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2011/03/13

2011 3/13 第3回目 秋桜講釈会 

2011 3/13 第3回目 秋桜講釈会 

文化庁平成22年度「地域伝統文化総合活性化事業」助成事業で今年から開始されたそう。
事前に戴いたパンフには下記のように書かれていましたが、ごめんなさい(m´・ω・`)m ゴメン…。

まったく読んでませんでした。。。なので転載します。
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<釈場プロジェクト!>
江戸時代から明示にかけて全盛を誇った講談(講釈)、時代を反映した最もタイムリーな出来事を、威勢のいい張り扇の音と共に、独特の調子で読み上げる、講釈師達の話芸は人々の心を鷲掴みにしていました。
しかしその講談を聞く場である「釈場」も時代のうつろいとともにいつのまにか姿を消し、今では定席の釈場は皆無に等しい姿にまでになりました。
コスモスシアターでは、この後生に伝え続けなければならない伝統の灯火を消さないよう「釈場」の復権を目指し、活動を開始します。
どうぞ皆様この機会に、コスモスシアターの「釈場」に足を運んで頂き、講談の魅力を再発見してください。
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上方落語会の悲願だった繁昌亭ができたおかげで上方落語家を目指す若者が増え、今や250人以上。しかし上方講談はまだわずか13人(らしい)。
増えないのを時代や社会背景のせいにするのではなく、講談を語っている方々もその原因を考えていただき、少しでも早く上方講談が再び隆盛を極める日がくることを願っています。

ということで、いつものようにおもいっきり早めに現地到着。
さすが講談会、客層がおんなじで秦聖寺さんの講談会でお見かけした方から話しかけていただき、様々なお話をさせていただけました。で、話に熱中しているとそこに、朝日新聞の記者さんが登場!

やっぱ講談ファンが1時間以上も前から並んでいるのは不思議だった様子。色々と講談の魅力やら面白さを聞かれました。もちろん、私自身も講談会ってなんでこんなに客層が高年齢化してるんだろうってすごくやきもきしてて、何かお手伝いしたいっておもっていた矢先なのでつい調子に乗って色々とお話しちゃいました。

さて定刻の14寺。この大変な時期の講談会。旭堂南左衛門さんの登場です。
今回の地震と津波で多くの方が亡くなられました・・まず黙祷を捧げたのちに「ミニ講談入門講座」が開始されました。おそらくこのあたりが「地域伝統文化総合活性化事業」なのかな?


講釈=講談で意味は同じだけど時代が違うそう。
講釈は、江戸時代、それ以前は「太平記読み」と呼ばれていたらしい。
「今日は、太平記読みの講釈を聞いてきてん」が「講釈聞いてきてん」になったそう。
ちなみに「太平記読み」の太平記は南北朝時代の動乱期のお話を指しており、室町時代の知識人にもてはやされた文化だそう。

落語との違いについて、わたしも気がつかなかったのですが、落語家は位が上になると師匠と呼ばれますが講談は先生と呼ばれている、この辺りが知識人文化の名残なのかもしれません。ちなみに落語は噺す芸、講談は読み聞かせる芸。浪曲は語る芸だそう。

旭堂南斗 太閤記より「藤吉郎の子守奉公」
マクラもしっかりしなきゃ・・って感じでがんばってお話されてました。
南斗さん、一人暮らしをされてるとの事、1時間くらいのところにご両親がおられるのでしたらぜひ一度帰ってあげてくださいね。ぜったいに心から喜んでおられるとおもいますよー^^
まだまだ悪戯盛りの少年の藤吉郎が剣道場を覗く事ができる小窓から顔をぐっと入れて色々と批評する・・そんな藤吉郎にお仕置きをしてやろうと企む若者。そしてついに対決に。。意外な手で勝利する藤吉郎少年。イキイキと描けていたとおもいます。
なんとなーく緊張いっぱいだったのか表情が硬かったみたいだけど、南斗さんも師匠のようになれますよ^^


