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2010/12/14

2010 12/14 テレビ騒動

この11月のエコポイント騒動のおかげでどこの家電量販店も賑わった。
エコポイントの締切りが近づいたために沢山の方が一斉に押しかけたためで、御多分に漏れずわたしもその中の1人でした。
確かに、先月は商品の案内を聞くだけでも一苦労。そんな中、やっと自宅用と親元用の2台を買う事ができた。

親元用のテレビは関西で強力な販売網を持つ、ジョーシン電気
11月2週目に購入し、設置は12月14日とおよそ1ヶ月待ちとの事。
「まぁそれでもかまわないよ」ということでなんとかクリア。

その購入の際のドタバタぶりをみて数日後に我が家用を買うためにあわてて家電量販店に足を運びました。

まずは、数年前にナンバにオープンしたヤマダ電機。
すでに順番待ちの列が3桁突入で諦め、ウメダのヨドバシも似たような状況。
それなら・・・と小さめの家電量販店のコジマデンキに行ったところで、なんとか買う事ができた。
さて、そのテレビはいったい何時我が家にやってくるのか?と買った時点では月末頃の話であったのが待てど暮らせど連絡がない。シビレを切らして確認すると来年1月/末だそう。。「え~・・それはないやん・・」と抗議したら先週無事設置となった。
けして誤解して欲しくないのだけれど、電話口で恫喝したわけでもなく「それは、おかしいでしょ?」と確認しただけ。
きっとなにかの手違いだったと信じていたい。


そして親元のテレビは本日設置にきてくださるということで、ジョーシンからお電話があったそうで「夜の19時~21時になります」とのこと。
本当に設置に来てくださる方は寒い中大変だと精一杯ねぎらいの言葉と熱いお茶でも飲んでいただこうとおもっているけれどどうも私の中に疑問がフツフツと湧いてきます。

そんな配送や設置サービスでジョーシン電気は問題ないとおもっているんでしょうか?
ハンコだけで済む郵便小包や宅配便と違い、大きな車でやってきて担当員さんが荷物を抱えて梱包をばらし、リビングへ設置くださるわけで当然親元の家に入ることになる。
なによりも、19時から21時って夕食の時間帯から1日の仕事を終えくつろいでいる時間帯に他人が来ることへの抵抗も隠せないし、もし私が同じ立場でもすごく気兼ねすることでしょう。

電話でお話を聞いたところ、私の家のあとにもまだスケジュールが詰まっているらしい。
そんなハードなスケジュールを配達員さんに強いることで事故でも起こしたらジョーシンはどうするんだろう。
昨年を大幅に上回る販売をしたのだからナイトタイムに配達をさせなくてもいいような人材の確保はしていないのだろうか?

どうぞコジマ電気さんもジョーシン電気さんも、配送に走り回っている係員さんへの配慮と、お客様への気配りを忘れないでくださいね。

2010/12/11

2010 12/11 池田 落語ミュージアム寄席

落語ミュージアムでの落語会は今回で2回目。
前回通り、この会場はハード面では素晴らしいし、町おこしとしてのアイデアとしても申し分ない。
しかしそんなハードを生かすも殺すもソフト次第。
はたしてこのままでいいのかどうか?やはり疑問が残る。
主催者は気がついていなくとも、お客様は敏感に察知しているはず。


そんな思いと正反対に出演者の方々の実力は、この落語が盛んな池田の町では
浸透しておるとみえて、超大入り満員!
なっとくの落語会となりました。

笑福亭 たま 矢橋船

ひょっとしてたまさんの古典ネタで楽しませていただくのは初めてかもしれません。
マクラは海老蔵さんネタ。実はたまさんのBLOGが大好きで、今日のマクラの原案のようなのが書かれていたことから、おもわず一人でニンマリ^^
噺家の方って観察力がするどいんでしょうねー。

わたしのライブラリーでは桂米朝さんの音源があるので聴き込んでいたネタだけに
自分なりに色々と対比が出来ましたが、たまさんらしい若さと情熱のあるお話に仕上がっていました。
話の流れは色問答を経て、燗徳利からイケナイのを飲んでしまうところをヤマに2回繰り返し。
お武家さんも鳥かごも登場しないのでどう展開していくのか実は興味深々。
そのままの雰囲気を残しながら会場は大爆笑!そのままサゲとなりました。

印象的だったのが、比叡山の「ひぇ~!」の男が色問答に加わるキッカケの目つき。
これが繰り返しの面白さとなり、元々上下を切らないたまさんならではの、
目つきで会場に笑いが漏れていました。

