職場からのチャリを走らせる途中、冷たい冷気が襲っていて、帰宅して、そのまま食事もとらずに就寝。14日は38.5度。一仕事を終えて近所のかかりつけ医へ連絡を取り診断いただいたとことインフルエンザA型。このかかりつけ医さんのところには先週、先々週と肋骨のひびでお世話になっている病院。イナピル吸入粉末剤をその場で処方いただいたおかげで15日朝は37.0。16日朝は36.5でようやく平熱。
会社にとっても理解があり、また自宅でポツポツできるお仕事なので助かっています。
フランス風懐石料理中華風・・・寺社仏閣が大好きです。 大阪市内に居ますが九度山と信州上田が心の故郷です♪尊敬する人は真田昌幸さんと幸村さん親子・吉田松陰先生、金子みすゞさん、大石順教尼さん。日本美術なら富岡鉄斎さんに横山大観さんに村上松園さん。そして大好物は甘々なみ・か・ん♪ ・・ようは何でもアリなのです
やっちゃいました。。自転車通勤をはじめて4カ月。
会社からの帰り道。
坂道を勢いよく下り、左折した直後に左側の溝に前輪を取られて左側へ倒れ込みました。
左手の中指と薬指、小指が縁石のブロックに擦れたようで激しく出血打撲。
自宅まであと300m程度。すっかり日が暮れた道路を痛みを堪えながら帰宅しました。
傷口をキレイに洗い乾かしながら体内のアルコール消毒。さすがに痛みで入浴を控えてほろ酔い気分で就寝しました。
翌日はテレワークなので、ポチポチと仕事をしていましたが午後から指が腫れてくると同時になんとなく左わき腹にも痛みが走ってきたので夕方に整形外科へ。
先生曰く「自転車でコケて通院してきたのは本日3人目やなぁ」。
一目見るなり「たぶん肋骨にヒビがはいっているんちゃうかな・・」とそのままレントゲン室へ。
10分程度で診察があり、左の中指、薬指は打撲創。自転車とブロックに圧迫され打撲&擦り傷で骨は無事らしいけれど、肋骨は・・「レントゲンではなかなか見えにくいけれど、ヒビやな・・」3日間くらいで痛みのピークがくるから胸部を圧迫するベルトで固定して過ごすことになりました。
いままで骨折とはまったく縁のない生活だっただけになかなか不思議な感覚です。
それにしても、笑ったりくしゃみ、寝返り等態勢をかえるとピリピリと左わき腹が痛みます。てことで今週はテレワークになりました。
なかなかハードだった会社を6月末に退職し、一息入れる暇もなく翌日より別の会社でお仕事をしている私です。
業種は違えど職種は今までと全く同じ、扱う商品が違うだけでこれだけ考え方が違うのかと驚かされています。
しかも、こんな手法があったのか・・こんな考え方があるのか・・・と「目から鱗」なシーンもしばしば。。
ランチェスター戦略でいう弱者の理論の発展形なだけに日々の攻め方をいかに積み重ねて行くか・・仕入れや商品管理、販売計画に宣伝手法・・ご縁をいただいた会社はなかなか勢いのあるだけに将来が楽しみです。やっぱネット通販は面白いですね。
転職したおかげで土日も安心してリフレッシュに専念。
大好きな浄瑠璃寺へ行ってまいりました。
ご本堂に見える9枚の障子を開けるとそれぞれの真正面に大きな大日如来像を拝むことができる浄瑠璃寺さんは九体寺さんとも言います。いわばご本堂は巨大なお厨子です。その空気は研ぎ澄まされ、張り詰めた空間の中に吉祥天如像がおられます。
昨年3月に他界した母は、自分の守り神のように感じていた天女像はお彼岸と気候の良いこの時期した会うことが出来ない秘仏。久しぶりにご本堂で対面させていただきいろんなお話を聞いていただきました。
帰り道に少し遠回りをして「恭仁京後」へ向かいましたが駐車スペースがなく断念。。見事なコスモス畑を眺めながら帰阪となりました。
30年近く使っていたDOCOMOとお別れし5月末にOCN、そして昨日よりイオンモバイルに変更しました。DOCOMOでは話し放題が月額2700円必要だったのにイオンモバイルだと1200円程度。データを家族で分け合うためにOCNのSIMを月額400円程度追加していましたがでイオンモバイルだと220円。。回線はDOCOMOなのでSIMフリースマホで利用も問題なし。。ベストエフォートなので速度保証はありませんので平日の朝の出勤時、お昼休み、退社時あたりが繋がりにくいらしいですが、今のところ超快適です。