旭堂南青 難波戦記より「木村長門守重成」
7年目の方とのこと、実は初めてお聞きしました。
ツカミも、途中の解説や独自のくすぐりありで、なんと楽しい講談でした。

大阪にある「赤手拭稲荷」の片隅にある【木村長門守重成】をお祀りしている碑のお写真を掲載します。この赤手拭稲荷は落語「そろぞろ」に登場するお稲荷さんです。






旭堂南舟 水戸黄門漫遊記より「荒浜藤蔵」
ご自身の事を語られた南舟さん。ご自身の勉強会を開始されたとの事。ぜひ開催日等をお教えくださいね^^また高校野球ファンで熱闘甲子園を解説できるくらいに話術に長けたいとのこと。当面の目標はフリートークだそう。寡黙なタイプだけど、いつも驚かされるのは講談の世界のスイッチが一旦入ると人が変わったように声質も目つきも表情もキリッとされる。そしてキッチリと語られるのには驚かされます。


旭堂南左衛門 西行法師 鼓ケ滝

落語ネタでも数年に1度は聞く機会のある<西行法師 鼓ケ滝>
それでも、やっぱ違うんですよね。講談の世界感の方がどうも私にはしっくり来るみたい。
ちょっと過去の記録を確認すると
笑福亭 仁勇〔鼓ケ滝〕で下記で拝聴♪
http://sweet-mikan.blogspot.com/2009/02/2009222488.html
また、変わったところでは桂阿か枝さんで「 百人一首 」というネタのなかで
鼓ケ滝が出てきます。
http://sweet-mikan.blogspot.com/2010/10/2010-1024.html
そして実際に現地に行った時の記録です^^
◇2009/11/23 鼓ケ滝
http://sweet-mikan.blogspot.com/2009/11/20091123_23.html
※このお話は実はユーチューブで笑福亭鶴光さんの高座を見る事ができます。

笑わそうとする落語・・・講談は「なるほどぉ!」と感心させてくれます。
いずれも大切な上方文化。私達の世代で終わらせるわけにはいきません。いずれも次の世代にきっちりと残す事が使命なのでしょうね。

2011/03/06

2011 3/6  さようなら。

「ほな、またなー。○○ちゃん、バイバーイ!」

貴方を乗せた車が走り出す時に
私の耳元でその懐かしい声が聞こえました。


この日、会場に入ると、そこには、貴方が演奏されている写真がありました。
おしゃれで斜めに構えたテナーサックスの調べが今にも聴こえてきそうな
そんなお写真でした。

この写真を見たときからもう涙が溢れ出し、
貴方の式が始まると会場のいたるところから嗚咽が漏れてきました。

「あほかぁー、なに泣いてんねん。」

そんな声が聞こえた気がしたとたんにピタリと不思議に涙はおさまったものの
すぐに貴方が横たわる胸元にと白い菊をそっと置いたとたんにまた涙が溢れだしました。

お別れに沢山の方々が言う。「ほんま、おもろいやっちゃったのになー。」
みんなに愛され、信頼された貴方。私のこの淋しさは当分、おさまりそうもありません。

「ほな、またなー。○○ちゃん、バイバーイ!」

貴方を乗せた黒い霊柩車が走り出す時に
確かに私の耳元でその懐かしい声が聞こえました。

もうすぐやってくる春のぬくもりを待つことなく旅立たれてしまいました。

ありがとう。そして、さようなら。

2011/03/05

2011/3/5 第90回公民館寄席 おばやし亭 講談の会

2011/3/5 第90回公民館寄席 おばやし亭 講談の会

~戦国時代を生き抜いた女性を語る~
旭堂 南斗 ◇ 那須与一
対談「戦国時代を生き抜いた女性を語る」
園田学園女子大学名誉教授
    田辺 眞人   VS  旭堂 南海
桂 阿か枝  ◇  おたのしみ
旭堂 南海  ◇  お江、母お市との別れ


今日で3回目の参加です。この会の面白さは、もちろん南海さんの講談や落語一席もありますが
なんといっても田辺眞人先生と旭堂南海さんとの対談にあります。
毎回、「へぇ~!なるほど!」と思わせてくれる田辺先生と、講談師ならではの南海さんの巧みな話術のコラボが見所です。

●旭堂 南斗 ◇ 那須与一
昨年末あたりから落語大好きな方向に加え、講談の良さに目覚めたわたし。
なかでも南斗さんの講談を楽しませていただく機会が多くなっています。
まだ年季明けていない南斗さんですが、独特の味のある方です^^
お話を聞かせていただくたびに、成長がわかるだけにこれから先が楽しみです。