(※)ちなみに矢橋船は「八橋舟雀丸之由来」だそう。

笑福亭 銀瓶 宿題

先日お引越しされたばかりの銀瓶さん。
尼崎とのことで、市長が変わったことを受け、阪急と阪神の比較の話で客席との距離感を縮められました。
たしかこの「宿題」は桂三枝さんの創作。まさによくできている話。

え?って考えてしまう問題を数回繰り返しそのたびに、宿題に色々ともんくをつける主人公。
この辺りは演者さん独自の部分が入っているのか銀ちゃんのベタベタな大阪弁が見事に調和しており会場に笑いを生んでいました。


桂 雀三郎 けんげしゃ茶屋

マクラは、楽屋内の悪戯のお話。
可愛そうなマジシャン、紙きり名人と故松鶴さんとのエピソードを紹介。
なによりも伝説となっている「焼肉食べ放題」でしょう。

独特の世界感をお持ちの雀三郎さん、きっちりと丁寧にお話を積み重ね、
お正月のお茶屋を風景を描き出されていました。
老舗の旦那さんが、新町に出入りできなくなったエピソードをはじめ、脳天の熊五郎とたくらんだ悪戯がお正月の茶屋の「けんげしさ」をぶち壊してゆくストーリーは悪戯好きも憎めない旦那さんの風格が伴う雀三郎さんにぴったりでした。

手元の所蔵書籍(※)で調べてみた。
この話に出てくる「のどかなる 林にかかる 松衛右門」という句は非常に古く、
延宝(1687-1681)上方板の「けらわらい」を江戸で改版。天和(1681-1684)~貞享(1684-1688)はじめの「けらけらわらい」に書かれているらしい。ひょっとしたら先日NHKでみた蔦屋重三郎さんが絡んでいるのかもしれない。

※ 参照 )S33発行上方落語の歴史 前田勇

2010/12/05

2010 12/5 武士の家計簿

「武士の家計簿」を鑑賞してまいりました。
加賀100万石を支える役職の中に知られることのない「算用者」が150名ほどいたそう。いわゆる企業に置き換えるとさしずめ、経理部かな?
始業時間を知らせる太鼓が鳴ると一斉に帳面を睨みひたすらそろばんをはじく。


代々家督を継ぐことが善しとされてきた時代では算用者の家系に生まれると幼いときからそろばんを仕込まれて育つという。そんな家系に生まれた「猪山成之」は幕末の動乱時代に大村益次郎と知り合い明治の発展に寄与する。 親子3代にわたる笑いあり涙ありのエピソードが綴られていました。
堺正人さんの演技が冴えわたり、見事に主人公の猪山直行を演じています。
またその父は信之(中村雅俊さん)、直行の息子は成之(伊藤祐輝さん/大八木凱斗さん(子ども時代))。

江戸時代の泰平が続くと武士は困窮し両替商から借金を重ね無ければならないくらいに大変な生活を強いられていたのでしょう。もちろん陪臣(殿に仕えている役人の家来)ではなく、直参ともなると体面を保つのは大変。優れた経済感覚を持つ「直行」がいたからこそ、猪山家は持ち直し、また「成之」は明治政府に寄与することができたのでしょう。

映画としては長めの2時間オーバー、何度も「クスッ!」とする箇所や「ホロリ」とするシーンが盛りだくさんで 一息に鑑賞できました。

しかし、堺正人が演じる猪山直行の青年~壮年~そして老人へと変わってゆく役柄にしたがって見せ方が替わるその演技の幅には驚かされました。お見事です^^

http://www.bushikake.jp/

2010/12/01

2010 12/1 大乗坊さんと暦


日本橋の毘沙門さんが祀ってある大乗坊へ寄ってきました。
来年の暦がありましたので頂いてまいりました。

暦には知らない事がいっぱいで、甲子(きのえね:大国天祭)や庚申(帝釈天の縁日・庚申参り)、己巳(つちのとみ:弁財天の縁日)、八専(何事もうまく行かない凶日)、土用(土を犯す作業や殺生はダメ)、天一天上(天一神が天に帰っているので天一神の祟りはなくなるがその代わりに日遊神が地上に降りてきて家の中に留まるので、家の中を清潔にしなければ日遊神の祟りがある。)等など。
一昨年、庚申の日の朝は四天王寺さんの庚申堂へお参りしたあと、境内に出ている北向きこんにゃくを食べるのを1年間続けたことがあります。これがなかなか良いもので、日常に様々なイベント感覚で取り入れられたら良いですよね^^