イオンモバイル https://aeonmobile.jp/
私の手元にとても懐かしい本があります。
昭和41年発行11月10日発行された「夢のたわごと」著者は清水雅氏。発行所は梅田書房で住所は阪急百貨店内となっています。
この清水雅氏は阪急百貨店社長を経て、東宝会長、東京タワー、後楽園、東京新天地、東京テアトル、千代田生命、京阪神急行電鉄、阪急不動産等を歴任、兼務。なによりもその功績が大きいのは阪急初年音楽隊の創設者であるということ。
音楽隊員は年に1度、六甲山バーベキューテラスへご招待いただき、さすがに演奏はできないので合唱を披露することが習わしとなっていました。
さて、この清水雅氏が書かれた「夢のたわごと」によると、「小林一三翁が亡くなられてしばらくして翁の書かれた書物を読んでいたら、三越の少年音楽隊を見たときの記述を発見。」
この記述を遺言と捉え運命に引っ張られるような気がしたとのこと。世界各国を視察した際の思い出をからめて阪急少年音楽隊の構想を練ったそう。
開校に向けて、三越少年音楽隊のその行き方を調べてみると音楽家となった方もいる反面、多数の方のその存在がはっきりせず少年が成長した後、正業がなくなり身を滅ぼすものもいるのではないか。だから卒業後は正業をつけて余暇に音楽をやるという形態をとりたいと思われたそう。
中学を卒業したフレッシュな音楽好きの少年を採用して三年間高等学校科目を教育し午後からは音楽の勉強をさせ、卒業後は社員に登用するという骨子を作り上げました。すると色々な企業から演奏に来てほしいという依頼が殺到したそうですが、すべてお断りされました。この音楽隊は宣伝用に作ったものではなく社内におけるうたごえ運動を作るものであったからです。
清水雅氏は小林一三翁の秘書を長らくされておりましたが1994年の12月に他界されました。
先日NHKの朝ドラで放送された「ファミリア」に焦点をあてた「べっぴんさん」の中で伊武雅刀氏が演じた大急百貨店社長は実はこの清水雅氏なんですね。
ちなみに音楽隊の中では親しみを込めて「がーさん」ってお呼びしていたそうです。
私にとって、とても大切な場所があります。それはこのBLOGでもたびたび登場する浄瑠璃寺さん。昨年3月に大好きな母が入寂。早いもので1年3ヶ月が経ちました。
私の環境の変化から母の眠る一心寺さんにはこの1ヶ月は皆勤賞になりそうなくらいな勢いで毎朝お参りに行っています。もちろん今朝も行ってきました。
そして午後からは浄瑠璃寺さんへ行ってまいりました。
初めて母に連れられて参拝したのは小学生低学年のころ、以降、何かあれば御本堂の厨子におられる吉祥天如さんにご報告にいくのが習わしです。ただし厨子が開くのは年に3回のみ。残念ながら今日は御開帳のタイミングではありませんでしたので、御本堂の大日如来さんと厨子の前でながらく正座し目を閉じてご報告と相談をさせていただきました。
「あんたの好きなようにしたらええ」「そのかわりにがんばりや」そんな声が聞こえた気がしました。
涙と鼻水が止まりません。。それでもやっぱり来てよかった。
御本堂の出口の手前にあるお不動さんと両脇に控える制多迦童子さんと矜羯羅童子さんにも私の背中を押してくださっているそんな気持ちになりました。
季節柄、参道は紫陽花が満開でしたが、やっぱ浄瑠璃寺は馬酔木。イキイキとした新芽が育っていました。秋にいくと、何とも言えない酸味のある香りがあたりを包み込みます。次はそのころ・・秋のお彼岸の頃に行きたいものです。
退職した時のチェック項目
・雇用保険被保険者証
・年金手帳・源泉徴収票
・健康保険資格喪失証明書
・離職票(雇用保険被保険者離職票)
・健康保険証・扶養控除等申告書
・健康保険被扶養者異動届・給与振込先の届書
・高年齢雇用継続給付 受給資格確認票(初回)高年齢雇用継続給付資格申請書
・雇用保険被保険者 60歳到達時等賃金証明書