●対談「戦国時代を生き抜いた女性を語る」
園田学園女子大学名誉教授
田辺 眞人   VS  旭堂 南海

タイトルからして、やっぱり話題沸騰中のNHK大河「江~姫たちの戦国」のお話。
田辺先生的に突っ込みどころを話されると、南海さんも同調。やっぱみんな思うことはおんなじなんですねー。ところがさすが田辺先生。伏線の張り方までちゃんと予想されていました。
次回の「平清盛」は、龍馬伝の反省を生かして、兵庫県は昨年末にプロジェクトチームを立ち上げ色んなプランを練っているらしい。
和菓子をつくるか・・源氏と平家にまつわる様々な史跡をクローズアップする方法を楽しくご紹介されました。
田辺先生の博識さってほんとすごいですねー。

◆桂 阿か枝  ◇ 金明竹

初登場だそう。たしか過去2回はいずれも染左さんでしたっけ。
いずれの方もめふ乃寄席ではおなじみの方なので爆笑間違いなし。
今日のお話は「金明竹」。落語をはじめてきかれる方が多かったようで
長いセリフまわしに、感心されている方も多数おられました、もちろんキッチリと会場を沸かせられました。


◆旭堂 南海  ◇ お江、母お市との別れ

講談にするとなんてよくわかるんでしょ^^
しかも、楽しくて記憶に残ります。
南海さん独自のくすぐりが随所にあって、笑いどころもたっぷり。
しかも表情のLINKしていて、面白さ倍増でした。

実は早めに会場に到着したら、南海さんとばったり♪
やっぱなんとなくオーラあるんですよねー。
そのあとに阿か枝さんともばったり。おもわず笑顔になっちゃいました^^

2011/03/04

2011 3/4 訃報

あたたかい春の日差しを待つこともなく旅立たれてしまいました。
タバコとテナーサックスとジャズをこよなく愛する家具屋さん。
知り合った時は「くん」へ、そしていつのまにか「ちゃん付け」で呼んでくださっていました。
 
「ごめんなー、もうちょっとまってなー」
「最近な、♭9に凝ってんねん・・あれ・・かっこええよなー」
 
 
訃報を聞いたのは、最後にお話をしたわずか2日前の1日のお昼ごろ。
あたらめていままでのメールを読み返すと、ほとんどのメールの末尾には
Keep up the good work-keep smiling !! と書かれていました。
 
たしかに・・私と話しをする時っていっつも人なつっこい笑顔が似合う方でした。
 
この日曜、最後のお別れにいってきます。

 
 

2011/02/27

2011 2/27 道明寺


梅のシーズン到来。例年であれば大阪城の梅林に参りますが今年は事情があって断念。
車から降りてできるだけ起伏の無い足に優しい梅林を探していました。
で・・教えていただいたのが道明寺!






そうそう!菅原道真さんが大宰府に赴任される際に道明寺にいた覚寿尼を訪ね朝まで話しこみ、そして鶏が朝を告げた。。『鳴けばこそ 別れも憂けれ鶏の音の なからん里の暁もかな』(朝になり鶏さえ鳴かなかったら別れる朝がくることもなかったのに)と別れを惜しまれた場所です。






駐車場は特設ができていたので100台くらいかな?それでも帰りしなは駐車場待ちができていましたのでなかなか人気のスポットです。しかも嬉しい駐車場無料。本堂の裏一面が梅林ゾーン。入場料は300円。それでも充分な満足度でした。
あぁ・・今年も梅を見る事ができて本当に良かった。

2011/02/21

2011 2/21 信長と蘭丸 ~戦国鍋テレビ

戦国鍋テレビで人気のコーナーのマンスリーピックアップ。

「シズカタケの七本槍」からはじまって「Go!天正遣欧少年使節」「利休七哲」「べー!アンベシャス!」「エブリディ儲かんでぃ!」「アザイズム」等を経てついに今回は「敦盛2011」。
アーチストは<信長と蘭丸>。BL系なニオイがぷんぷんしちゃいます^^