さて、なかでも最大の吉日とされている来年の【天赦日】(暦中で最大の吉日。百神が天に会合し、天が万物を許す日であり、万事にわたって吉)は、<立春から立夏の前日までの戊寅の日><立夏から立秋の前日までの甲午の日><立秋から立冬の前日までの戊申の日><立冬から立春の前日までの甲子の日>とのこと。

来年は下記が天赦日です。

1月9日(日) ・3月24日(木)・6月8日(水)・8月7日(日)・8月 21日(日)・10月20日(木)

ぜひ来年の手帳にお書き止めておいてくださいね。

2010/11/28

2011 11/28  第7回笑好寄席


柏原笑好寄席、昨年に続き2回目です。
会場建物自体に駐車場があり、この会の場合は20分が50円になるらしいと後から知りました。(来年のために記載しておきますww)しっかし、今日のこのメンバーで¥1800は安いです^^
おもいっきり良心的なお値段で落語が楽しめます。ホントにありがたいことです。


喬介  つる
独特の雰囲気をもっている愛すべきキャラの喬介さん。つかみの小咄を二本したあとで「つる」へ。
キッチリと丁寧に演じられた上に、あのホンワカした雰囲気が加わり妙な笑いが生み出され好印象。

笑福亭たま  憧れの人間国宝
この落語会は昨年と同様で初めて落語を楽しまれるかたが多いように思えました。そのためか
いつものショート落語ネタで会場は大爆笑。あ・・初めてじゃなくってもたまさんのSRは大好きです。
さて、本題に入るつなぎで、会場に着メロが響き渡り、空気が一変。。、「電話に出たらどないしょうかおもてん」と笑いにかえましたがそれでも会場の空気が張り詰めてしまった。聞く側のマナーが悪いのは、初心者さんが多いからしょうがなかったとおもうが前座の喬介さんが会場に対して釘を指さなかったのが悔やまれます。
さて、本題の「憧れの人間国宝」。いつもながら奇想天外なお話に会場は大爆笑。

桂文三 高津の富
早いもので文三さんを襲名されてもう1年半になられるんですねー。昨年の七度狐に続いて
今年は<高津の富>。古典落語の世界を堪能させてくださいました。
因州鳥取の男が宿で盗人の話しをした後の笑顔、漬物石の話しの後の笑顔、これが文三さん独特の味ですねー。
また、一番の見せ場で笑いどころの、「子の千三百六十五番」を読み返したが、気が付かないで「辰の八百五十一番」へ行くあたりの描写はお見事、会場から爆笑がおこってました。

林家染雀 かけとり
染雀さんって二卵性の双子の弟さんで、お兄さんと文三さんが同級生だとか。色々と縁は不思議なものです。
さて、お話の方、さっすが狂歌、義太夫、歌舞伎で掛取りをするりとかわしてしまう、その長屋の情景が浮かんできました。

桂 竹林 仔猫
生で初めて聞くのは初めてのお話です。(CDでたしか枝雀さん版を聞いた記憶があります。)
心根の優しい力持ちの女衆のおなべさん。実は彼女は・・・ってストーリー。
お店が早仕舞いしたその夜の丁稚や番頭の噂話が元で旦那までもが「実はわしも・・・」と疑惑が広がり、ついに彼女の唯一の持ち物の葛篭を開けていくあたりがスリリングでドキドキ感が高まってゆきます。
竹林さんはスゥっと流された感があった為か、おなべさんの独白部分に、実はおなべさんは可哀想な女衆なんだっていうような気持ちが出ていました。

2010/11/27

2010 11/27 これぞすみよしパワー!住吉大社1800年の歴史と美術


大阪市立美術館で開催・・終了(m´・ω・`)m

古くから「住吉さん(すみよっさん)」と呼ばれている住吉神社は平成23年(2011年)、御鎮座1800年を迎えます。
この由緒ある住吉さんには、海の神様の住吉三神の底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)と神功皇后(じんぐうこうごう)の四柱が祀られているとともに五大力さんや初辰さん等、商売や庶民信仰に根付いて今日まで続いています。


また白砂青松の風光明媚であった場所柄、和歌や短歌や様々な文学にも読まれるとともに、美術工芸品にも色々なモチーフとして住吉さんをシンボライズして取り上げられています。

大阪市立美術館では様々な住吉さんにまつわる美術工芸品や文献等を10/9から展示。そして11/28に終了しました。
もっと早く行きたかったんだけど、つい色々なことがあって終了間際の11/27に行って参りました。
時間があるときにゆっくりと鑑賞したかった・・(-。-) ぼそっ。





会場は信仰対象としている住吉三神や和歌や書画、工芸品、そして祭に対し構成されています。

なんとも言われぬパワーを感じる尾形光琳作「白楽天図屏風」の本物を見る事ができます。

2010/11/25

2010 11/25 なぁみんな。ほんまにこんな街でいいん?

