱小国は常に不利な立場に立たされているのである。
・イギリスやフランスは自国の植民地帝国を拡大しつつあるので、これらの諸国が礼節正しく立ち現われようとも、信用することはできない。

この時のドイツは2年前にフランスを侵略し、大国の仲間入りをした直後であった。しかもドイツは農業国であり男尊女卑の風潮が残る日本とよく似た国であることから非常に親近感を覚えたそう。


ここで、日本から木戸、大久保の両名に帰国命令が下るがなぜか2人は別々に帰国する。
これはこの時点で2人は犬猿の仲で喧嘩中だったから。

これらの国以外ではスイス・ベルギーオランダ等を見て回り、いかに小国が生き残るか?を探ったそう。
すなわち、それは自由の権利を守り、自国の権利を守り、他国の権利を侵さないことに尽きるとともに愛国心を育てる教育が大切であることを学んだ。

伊藤らは【脱亜入欧】を目標に掲げた。

この使節団のタイミングでイギリスには秘密留学したは長州藩の竹田傭次郎・山崎小三郎と南貞助の3人がいた。
しかし悲惨な生活環境で山崎は栄養失調で亡くなる。南貞助(助、輔)長州藩士で高杉晋作の親戚。母親が、高杉小忠太の妹のマサ。南はアメリカに岩倉使節団が来ていることを知り会いに行く。
使節団へは、ナショナルバンクの重役に選ばれたという触れ込みで近づいた。日本人が重役だということで「南は日本の誉れである」と称え、木戸や大久保は多額の資金を南へ預けることにした。※伊藤は散財するので預けなかった。
そして一行がイギリスへ行った際にお金を引き出そうとすると銀行は倒産。。。いきなり痛い目にあったのであった。

この事実が判明し落首がはやった。~条約は結びそこない金とられ世間に対し何と岩倉~

その後、南はいったん帰国し、再度留学。再び帰国した際にはライザという奥様連れ。国際家結婚第一号となった。(その10年後には離婚・・ライザは日本で亡くなっている)

2011/08/19

2011 8/19 霰松原

難読地名は沢山ありますがおそらくこの地名も難読でしょう。

<大阪市 住之江区 安立>

これは< おおさかし すみのえく あんりゅう >と読みます。
古い昭和の香りを残した紀州街道の街並みの沿いに記念碑がありました。







安立町の由来
古く万葉の昔から海辺に沿うように紀州街道の松原の景勝地であったが元和年間(1615-1622)典薬頭半井安立という良医この地に居て その治療を受けに集まった近国の人々が住みつき一つの村落となり 安立町の名をなすに至ったという。
(霰松原旧跡・安立忠魂碑 整備委員会 )


そこで書かれている霰(あられ)松原とは・・・・


霰松原の由来

霰松原の名は「万葉集」(巻一)天武天皇第四皇子である長皇子(ながのみこ)の「霰打つ あられ松原 住吉(すみのえ)の 弟日娘(おとひむすめ)と 見れど飽かぬかも」の歌などでよく知られています。
 この地は、奈良・平安時代は海に沿った境まで続く松原で、白い砂と松の緑は四季を通じて素晴らしい景観をみせ、多くの人々が訪れ、大阪と河内南部のや紀州方面を結ぶ街道としても重要で「岸辺の道」、室町後期からは「紀州街道」とも呼ばれていました。
 天水分豊浦命神社(あめのみこまりとようらのみことじんじゃ)は、延喜式代の古社で、創建は詳らかではありませんが、「住吉大社(すみよしたいしゃ)神代記」にも記録されていることより千二百年以上経ており、明治四十年に沢之町の止止呂支比賣命神社(とどろきひめみことじんじゃ)〔若松宮〕に合祀されています。 安立町の由来は江戸時代初期の良医であった半井安立(なからいあんりゅう)が、この地に住み多くの人々を助けた徳により、その名を残して町名となったと伝えます。(財団法人 住吉名勝保存会)


 ちなみに、万葉集の原文は【霰打 安良礼松原 住吉乃 弟日娘与 見礼常不飽香聞】。
訳としてはこんな感じかな?
-あられ松原にあられがふっている。弟日娘?と一緒に眺めてみたら飽きることは無い-