■敦盛2011

初めて会ったあの時に 君と生きると決めたんだ
オレの心の桶狭間 埋められるのは 君だけさ

騙されないよ その笑顔 小姓の気持ち もてあそぶ
頭の中はいつだって 天下布武しか無いくせに

オレが統一したいのは 二人の心 分かるだろ?
言ってるんでしょ 同じこと 他の小姓の耳元で

君が信じてくれるなら どんな願いも叶えよう
武田勝頼討ち獲ったら 城持ち大名になりたいな

君だけだよ おらん 楽市楽座は ノーサンキュー
君だけしか おらん 愛の敦盛 独占させて ビリーブ

下天の内をくらぶれば
夢幻のごとくなり
今宵 2人でうつけよう

君だけだよ おらん 楽市楽座は ノーサンキュー
君だけしか おらん 愛の敦盛 独占させて ビリーブ

下天の内をくらぶれば
夢幻のごとくなり 今宵 2人でうつけよう

2011/02/20

2011 2/20 アシスト亭 ~無茶修行の会~

旭堂南斗「赤穂義士伝・八百屋甚兵衛」 
笑福亭呂竹「相撲場風景」 
笑福亭仁嬌「宿替え」 
桂枝女太「不動坊」 
旭堂南左衛門「水戸黄門漫遊記・長屋の出世」

今回のアシスト亭は第8回目。始まってちょうど丸2年が経過したそう。長く続ける事って大変なことだとおもいます。本当におめでとうございます。
このアシスト亭は、ネタおろしや長くしていなかったネタをおこなう会ということでスタート。
いずれの方々も見事なものでネタおろしとはおもえない完成度ですが、まぁ細かいことを言う会ではないので割愛させていただきます。

◆旭堂南斗「赤穂義士伝・八百屋甚兵衛」 

天正と元禄は大違い、しょっぱなからおもわずクスッとしちゃいましたが、それでも南斗さんのリカバリーでひょっとしたら演出なの?とおもわれるのがご愛嬌^^

◆笑福亭呂竹「相撲場風景」 

久しぶりに<相撲場風景>を楽しませていただきました。私亡くなったの祖父がとても大好きなネタだったそうで、その中でも、おにぎりの件ではしっかり笑わせていただきました^^

◆笑福亭仁嬌「宿替え」 

ネタおろしとおもえないくらいこなれた感がありました、またなんとなく惚けた雰囲気が、ネタ本来の味の<宿替え>に加わってとても楽しめました^^

◆桂枝女太「不動坊」 

何パターンか聴いたことがある不動坊。全体的には枝雀さん風かな?もちろんきっちりとしたメリハリのある話方なので安心して情景を描くことが出来ました。枝女太さんって表情が豊かで所作も大きいのでスッと入っていけるんですよねー^^

◆旭堂南左衛門「水戸黄門漫遊記・長屋の出世」

珍しいお話だとのこと。私の講談の知識ではすべてが珍しいお話ですが確かに主人公の光圀さんは出てこない・・そんな意味で珍しいお話です。

さて、今日は会が終わった後は、美味しいコーヒーとケーキを戴きながら仁嬌さん、枝女太さん、南左衛門のお話・・まるでトリオ万歳のよう。。特に珈琲は絶品。ほんと美味でした。

さて、今日は先日、仁嬌さんのBLOGに書かれていたお弟子さんの嬌太さんをご紹介されました。
実は前回のイーグル寄席の際に受付をされていたので見覚えがありました。上方落語の噺家さんがどんどん増え、とてもありがたいことだとおもます。どうぞ精進してくださいませ^^

また、年男の旭堂南舟さん。この3月5日で丸3年の修行を終え前座としての活躍となります。2年して二つ目・・そして10年で真打ち・・となれるようにどうぞ研鑽を重ねてこれからの講談を担ってください。心からご活躍を応援しています。聞くところによりますと、3月27日動楽亭にてお披露目の会があるそう。楽しみにしています。

次回 アシスト亭 ~無茶修行の会~は5月を予定、また第2回イーグル寄席は6月5日あたりとのこと。

2011/02/18

2011 2/19 第48回日本ラグビーフットボール選手権大会 準決勝

日本選手権準決勝の花園ラグビー場。神戸製鋼コベルコスティーラーズ対サントリーサンゴリアスの戦いです。
13時前に会場到着。すでに入り口を先頭にして長蛇の列、あわてて最後尾に着きました。
私の携帯につけている神戸製鋼コベルコスティーラーズのストラップのご縁で神戸製鋼側の席にすわり、さてここでいつもなら花園名物ラグマン?ですが今日はしっかりランチをいただいたので珍しくナシ!