年末の声が近づいて街が一段と賑やかになってきた。
それにつれてキタでもミナミでも天王寺でも酷いもの。

「そこをどけ!」とばかりにベルを鳴らして後ろから近づく自転車。
出会い系のテッシュ配りをする男女。怪しげな募金活動の集団。
親しげに近づきアンケート・・・ポストカードを配りそのまま画廊へ。。
準風俗ばりのメイド喫茶の女の子が街角に立ち袖を引く。
生産業への勧誘。角に断つ売春婦。禁止薬物を平気で販売するチラシ。

なさけない。

音量を上げすぎの街頭ライブ。
弱者のコトをかんがえてへん。

目に付くところに張られた性的な写真やアニメ。
自分の子どものコト、わかってへんやろ。

電車の中では座席を譲ることもなく足を広げて座る若者。
住宅街では子どもの目の前で信号無視を平気でする親。
点字ブロックに自転車を停める・・。
車椅子の人が通れない道。

無灯火で二人乗りの自転車。
音楽を聴きながら、メールをしながら、傘をさしながらの自転車運転が
老人を押しのけてゆく。

お上が決めたコトもすぐに忘れさられ、禁煙の道の裏側の状態は酷く、
大阪の迷惑駐車は日本一。

なぁみんな。ほんまにこんな街でいいん?

大阪、なさけないね。大阪。
観光化もええけど、先にすることあるんちゃうん?

少なくとも私はそんな情けない事はしぃへん。
大阪がすっきゃもん。

2010/11/23

2010 11/23 第九回 柳谷観音・泰聖寺 講談会~太閤記特集~


今まで沢山の落語会に行きました、その中で1席だけ講談を聞く機会がありいつも感心していました。で、前回のアシスト寄席の際に旭堂南左衛門さんからチラシを頂戴し、今日、はじめて講談だけの会に参加させていただきました。


第九回 柳谷観音・泰聖寺 講談会~太閤記特集~
会場は上町大地の寺町側にある泰聖寺さん。ここは眼の病に効く観音様がおられるお寺で有名です。

講談も落語も、聞き手の脳内にその映像がどれだけリアルに浮かび上がるか?が決め手の芸、そんな仮想の世界を楽しみにされている様々なお客様がお見えになっていました。


◇黄昏亭もみじ/真柄の秀

落語でも最近みかける女性の演者さん。
お話は、六尺以上の大柄な女性で力持ち、それでいて気の優しい女性のお話。
戦場では役に立たない優しい男の真柄勘内との出会いから結婚までのお話をイキイキと描く。


◇旭堂南斗/秀吉と利休

マクラでは、ご自身が講談の世界に入られたキッカケをお話されました。
噺の方はお茶の世界感を、傲慢な秀吉に理解させるための利休さんの機転が主題。


◇旭堂南舟/太閤の生い立ち

来年3月で年季明けとなりひとり立ちされる南舟さん。
独特の味のある方で実は南舟さんとは昨年5月から5回目になります。
普段のおしゃべりと講談の世界に入られてからの口調がここまで変られる方って、ホント珍しいかも・・です^^
応援してます♪


◇旭堂南左衛門/長短槍試合

歌舞伎の演目では<仮名手本忠臣蔵>。これが講談だと<赤穂義士伝>
忠臣蔵は忠義の家臣の蔵助の略であり、仮名手本の意味は
かな47文字すなわち四十七士を指す。もしくは忠義のお手本であるという
意図からだそう。なるほどーって感心。
来月から東京でのご出演には、参加させていただけませんが、この講談一門会は奇数月にこの会場で実施されているとのことで、これだけ講談にのめり込んだのだから、よほど予定がかぶらない限り参加したいとおもいます。


さて、噺の方は信長より槍が1000本不足している為に槍を作成するが長い槍がいいか?それとも短い槍がいいか・・の問いから槍術名人の上島主人と藤吉郎との対決を描く。互いに50人の足軽を借り受け三日間の訓練ののちの槍試合。藤吉郎は槍術の訓練ではなく「勝ための訓練」を行ったことが勝敗の分かれ目。圧倒的な勝利となる噺。