う~ん・・弟日娘が何かわかんないです(-_-、)

それにしてもこの時代の海岸線はこの辺りだったのでしょうねー。
住吉は、住み良い場所。住之江も同じ意味だったらしく、海の神様の住吉神社さんに守られた景勝地だったのでしょう。

2011/08/17

2011 8/17 井原西鶴 日本永代蔵


元禄元年(1688年)に出版された井原西鶴さんの「大福新長者教 日本永代蔵」。
過去に何度かチャレンジしたけど文章が難しくて挫折しましたがようやく発見♪
現代訳された「日本永代蔵」。これなら私でもラクラクです^^
6巻からなる日本初の経済小説というか、まぁ庶民がお金持ちになる秘訣を書き綴った内容で、それぞれの巻には5~6話が納められています。

江戸時代の大坂、堺や江戸の商人や町人の生活が詳細に書き綴られ、大成功した例や大失敗した例が書かれています。なんだか全てに通じるのは「商いの種を根気よく育て上げる」「質素倹約に励む」「飲む・打つ・買うは絶対NG!」ってすべて現代に通じる事ばかり。
当時の貨幣価値、物の単位や仕事の内容などいまからでは想像のつかないことがかかれてあり、当時の暮らしについ思いを馳せてしまいます。


ちなみに書かれたのは徳川5代将軍の綱吉さんの時代。戦闘力や統率力を背景とした武断政治から文治政治へと移り変わりようやく落ち着きが見え始めたが、相当なインフレが激しかったらしく、同時に上方では元禄文化が出てきたあたり。
大阪の生國魂神社さんに像がありますが、これはこの場所で一昼夜に2万3500句の「矢数俳諧」を詠む大記録を打ち立てたからだそう。

晩年は目が見えず、とても辛い生活のまま亡くなられたそう。
大阪市中央区の誓願寺さんに井原西鶴のお墓があります。



大きな地図で見る

2011/08/15

2011 8/15 施餓鬼法要


お盆の期間中に自宅に帰ってこられらご先祖様をあの世へお送りするために
恒例の施餓鬼法要へ行ってまいりました。

お弁当と経木塔婆を用意西田辺にある法楽寺へ向かいました。

http://www.horakuji.hello-net.info/

法楽寺さんには遠くからでも見える巨大な樹齢800年という楠木があります。
幹の外周は8mといいますから大人5人が手を繋いだときの太さくらいでしょうか。









山門の横の受付へお弁当をお預けし山門をくぐりますと、
すぐ正面には木造の三重塔が正面にあり、その優雅な佇まいに心が癒されます。










今年はすこしだけ早めに参拝したので境内はまだ人は少ないようでしたが例年は超満員で
お蝋燭やお線香をあげる場所が無いくらいの賑わいです。

経木塔婆をお納めし、お水をふんだんにかけて我が家のご先祖様が元の場所に無事にお帰りいただくことをお祈りいたします。

これで我が家のお盆の行事は全て終了。
終わったあとのその寂しさは何と言い難くもの悲しくさえ感じられました。

2011/08/13

2011 8/13 転載< 東海テレビの不謹慎なテロップを糾弾する> 

2011 8/13  宝塚歌劇 『アルジェの男』

十代の終わり頃から二十歳前半の頃にかけて、たまーに行ってた宝塚歌劇。
チケットを頂戴し、ホントに久しぶりに行ってきました。
実は何度か旧の宝塚大劇場にご縁があり、舞台裏や奈落、盆やそしてあの有名な大階段を歩かせていただいた事があります。まぁどんな関係かは置いといて。。。
さて、今回の出し物は月組公演 ミュージカル・ロマン「アルジェの男」そしてショー・スペクタクル「Dance Romanesque」。
アルジェの孤児院で育った孤児ジュリアン。いつかこの街を抜け出し、大物になる野心を抱いていた彼は、あることをきっかけに、パリ進出のチャンスをつかむ。