14時に試合開始早々に神戸製鋼がPGで先制点。するとその4分後にはサントリーもPG。
この前半の28分頃にすっごいシーンが見られました。
何度も波状攻撃を繰り返すサントリー。その攻撃を防戦する神戸製鋼。
なんどもなんども・・そしてじりじりとサントリーが前進し22mラインを超えゴールまであとわずか・・。
誰もが、もう限界か!とおもった瞬簡にサントリーのパスのミスがあり31分には神戸製鋼がトライ!
前半を20対20で折り返すことになりました。

早いパスまわしやループプレイのサントリーと、確実なプレイの神戸製鋼の戦い。
試合終了間間際までサントリーに食い下がる神戸製鋼。
終了30秒前にはセンターライン付近からのPGを決め7点差まで詰めましたが
結果は神戸製鋼コベルコスティーラーズ(●33)対サントリーサンゴリアス(○37)となりました。

神戸製鋼 (T3 G3 PG4 DG0)
サントリー(T6 G2 PG 1 DG0)


サントリーはコンバージョンゴールを4本はずしたのが悔やまれます。

2011/02/16

2011 2/16 民事再生法の適用を申請

夏の蒸し暑い夜に入った創作洋風居酒屋さん。「ほんの少しだけお待ち下さいませ、準備ができるまでコレをどうぞ!」と冷えたグラスビールを店の前の路上まで持ってきてくれた。

料理の味も、お酒も申し分なし。そして一番大事なサービスも最高。

別に特別な事をしている店じゃなくって、「いらっしゃいませ」と気持ちよく心を込めて言ってくれる。

雨の日なら「大丈夫?濡れませんでした?」と気配りをしてくれる。

「この料理、いかがでした?」「よかったら取分けましょうか?」

この店なら追加でオーダーするときは、ほんの少し手を上げるだけ。

つねにホールに気を配ってくださっている店員さんがいました。

わたしの大好きなお店が、ミナミの法善寺にありました。

大切な方は必ずそのお店へお連れした。

そして今年の新年会で8人ほどで行って驚いた。

あまりに、そのお店の空気が違っていて紋切り型で、心の入っていない言葉の数々。

http://sweet-mikan.blogspot.com/2010/12/2010-1216.html

今日、帝国データバンクのサイトをみて驚きました。
民事再生法の適用を申請・・・・負債36億1100万円

景気の低迷による売上低迷が先なのか・・それともサービスの質が低下したのが先なのか。

寂しいかぎり。

2011/02/13

2011 2/13  第42回日展

昨年秋に萩を旅行した最大の目的の「高杉晋作立志像の除幕式」。
そしてこの後に、制作された江里敏明先生の講演会がありましたが、その後に感激して、お写真を一緒に撮らせていただいたご縁で、以降色々と情報を頂戴いたしました。

◆第42回 日展 平成23年2/19~3/21 ※月曜日休刊 9:30-17:00(入館は16:30まで)
於:大阪市立美術館
日展のホームページ  http://www.nitten.or.jp/ 
第42回 日展     http://www.nitten.or.jp/event/osaka.html

もちろん、江里敏明先生も<穹>という作品で出展されています。

<穹>は腕を下に張って「うぅーん!」って伸びをしたときの筋肉の張りや
胸の柔らかさがすごく感じられる像です。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
なんでこんなに文才がないのか、われながらイヤです(^_^;)

◆幕末大好きな歴オタさんなら、きっと行かれたことがある霊山歴史館には、江里敏明先生の「お龍さん」「勝海舟さん」「沖田さん」「土方さん」「龍馬さん」の像が設置されています。江里先生のホームページでご覧下さいね。
江里敏明先生のホームページ http://homepage2.nifty.com/t-eri/

◆2010 10/31 高杉晋作立志像建立記念講演会 ~立志像ができるまで
http://sweet-mikan.blogspot.com/2010/10/2010-1031.html

2011/02/12

2011 2/12 教科書に書かれない幕末史 長岡藩と河合継之助

ご活躍の一坂先生情報ですが、4/13放映のNHK歴史ヒストリアにご出演されるらしいです。もちろん高杉晋作さんネタで、詳細は不明ですがエピソードを紹介されましたそう。
さっそく、著書の「高杉晋作 革命日記」を読み返しました。
晋作さんは日記を書かれていて、その中の1冊にが試撃行日譜というのがあります。属に言うええとこの子で鼻高々&自信満々な晋作さんが北関東、信州を旅した際の日記の中のエピソード。
栃木県壬生町で聖徳太子流師範の松本五郎兵衛氏と試合が出来ることになった晋作さん。まぁそんな田舎侍には負けるはずが無いと自信満々の柳生新陰流の使い手の晋作は、あってなく敗北しそのプライドがペコッと凹んだ・・そんなエピソードが流れるらしい。