一気に4本の講談を聞いたのは初めて。
落語であれば時代性をぼやかしているものが多く何本でも平気だけど、講談は時代背景が明確なので脳内でややこしくならないか心配でした。
今日は太閤記を切り口にしたものなので問題なくイキイキと描くことができました。
次回は1月29日。ぜひ参加させていただきます。

2010/11/20

2010 11/20 教科書に書かれない幕末史 ~堺事件

明治政府がようやく生まれ、さてこれからというときに起った【神戸事件】でいきなりダメージを食らったおかげで、各国に明治政府が貿易の貿易の窓口であることを専制して伊藤博文さんがようやく表舞台に立ってゆく。岡山藩からこの始末をつけるために悲劇の主人公となった滝善三郎さんが慶応4年2月9日(1868年3月2日)に切腹をし事態は収拾した。ところがまた悪夢が新政府を襲うことになる。
もちろん、この時の世相は攘夷熱が残っているために、以降様々な噂が流れたそう。神戸でフランス兵が錦の御旗を奪って逃げた?やら天保山にフランス海軍がやってきただの・・今回の中止のとなる土佐藩も現在の西区にある土佐藩邸で苦々しく聞いていたに違いない。そんな6日後の2月15日の出来事。

大阪から陸路で堺の町に入ろうとしていたフランス領事一行。ちょうど堺の警備を担当していたのが土佐藩。通行の事前の連絡が無かった為に堺へ入るののを不許可とし追い返した出来事があった。
実は前年12月には開町を行っているので外国人は堺町に入ることは問題ないのだが相次ぐ噂で憤懣していたのか・それとも本当に知らなかったのかは定かではない。さてその夕方、堺湾の測量を行う為に入港したデュプレックス号(フランス軍艦)。2艘の小船で数十人が分乗しそのうちの1艘が上陸をした。
あわてて通報を受けた土佐藩士らは箕浦猪之吉(25歳)を筆頭にした6番隊と西村左平次(24歳)を筆頭にした8番隊が急行した。その16時頃・・通訳もいないフランス兵らと口論になって半ば喧嘩状態に。フランス兵が土佐藩旗を手に取り走り去ろうとしたために、ついに発砲命令が下り4人が死亡、7人が海に落ちて行方不明となりました。

この事件を知った外国事務局の東久世通禮、五代友厚らはきっと「えぇぇ??まぢで?」って言ったのかもしれない。なにせやっと神戸事件のほとぼりが冷めかけた頃にまた、フランスと揉めてしまったのだから。
すぐさま、土佐藩の任務を解き、人足を集めて海中に落ちてしまった兵隊の遺体に30両の懸賞をかけて探させたおかげですぐさま見つかった。きれいな服を着せて大坂に運びロッシェの元に報告に行く。

翌日2/16には土佐藩から届出がされ事後始末に走ることになる。
さてフランスからの要望は以下の通り。

・発砲した20人を日本の責任者の前で打ち首にせよ。
・15万ドルラルの賠償金を払え。
・皇族の中からウエヌス船まで侘びにこい。
・土佐藩主はフランス船に侘びにこい。
・土佐人は外人の為に開いた港や居留地には入るなとのこと。


2/22には沙汰書を発行。
2/23にはロッシェに対し土佐を処分することを報告。

その内容は切腹命令だがその理由は「皇国の為に腹をきることを外人に見せ付けてやれ!」とのこと。まさにヾ(・・;)ォィォィな内容。

さてこの知らせをきいた西区の藩邸にいた土佐藩では、それぞれの隊長、副隊長は責任を取ることとなったが残り16人をどうするか・・で揉めた。「私が責任を取る!」という発言が絶えずついに、くじ引きが行われた。外れた者は残念ながら腹を切らなくても良いというまさに逆なくじびき。なんという忠誠心。恐るべし。
3/23には各藩400人に護衛され、土佐藩邸から、切腹の会場となった堺の妙国寺へ向かうことに。

さて、時はすでに夕方。一番初めに箕浦猪之吉さんが切腹をしたがその様が凄まじかったそう。この辺りは森鴎外の小説の描写を引用する。

*************************引用***********************
呼出の役人が「箕浦猪之吉」と読み上げた。寺の内外は水を打ったように鎮った。箕浦は黒羅紗の羽織に小袴を着して、切腹の座に着いた。介錯人馬場は三尺隔てて背後に立った。総裁宮以下の諸官に一礼した箕浦は、世話役の出す白木の四方を引き寄せて、短刀を右手に取った。忽ち雷のような声が響き渡った。