あまり書くとネタバレになるので詳しくは避けますが、正直なストーリーの感想は『う~ん・・・イケメンを武器に女心をガッチリ掴む三股オトコの出世物語』かなww。
予測のつく範囲のストーリーに厚みを加えた舞台美術や演出はさすが!
限られたスペースが何倍にも大きく見え、いろんなトリッキーな演出に眼を奪われました。
普段は脳内で場面を想像する落語や講談に慣れているだけに、ビジュアルや音楽、歌詞で世界観を表現するミュージカルも良いもんですねー。

ショー・スペクタクル「Dance Romanesque」では、開始早々、全員が客席に下りてきて熱ーい歌詞を歌ってくれ、もう胸はキュンキュン!
テーマのDance Romanesqueと、EW&Fの名曲を初めメジャーな曲をいろんな編曲で聴かせ、様々なダンスのバリエーションで見せてくれました。

やっぱ宝塚・・・良いですねー。。すっごくドキドキしちゃいますww


その昔にはまった時と比べると、ダンスのステップや曲表現の幅は増えて、見応え充分!
ただ・・・値段がお高くてびっくり!
今回のチケットは母のお知り合いの方から頂戴したので気付きませんでしたがSS席¥11,000~B席\3,500。世間の商業演劇並みに+αくらいにならないかなぁ。

2011/08/09

2011 8/9 お盆と初音ミク

お盆の儀式・・これは宗派や家庭の様式によって様々だとおもいますが、大まかにはご自身のご先祖様がご自宅に帰ってこられる為のお迎えと、そしてお帰りいただくための作法でしょう。
さて、私の家は浄土宗なのですが、なぜか法事・法要は曹洞宗で行われます。
これは亡くなった祖母と、曹洞宗の尼僧さんがはるか昔からのご友人であったことに起因します。
そして、その祖母が亡くなった際に、式場が手配くださった浄土宗のお坊さんとの事情により、
曹洞宗として式を行いました。
それ以来ずっと我が家に来てくださるのは、祖母のご友人である尼僧さん。すでに庵主さんと
なり体格は小柄な方だけど風格や威厳に加え80才前後とはおもえないくらいの肌の艶や声の張りは毎年、驚いています。

さて、我が家では毎年8月の第1日曜にお盆の法要を行う事になっているため、近づいてくるとその準備に大忙しです。
前日には、果物(メロン、スイカ、桃、林檎、オレンジ等)を7品、お野菜(かぼちゃ、ピーマン、トウモロコシ、ナス等)を7品、
乾物(湯葉、海苔、椎茸、干瓢等)を7品、そして祖父母や叔父さん、父が生前に好きであったものを買い集めてご仏前にお供えします。
そして当日には2膳分を小さな5つの器へご飯やお汁とおかずを盛り付けお供えし、お仏壇の前に経机や木魚等を準備して庵主さんをお迎えに参ります、そして無事法要が終わると次の場所までお送りさせていただき、ようやく我が家の法要の第一段階は終わります。
そして13日にはお迎え日を焚いてお迎えをし自宅に帰ってきていただき、15日には施餓鬼法要の為、お弁当をこしらえて法楽時さんへ参拝し、これで忙しいお盆の行事は終りとなります。

さて読経では「摩訶般若波羅蜜多心経」「四弘誓願文」に「舎利礼文」と・・そして名前がわからなくて調べてみると「大悲咒」だとわかりました。数年前に映画公開された「道元」に感動し、永平寺へ参拝した際に瓦の寄進をさせていただいた際に頂戴したお経の本に載っていた「修証義」・・これは忌年お時に詠んでくださいます、すごく凛として背筋が伸びる思いがします。
最近、YOUTUBEに「舎利礼文」や「摩訶般若波羅蜜多心経」がUPされていることを知りました。