さて、今日の講義の内容は前回の続き。

会津藩、庄内藩赦免を目的としてできた奥羽列藩同盟だが、肝心の新政府軍は代表仙台藩の謝罪をまったく受ける気がない。江戸の彰義隊騒動で上野寛永寺の住職をしていた北白川宮能久親王(輪王寺宮)は東北て避難してきている。いざとなったらこの輪王寺宮を担ぎ出して、南北朝の再来をも考えていたらしい。
さて、ここで気をつける点は、この奥羽列藩同盟は戦う為の同盟ではなく、あくまでも戦争を回避する為の同盟。そこに、新発田、村上、松村、三根山、長岡、黒川の各藩が加わり奥羽越列藩同盟へと拡大することになる。(ちなみにこの新発田は、赤穂浪士で有名な堀部安兵衛が生まれたところ。)
この奥羽越列藩同盟の共通認識はひとつ・・それは<長州に対する不信感>。
たしかに、京都を騒乱に巻き込み天皇から長州は朝敵であると烙印を押されたはずの長州がいつの間にか新政府軍として我々を攻撃しようとしている・・。たしかにこれはおかしいと思うのも当然。

 会津を制圧する為のTOPは九条直孝。鎮撫総督の名称であったはずが征討総督への呼称変更され5/11には会津征討大総督が決定。
そしてその作戦はあの大村益次郎さんが担当した。その作戦の本意は『枝葉を絶って根幹を孤立させる作戦』そして、その作戦参謀は下記の二人。
薩摩の黒田了介(後の北海道開拓)、長州の山県狂介(後の軍閥の親分)が担当する。

閏4/12、新潟の高田に到着した官軍は信州藩と合流。この信州藩を率いたのは土佐の宿毛出身の岩村精一郎。この時若干23歳。
すべての軍を山道軍(岩村)と海道軍(山県、黒田)に分けそれぞれが会津に向かった進軍を開始した。
閏5/2には山道軍は小出島を制圧し小千谷へ。海道軍は鯨波海岸で桑名軍を撃退。ちゃくちゃくと進軍を行う。

さて、今日のこの舞台はここからはじめる。
閏5/2に、河合継之助がこの小千谷にやってきた。目的は嘆願書を渡すこと。
河合継之助は長岡藩の家老職で長岡藩は7万4千石。<常在戦場>を訓とした質実剛健な藩。
藩主は牧野忠訓(ただくに)。あの山本五十六さんのご出身地。
河合継之助は変わり者だが人望のあつかった方で、遊郭好きだったが藩命として遊郭よ博打を禁止し、武士の石高は100石に統一するという大改革を行っている。
遊郭大好きな継之助のことを揶揄した詩「かわいかわい(河井)と今朝まで思い 今は愛想もつきのすけ(継之助)」がのこっている。また、藩はフランス式の軍制を布いていてガトリング砲を保有していた。

さて、嘆願書を作成するに至る考えは下記の通り。
・会津や桑名と心中するつもりは無い。
・奥羽越列藩同盟を裏切ることは出来ない。
・この戦いは薩長の私戦。
すなわち、長岡藩は中立の立場を貫きたいとのこと。

この骨子をもって慈眼寺にて岩村精一郎と話し合うことになった。

ところが岩村は、その嘆願書を見ることもなくあっけなく却下!
長岡藩の態度をはっきりさせろ!はっきりしない藩は敵である!と、まぁ明快なこと。

宿に帰った河合は『この上は戦あるのみ・・・』と呟いたそう。
報告を受けた長岡藩は、打倒薩長で意見は統一された。
この時、藩士の小林虎三郎のみ大反対したらしい。
ちなみにこの小林虎三郎さんは、小泉純一郎さんが有名にした<米百表>の方。

<米百表>
北越戦争で敗れた長岡藩は、7万4000石から2万4000石に減知、領地は焦土と化し藩士たちは貧困状態となった。そのときに支藩三根山藩から百俵の米が贈られることになり、これで飢えも免れると喜んだ藩士を尻目に藩士の小林虎三郎は、すべて売却し学校設立の費用にすることを決定。「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」と諭した。

閏5/4には奥羽列藩同盟に加盟した長岡藩。1500人の兵隊が最新式の装備を持って官軍に戦いを挑むことになる。(北越戦争)