「フランス人共聴け。己は汝等のためには死なぬ。皇国のために死ぬる。日本男子の切腹を好く見て置け」と云ったのである。

 箕浦は衣服をくつろげ、短刀を逆手に取って、左の脇腹へ深く突き立て、三寸切り下げ、右へ引き廻して、又三寸切り上げた。刃が深く入ったので、創口は広く開いた。箕浦は短刀を棄てて、右手を創にさし込んで、大網を掴んで引き出しつつ、フランス人を睨み付けた。

 馬場が刀を抜いて項を一刀切ったが、浅かった。

「馬場君。どうした。静かに遣れ」と、箕浦が叫んだ。

 馬場の二の太刀は頸椎を断って、かっと音がした。

 箕浦は又大声を放って、

「まだ死なんぞ、もっと切れ」と叫んだ。この声は今までより大きく、三丁位響いたのである。

 初から箕浦の挙動を見ていたフランス公使は、次第に驚駭と畏怖とに襲われた。そして座席に安んぜなくなっていたのに、この意外に大きい声を、意外な時に聞いた公使は、とうとう立ち上がって、手足の措所に迷った。

 馬場は三度目にようよう箕浦の首を墜した。

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二人目・・三人目・・・そのたびに毛氈が引き直されるが血を吸った土に染み込んだ血はすぐに染み出してくる。ついに12人目の「橋詰愛平」が、今まさに切腹をはじめるときにフランス側から中心の申し入れがあった。この辺りの描写も森鴎外さんの小説を引用する。

*************************引用***********************
次は十二人目の橋詰である。橋詰が出て座に着く頃は、もう四辺が昏くなって、本堂には燈明が附いた。
 フランス公使はこれまで不安に堪えぬ様子で、起ったり居たりしていた。この不安は次第に銃を執って立っている兵卒に波及した。姿勢は悉く崩れ、手を振り動かして何事かささやき合うようになった。丁度橋詰が切腹の座に着いた時、公使が何か一言云うと、兵卒一同は公使を中に囲んで臨検の席を離れ、我皇族並に諸役人に会釈もせず、あたふたと幕の外に出た。さて庭を横切って、寺の門を出るや否や、公使を包擁した兵卒は駆歩に移って港口へ走った。

 切腹の座では橋詰が衣服をくつろげて、短刀を腹に立てようとした。そこへ役人が駆け付けて、「暫く」と叫んだ。驚いて手を停めた橋詰に、役人はフランス公使退席の事を話して、ともかくも一時切腹を差し控えられたいと云った。橋詰は跡に残った八人の所に帰って、仔細を話した。

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ちなみに、血を吸った服のままで控え室に戻った橋詰を見た8人は切腹をしくじったと罵倒したそうだがすぐに真実は明らかになった。

2/24には外国事務方が天保山沖に停泊中の船にロッシェを訪ねて侘びに行き正式に9人は切腹を免れることとなった。ちなみに賠償金15万ドルラルは3回の分割という約束になったがその後、藩は無くなったので完済したかどうかは不明。

さて11人の死体はカメに入れられて妙国寺の向かいにある宝珠院に埋葬されるが、なぜ妙国寺でなかったのかという理由は色々と考えられる。

やはり世相はまだまだ攘夷。皇国の為に切腹した11人はいわば英雄。無くなった11人のカメは「残念様」と呼ばれ、また使われなかった9個のカメは「生き運様」とよばれたらしい。当時は宝珠院の前には屋台が出て、関連グッズの簪が発売されるくらいの人気スポットとなる。この辺りは日本人のエゴイズムが出ちゃってます。
そこで妙国寺では、7月3日~の三日間に大供養が営まれ9月9日には「英氏割腹跡」の碑が建立されている。
さて、この様子を知った井上さんはその怒りを伊藤と木戸さんに書簡で述べています。
「西洋の言いなりになっている!外国の脅しに乗ってはダメだ。そんなことをすると国家を滅ぼすことになる」というまさに現代にも通じる内容でした。

※この内容は一坂先生の講演を元に私が脚色していますのでご注意ください。

2010/11/17

2010 11/17 アザイズム ~ 戦国鍋テレビ ~

はまりまくってる戦国鍋テレビ!
<シズガタケの七本槍><天正遣欧少年使節>に続きこんどはアザイズム!浅井三姉妹♪

いまならサンテレビのケータイサイトからダウンロードができるみたい。
アザイズム(浅井三姉妹 チームA)/アザイズム(浅井三姉妹 チームZ)/
アザイズム(浅井三姉妹 チームI)/ベー・アンビシャス(兵衛’Z)の4曲!