初音ミク(合成音源)を使いDTMの作品として取り上げる題材として面白いからでしょう。

特に感心したのはこれ。機会がありましたら是非ご覧ください。

■舎利礼文


■ゴスペル風 般若心経 つのだ☆ひろ


けしてふざけた内容ではなく、若者がお経へ関心を持つ為のほんの些細な入り口として捉えてみれば、これらの動画ってありがたいことでしょう。

2011/08/03

2011 8/3 味仙 なんばこめじるし店

会社の同僚の方からのオススメがあって食べてきました、ナンバのこめじるしにある【味仙】という台湾ラーメン。
今風のお店構えではなく、町内にある中華料理屋さん風のお店構え。
客席はテーブルのみで15人程度でいっぱい。
中細ストレート麺に絡む、今まで味わったことの無い不思議な塩味に、盛られた豚のミンチ肉と刻んだセロリが絶妙な風味と歯ごたえを出しています。しかもしっかり厚みのあるのチャーシュー2枚が嬉しいです。

半分以上食べたところで、オリジナルのラー油をほんの少し!
すると不思議♪味が変化します^^ほんのちょっぴりえ充分辛みがありますので注意してね♪
今日のお昼ごはんのお値段は¥650也。

【食べログ】

2011/07/31

2011 7/31 旭堂南左衛門一門会



黄昏亭もみじ  荒大名の茶の湯
旭堂南斗  角屋舟の由来
旭堂南舟 道具屋吉兵衛
旭堂南左衛門 太閤記より長短槍試合
一龍斎貞寿 天明白浪伝より八百蔵吉五郎
旭堂南左衛門 王将阪田三吉

いつものように大国町の駅前に車を停めて地下鉄で動物園前まで移動。
大国町は地上から改札、また改札から乗り場へのエレベーターがあるのに
動物園前駅は無し。バリアフリー化にはお金がかかるんだろうが大阪市営地下鉄は累積赤字解消したそうだし
ぜひ検討ください。さて、会場へは開場の15分前に到着。この暑さの中で開場を待つのは無理wwすると
南舟さんが定刻前だけど開けてくだいました。


さて、開演。南左衛門さんが前説の如く「大坂の陣を大河ドラマにする会」についての署名のお願いをしてくださいました。
なんと、署名用紙をそのまま持って帰って署名くださるという方が居られました。
ホントにありがたいことです。
また南左衛門さんのTVご出演がきまったそうでNHK「芸能百花繚乱」で『染模様恩愛御書』(そめもようちゅうぎのごしゅいん)で
細川越中守役だそう。たしかこの歌舞伎は「細川の血達磨」って呼ばれてるそうで!あらすじを読んだけどむっちゃ楽しみです。


黄昏亭もみじ  荒大名の茶の湯

爆笑の定番ネタのこのお話。ネタバレにならない程度に^^
秀吉亡き後の政権は分裂気味。戦で活躍した武断派と文治派。なんとか一まとめにしようと考えた家康さんとの相談で本多佐渡守正信がお茶会を開くことに。呼ばれたのは豊臣七人衆と呼ばれた面々。
戦国鍋TVではシズガタケの七本槍でお馴染みの加藤肥後守清正・池田三左衛門尉輝政・浅野左京大夫幸長・黒田甲斐守長政・加藤左馬助嘉明・細川越中守忠興・福島左衛門大夫正則。なかでも加藤清正は馬面+ながーいお髭があったそうで。
この七人がお茶席で繰り広げる世にも奇妙なお茶会が始まり、その内容は抱腹絶倒のドタバタ騒動なお話^^
根来ご出身のもみじさん、前講として笑わせるところもキッチリと落として場内を温めてくだいました。


旭堂南斗  角屋舟の由来

マクラは先日開催された4人会出のお話。
1日3回講演×2日ということで最後はアタマとクチがバラバラになるようなそんな感覚だったそう。
角屋舟の由来は南斗さんで2回目ということで粗筋は簡略ぎみに記載しますが、南斗さん、まちがいなく前回よりも上達していると実感。さて内容です。
本能寺の変や起こったことを家康は堺の妙国寺で知る。このままでは自分も殺されてしまう・・しかし連れてきた兵はわずか500人。
京都からすでに家康征伐で追ってが出ているという情報も。絶体絶命の家康。
本田平八朗忠勝が救いにきた。堺から大和、伊賀を抜けて伊勢から舟で駿府へ脱出する経路がある!わずか50人の兵にしぼり脱出作戦が始まる。そして最大の難関に遭遇する家康に救いの手が差し伸べられる。


