
JR海南駅のロータリに残る碑を発見。
昭和21年12月21日におこった昭和南海地震(M8.0)の震源は、和歌山県の潮岬(しおのみさき)の沖合い50キロの海底でした。
全国で1330人が死亡、3万5000棟余りの家屋が全壊または半壊しました。
昭和21年12月21日午前4時19分、強震が起きた。岐阜測候所の発表によれば、紀伊半島西南方の北緯123度、東経135度の海上を震央とするマグニチュード8.1の地震であった。この地震は、奥羽地方の北部と北海道を除くほとんどの地域で有感観測され、関東大震災を上回る規模のものであった。とくに強震であったのは、和歌山・徳島・高知・三重・愛知・岐阜の各県である。被害は全体で、死傷者・行方不明6603人、全半壊家屋3万5105戸、焼失家屋2598戸であった。また、地震にともなう津波は、西は日向灘から東は東京湾にかけて発生した。この地震は、戦後の復興途上にあった国民の物心両面に大きな衝撃を与えるものであった。