ちなみに兵衛’Z は黒田官兵衛(ヴォーカル/マラカス)、竹中半兵衛(ギター/ヴォーカル)のユニットです。


<アザイズム>
http://www.tvk-yokohama.com/sengokunabe-tv/corner/azai/index.html

<お知らせ>
舞台「戦国鍋祭~あんまり近づきすぎると斬られちゃうよ~」大阪公演決定!
●大阪公演
【日程】2011年1月23日(日)
【開演】12:00~/17:00~(全2回公演)
【チケット料金】5800円(全席指定・税込)
【チケット発売日】12月11日(土)
http://www.tvk-yokohama.com/sengokunabe-tv/index.html

どうしよう。。。。行こうか・・・/(-_-)\ こまった~。

2010/11/14

2010 11/14 高野山参詣

13日に九度山に行ったばったりなのですが今日、14日は高野山へ行ってまいりました。

はじめて奥の院まで行く事ができたくさんの元気を頂いてまいりました。

やはり幕末大好きな私的に「織田信長さん/豊臣秀吉」さんをはじめ各藩諸大名の中でも
「長州毛利家/長州益田家/薩摩島津家/土佐高知山内家」と「浅野内匠頭」さんはきっちり参拝。

お写真も撮らせていただきましたが掲載は悪しからず控えさせていただきます。
さて中でも私がお参りしたかったのは「大石順教尼の腕塚」。
無事めぐり合う事ができました。

優しいお顔の慈手観世音菩薩さんが居られ、その前には下記の碑文がありましたので
掲載いたします。


慈手観世音菩薩
この尊像は大石順教尼の発願による慈手観世音菩薩である。同尼が両腕を失って八十一才の天寿を全うできたのは有縁の人々から慈悲の手をさしのべていただいたお陰であると合掌している姿である。
順教尼はもと大阪堀江の舞妓「妻吉」といったが明治三十八年六月二十一日、大坂堀江六人斬りの大惨事のまきぞえで十七才の若い身で両腕を切り落とされた。人間としてこの上ない不幸を負う身となり苦難の道を仏道に求め高野山において出家得度し、その事件の犠牲者の追善と自分と同じ境遇にある障害者を救済することを仏に誓い一生の念願とした。
口に筆をくわえて書画を描くことに専念し日展にも入選するほどその非凡な才能を発揮した。また日本人としてはじめて世界身体障害者芸術家協会会員として選ばれた。
同尼の全国身体障害者の慈母として慕われたがおしくも昭和四十三年四月二十一日京都山科仏光院において入寂した。ここに同尼の遺骨を奉安したものである。


ちょうど高野山は紅葉の見ごろで大渋滞。
すっかり日が暮れてからの帰宅となりました。さすがに二日も続けてのロングドライブはキツイものがあります。それでなくても先月末から頭にかけては萩へ行ってきた疲れがようやく取れた頃^^
おかげで昨夜は爆睡しました。

2010/11/13

2010 11/13 第4回 大収穫祭in九度山

第4回 大収穫祭in九度山が開催されました。


回を重ねるごとに大盛況で、広いグラウンドはすべて出展テントやフリーマーケットで埋め尽くされホントに運営側の熱意には頭が下がるおもいです。
岡本町長さんのお話にも出てまいりましたが、役員、スタッフのみなさんが手作りで運営する点に感激いたしました。
日本一の富有柿の産地、そして真田ゆかりの地の九度山へもう何度来たことでしょう。大阪市内からの道順もすっかり覚えてしまってカーナビを使う必要もありませんでしたww。
さて、昨年はじめてお目見えした<真田蕎麦>。ことしは真田庵の隣に店舗が出来たとのこと、また九度山の名物が増え、ホントに良かったですね。
残念ながら食べて帰る事が出来ませんでしたが、蕎麦が大好物な私、来年の真田祭の際にはぜひ食べてみたいものです^^

今回の出展ブースには、【大坂の陣を大河ドラマにする会】の際にお目にかかりました方々も多数参加されておられ実現に向けた署名コーナーも完備。信州上田ブースもたいへんな賑わいでした。あと、今回は私もすこしだけ関わりのある<柿の石鹸>が販売されていました♪