旭堂南舟 道具屋吉兵衛

岸和田での近況のご報告、岸和田花火大会で脳内彼女と言った話しには笑わせてもらいました^^
またラジオ岸和田でのお話も交えながら本題へ。このネタは南舟さんで2回目なので簡単に記載。
主人公の古道具屋の吉兵衛さんには奥様のお美代さんと吉太郎という倅がいます。
字の読めない吉兵衛さん、子供にはちゃんと学問をということで習わせたところ吉太郎は才能を開花。非常に優秀な子供に育ちました。さてある日、吉兵衛さんは、秋山げんのじょう宅より買い取った古道具。中より大金が。
この大金が人生を大きく狂わせて行く事となる人情話。


旭堂南左衛門 太閤記より長短槍試合

人心掌握術に長けていた秀吉。これは現代にも通ずるところ。失敗をして主君信長に叱責されようともちゃんと打開策をもっている秀吉は信頼されていたのでしょう。
さてお話は織田家に槍が不足していたので新たに作ることに。その際には1帖6尺(5m弱)の長槍が良いか9尺(2m70cm)の短槍がいいかと迷った。すかさず槍の指南役の上島主水は使いやすい短い槍を推薦、すると秀吉が出てきて長い槍を推薦。それを聞いた信長は4日後にそれぞれ50人の足軽を遣わすので長い槍と短い槍とで試合をさせることに。
その巧みな戦術と人の心を掴むことに長けている秀吉のその奇想天外な戦法とは・・。


一龍斎貞寿 天明白浪伝より八百蔵吉五郎

飛び入りでのご参加とのこと。初めて目前で東京の講談を聞かせていただきました。それはまるでNHKの「日本の和芸」をそのまま見ているよう。東京は大阪よりもはるかに講談は盛んで亭号も「一龍斎」「神田」「宝井」「田辺」とあり、中でも一龍斎貞水さんは人間国宝。
さて、ネタは東京ではよくかかるお話らしいがまったくの初聴き。前半は、両国の回向院にある水茶店の「お花ちゃん」と「若旦那」の恋のお。後半はその「若旦那」の正体は。。
すごく良い調子と声量に所作をあわせ、臨場感たっぷりなお話ぶりですっかり世界に引き込まれてしまい東京弁への違和感なんてすっ飛んでしまいました。話しのリズムがすごく気持ちよかったです。
サイトを拝見しますと東京は女流講談師さんのほうが多いようで驚きました。
ぜひまた大阪へお越し下さい^^


旭堂南左衛門 王将阪田三吉
 
前回のネタおろしから今回2回目。
千日手の解説や香車落ち、神社の呼称等に改良が加えられ、また年号+出来事の羅列部分よりも会話の比重が高くなりだいぶブラッシュアップされていました。
いつまでも残るお話になることを願っております。

2011/07/24

2011 7/24 第63回 めふ乃寄席

久しぶりのめふ乃寄席です。
前回よりこの寄席はUSTREAM配信されているようで、カメラがセットされていました。
ホントに便利になったものです。


[ピピアめふ USTREAM]





露の眞  鉄砲勇助

マクラでは見た目や声で、なかなか女に見られないというネタ。初めて痴漢にあった云々・・。
マクラは自由で好いのだけれどあまり好ましくないのかも。
途中でメガネを外されたのだけれどなにか意味があったのでしょうか。そういえば阿か枝さんも普段はメガネをされているけれど高座ではメガネを外されている・・・。うーん・・なぜなんだろう。。
眞さんの噺は、過去なんどかありますが、あまり上下を切らないことに気がつきました。
まだまだ少ない女流噺家さん。がんばってください^^


林家竹丸 相撲場風景

マクラはスポーツ関連から相撲に関する様々な内容をチョイス。
一語一語をきっちりと考えながら話されているようでした。
モンゴル出身力士の名前や、年収など。なかなか驚かされる内容でした。
さて相撲場風景は2回目。きっちりと手堅くまとめられた印象でした。