午後からは、すこし足をのばして【根来寺】へお参りして帰阪いたしました。

2010/11/04

2010 11/4 大石順教尼の世界 口筆による書画作品展 開催のお知らせ

この初夏にお伺いさせていただきました九度山にある大石順教尼記念館様よりごあんないを頂戴いたしました。
この期間中は沢山の作品を見る事ができるそう。
ぜひ一度お伺いさせていただこうと思います。
おそらく沢山の来場者がお見えになられると思いますが九度山の大収穫祭の日になるとおもいます。






そしてまだ知識の無い方はぜひ少し調べてみてください。

心がすぅっと楽になって、頑張る心が顔を出してきます^^

***********記*****************

平成22年11月3日~21日 AM10:00~PM4:30
旧萱野家(大石順教尼記念館)
和歌山県伊都郡九度山町1327 南海高野線九度山駅下車7分


11月7日には大石順教尼の偉業と題したトーク&シンポジウムが開催されます。

http://www.town.kudoyama.wakayama.jp/dd.aspx?itemid=2632

2010/11/03

2010 11/3 アシスト寄席

今回のアシスト寄席は第7回とのこと。回数が重なるに連れてお客様が増えれば良いのだけれど会場のキャパもあるし、そもそもこのアシスト寄席の主旨が長らく高座に掛けていないネタや最近覚えたネタをやってみるという主旨とのことなので、あんまり多数の前でするのもどうかな?と思われ中々悩ましいです。
喫茶店の店舗を利用して開催される落語会なので決して広くありませんし、高座のすぐ後ろにはお手洗いがあるし。しょうがないですね^^

さて、いよいよ開演ということでお囃子が鳴り、颯爽と後ろのお手洗いからマスターがご登場!これは不意打ちを食らった感があり笑いが止まりません。こんな天然系な笑いは卑怯ですってww
マスター曰く「お囃子が鳴ったんで早く済ませなきゃっておもったけど、ついタイミングを失ってしまった」そう^^

旭堂南舟 般若寺の焼き討ち

南舟さんの高座も何度か楽しませていただきましたが、いつもの事ながら本題に入るとスイッチが切り替わったように声に張りがでてくるんですよね。
たぶん奈良の般若寺のことだとおもうのですが講談ではこのような事件があったと扱われていたなんて知りませんでした。


露の雅 鉄砲勇助

女流噺家さんがだいぶ増えたようで私も年に何度か聞かせていただく機会があります。
新しい世界感を築けられたらいいですねー。がんばってくださいね^^

桂枝女太 寄合酒

寄合酒?って割とポピュラーなネタなのに?なんで?ってずっと疑問でした。
あとで聞いたのですが、ホントに初披露だったそうです。
主人公のあの「味噌をするさかい・・・」の件から怒涛の如く続くボケの数々は見事でした^^


旭堂南左衛門 佐野山権平

寛政力士伝の中から品格のある横綱谷風のエピソードの講談。
情け相撲といわれているが八百長試合ではあるものの谷風が行った美談。
圧倒的な強さと品格を誇る谷風が、親が病気で金銭に不自由している佐野山の事を知り情け相撲を取るお話。
佐野山を贔屓にしているタニマチの会話や、格下の佐野山と戦うことになった理由が愛人を取った云々っていう件が笑いを誘います。一瞬、落語の花筏を感じさせるシーンがありました。

笑福亭 仁嬌 宿屋仇

大ネタの部類に入る宿屋仇。
生では桂春駒さんや桂米輔さんでお聞きした事があります。仁嬌さんは数日後に独演会がひかえれているということで、その中できっちり宿屋仇が入っていました。
「いは~ち!」と何度も呼ぶあとにお定まりのセリフがはまりますが、何度も言わせる繰り返しのところがクスリってなるんでしょうねー。
また大宴会、相撲、色事と内容が変化し、ついには小柳彦九郎が登場!そういえば万事世話九郎って名前は怪しいですよねー。
よく出来たお話をきっちりと語ってくださいました。

この後、お店からコーヒーとデザートを出していただきました。
かぼちゃのプリンだったのですが、まぢ!絶品♪甘すぎない上品な味。
ごちそーさまでした。

さて次回は会場が大きくなって、来年1月16日に新大阪イーグルボウルで行われます。
また柳谷観音・泰聖寺講談会は11月23日。今のところ両方参加の予定です。