桂 阿か枝 悋気の独楽

マクラは女の色気の薀蓄。。
なかなかな内容で、阿か枝さんって妙に似合うんですよねー。
さて、お噺の方、このネタは沢山登場人物がありますが、きっちりと描かれてそれぞれの個性がはっきりとわかりました。もちろん要所にはきっちりと笑わせてくださいました。
お竹どんが悋気しぃの本妻さんに取り入ろうとするその所作や話し方で、面白さが倍増!
また本妻さんの前で定吉が独楽を回すシーンはとても楽しめました。


林家染左 皿屋敷

完成度の高い皿屋敷でした^^
中心となるお菊さんの豹変振りを初め、車屋敷へ行く道中など臨場感たっぷりで脳内に完璧に再現されていました。いやぁ。。ホントにお見事でした。

2011/07/23

2011 7/23 新長田のグルメ

神戸の新長田に所用で行ってまいりました。
ここは1995年の阪神淡路大震災で壊滅的な被害を受けた地域、その為、町全体が全て整備され非常に美しい町という印象です。
マンガ家の横山光輝氏のご出身ということで「鉄人28号」の等身大のモニュメントが公園に設置、氏の漫画三国志を切り口にそれぞれの町内を紹介していました。







さて、この新長田の名物といえば「ぼっかけ」(牛すじとコンニャクを甘辛く煮込んだもの)。これを様々なお料理に合わせています。
で・・まずはじめに行ったのは「マルヨネ」のぼっかけコロッケ♪色んな情報誌に取り上げられています。
<タベログ>
<グルメウォーカー神戸>
目の前で揚げてくだって熱々を頂戴しました。今日の外気の32度だけの性じゃなく、もうホクホク!
ジャガイモとぼっかけは相性抜群なんです。嬉しい価格!1コ80円也♪

 
で、この勢いで昼食に相応しい2件目<さんきゅ卯>に向かいます。
カウンターが8席に4人用の座敷のみの小さいお店ですがひっきりなしにお客さんが訪れます。

<タベログ>
<神戸お勧めグルメ情報>
とサンキュ卯スペシャルとソバメシを頂戴しました。


広島風お好み焼きの上にふっわふわに焼かれた卵とおもいっきり青ネギのかかったお好み焼き。






 
意外とスパイシーなソバメシ。一味とソースが決め手なんだとおもう。しっかりとした濃い味です。






お腹もふくれたので今日の本当の目的の「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映会場へ向かいます。
で、感動したその状態で・・夕食を食べる為に街を散策。

居酒屋発見!色々と飲み食いした勢いでなぜかもんじゃ焼きをオーダー。
お店で食べた事がないので初体験!

「すみません・・・初めてなので焼き方がわからへんねんけど・・・」と正直に申し出ると
説明書を持ってきてくださいましたwwで・・その通りにつくってみた。。
 写真はもちろん途中状態^^
体重増加を忘れて一日!よく食べました(笑)

2011 7/23 ミツバチの羽音と地球の回転

2011 7/23 原子力発電とエネルギー問題を考える映画のつどい


新長田は阪神大震災の際に甚大な被害のあった場所、そのため町全体がきっちりと区画整理された非常に人工的な街でした。駅からすぐ近くの公園には懐かしい「鉄人28号」が実物大で置かれていました。


定刻30分前に開場入り。
当日券を買った方は、この用紙に署名してください!と言われムカついてました。
私は建設反対ですが、映画と署名は別物。なのであっさりと拒否させていただき着座しました。
会場には80人くらい、手作り感のある運営側なので前述のやり取りは何かの手違いがあったのだろうと思うようにしました。
資料の中には【MBS 種まきジャーナル】でお馴染みの、京都大学・原子炉実験所の小出 裕章さんが3/20に山口県柳井市のアクティブ柳井で講演された際の資料がつけられていました。
原発の構造や危険である理由、そしてどうすれば良いのか・・など・・すっごくよくわかります。

<柳井での講演会(参考)>



<映画:ミツバチの羽音と地球の回転 オフィシャルサイト

舞台は山口県上関町の祝島。数年前にUターンしてきた山戸孝さんを追ったドキュメント。祝島は人口わずか500人に満たない小さな島、その対岸、真向かいにあるにある長島の田ノ浦に中国電力が原子力発電所を建設しようとしています。
建設のためには地元の認可が必要なわけですが、祝島の住人の9割が建設反対、しかし上関町としては6割が賛成しているのが現状。

当然、原発が建設されると、地元の基幹事業である漁業に影響がでるから強固に反対運動を繰り広げています。また、祝島は1000年以上前から続く伝統的な祭り「神舞」は4年に一度行われますが、この建設騒動で2回続けて中止になっています。

と・・・ここまでは私の認知の範囲だったわけですが実際はそれだけではありませんでした。

この祝島周辺は豊後水道の黒潮がが周防灘に流れ込み瀬戸内海に豊かな資源を運んでいます。
その為世界的にも稀有な水鳥を初めとするすばらしい生態系が守られています。

原発は、海水を取り入れて炉心を冷却し海水を放出します。その際に現在の海水より7度高い海水を1秒間に190トンを放出。そしてその海水は次亜塩素酸ソーダという化学薬品を含んでいるとのこと。これにより世界遺産に匹敵するこの自然を破壊することは間違いありません。
また、東日本大震災のような災害が起こった場合、九州北部や四国・・そして瀬戸内海全体に、まで影響を及ぼすかもしれないのです。

上関役場での議会に詰め寄るシーン、中国電力との激しいやりとり、また中央省庁へ署名を届けた後の説明会等、自分達の生活を守るために懸命に訴えかけるそのシーンに胸を熱くしました。デモや座り込みをする住民の裏をかくように規約を破り、半ば騙すようにして海にブイを打ち込んだ中国電力。
「年々住民が減っている」「1次産業だけでは限界がある」等、中国電力側が拡声器を使ってデモ行動に対し説得しているが、山戸孝さんを初め沢山の方々が様々な取り組みで新しい産業を興そうとしている。中国電力に発言で「絶対に海は壊れません」という発言はあまりにもふざけすぎ。モノを知らなさすぎ。

そして舞台はスエーデンのオーバートーネオ市、ヨッテポリ市、ストックホルムの事例を紹介。脱原発を国民投票で決定し風力発電や地域暖房、太陽熱、波力発電、酪農の超合理化と電力の自由化により、原子力や石油で作られた汚い電気を選ばずにキレイな電気を使うことを選択できる

最後にまた舞台は祝島に戻り、山戸孝さんらが海辺でひじきをはじめとする海産物を採っている。自分達の為に半農半漁の産業以外にも、枇杷、ひじき、もずく等のフードやエコツーリズム等、新しい産業を興す事が将来に繋がり、自分の子供や孫達にキレイな海を残すことが義務だと締めくくられ、135分の映画が終わり、満場の拍手が起こりました。

<長島の自然を守る会代表の高島美登里さんの講演>がありました。
高島さんは、2年前より上関に移り住み団体を主宰、長島の自然保護の見地から原発建設反対を強く訴えかけておられます。
海草類では日本海側にしか生息しないといわれている「スギモク」が、貝類ではナガシマツボ、ヤシマイシンなどの貴重種が、また人類の進化の研究を大きく発展させるナメクジウオという背骨の無い脊椎動物等が。哺乳類ではスナメリが自生、世界的に絶滅寸前のカンムリウミスズメが住んでいることがわかりました。

そして最後にはなんと、今回の映画を監督さんの鎌仲ひとみさんが駆けつけてこられてお話をくださいました。
イラク戦争で使用された劣化ウラン弾は原発から作られた化学兵器で、その影響で子供達が被爆して亡くなっている現実を見てこられました。
中国電力へ取材の申し入れをするも「激しい拒否・・」。六ヶ所村の原子力担当者は「確かに放射能を拡散しているが大丈夫です!大気に放出することで薄まりますから!」という大胆発言!

私達が電力会社を選ぶことが出来ないことを利用して、原発が無いと電気が止まるがごとく洗脳する各電力会社。各国は環境保全に取り組んでいるのに日本はどうなっているんだろう。本当に原発が無いと私達の生活は本当に麻痺してしまうのでしょうか?

本当に考えさせられた一日でした。