戦いの要所の榎峠を得るために進軍し見事獲得。この時、指揮官の岩村は酒を飲みながら談笑していたらしく、助けに来た山県に叱責されたらしい。
5/13には朝日山を目指す。この戦いで長州の時山直八氏(吉田松陰先生の弟子)が亡くなり、山県が詩を残している。

敵(あた)まもる砦の篝(かがり)かげふけて夏も身にしむ越の山風

官軍は作戦を変更し5/19に長岡城を攻めることとし、ついに運命の時が来た。

大手口で河合自らがガトリング砲を操作し、応戦したもののついに長岡城は落とされてしまい、河合は牧野父子を会津へ逃がすことになる。
5/22には長岡城の奪還計画を立て7/24には足場の悪い八丁沖を越えてなんと、奪還に成功した!この時の長岡軍の気迫は鬼気迫るものであった。

もう山県びっくり!妙見山へ敗走した官軍。

ところがこの戦いで河合継之助が負傷してしまう。実はこのときに外山虎太という河合継之助には師と仰ぐ方が従軍していた。河合は、この青年を『虎や・・虎や・・』と大層可愛がっていた。
河合の受けた傷は破傷風へ。ついに脚を切り落とす大手術をすれば助かる・・ということで戸板に乗せて会津へ向かうことに。

         八十町 腰抜け武士の行く峠

自嘲ぎみの句を残して河合は亡くなってしまった。
実は河合は自分の死期が近いことを悟ると、虎に『これからの世界は武士ではなく商人・・』福沢諭吉への紹介状を書いて手渡したそう。

のちに外山修造。

日銀の初代理事となり、
次は朝日ビールを起こし
http://www.asahibeer.co.jp/area/03/15/nagaokajin/

阪神電車をおこした。
http://www.hanshin.co.jp/company/about/history01.html

ちなみに阪神タイガースの虎は、外山虎太からきているそう。

2011/02/09

2011 2/9 第10回 柳谷観音 泰聖寺 


今日、たまたま前を通りかかりますと境内にキレイな石が引かれていました。

そういえば数日前から工事されていたようす。さっそくお参りさせていただきました。










柳谷観音・泰聖寺は宝暦5年(1755)証空哲山上人による創建にて以来、山城(京都長岡京市)柳谷観音大阪霊場として信を集め、境内に湧出する「金龍水」「銀龍水」は大阪七名水のみならず「眼病にご利益あり」との評判高く、また「明治天皇御用水」の栄を授かるに至り注目を集めました。また茶道の水としても名高く、茶人・風流人が心を寄せるほどであった。

のちに当山は太平洋戦争で戦火に遭い(S20/3/14)、堂宇全てを消失したが、戦後、柳谷観音「楊谷寺」より「十一面千手千眼観世音菩薩」を拝領し本尊として安置し奉り、柳谷観音大阪別院として再出発、信仰同乗として現在に至るとのこと。

※転記
著名な将棋名人の坂田三吉(明治3年 1870/7/1~昭和21年1946年7/23)堺に生まれ、お寺のすぐ近くの伶人町に住まわれていたらしく白内障を患ったさいにその眼病平癒のために、妻のコユウさんはお百度を踏ま全快を祈願された、また三吉氏は泰聖寺にある水で眼を清められたとのこと。

2011/02/05

2011 2/5 第5回 ゆうゆう亭 講談を聞く会

結崎駅からすぐちかくにあるゆうゆう会館。はじめて参加させていただきました。
昨年2月に第1回が開催されたとのことなのでちょうど丸1年が経過。
地元に密着した講談の会のようで、来られていたお客様はけっこうご年配の方が多いようです。
私的には多少遠方であっても駐車場があったら全然OK♪
早い目に到着したおかげで色々と付近を散策できるので楽しかったです。




旭堂南舟 木津勘助

木津の勘助さん繋がりを探す為に数年前に大阪のいろんな場所を調べ歩いた記憶があります。
大国町駅前の大国主神社に大きな勘助さんの像があるのをはじめ、お墓、この元のお話にでてくる鉄眼寺さん、勘助島、そして某神社の勘助さんの碑や米騒動や飢饉について興味をもったときがありました。大阪人が忘れてはならない偉人なんですけど残念ながら知名度が低くて残念なんです。

たしか第1回のアシスト寄席の際にも南舟さんが取り上げられたと記憶しています。それから1年以上が経ち、今回再び南舟さんで拝聴させていただきました。
まちがいなく、南舟さん!上手になっておられます^^いわゆるつかみのマクラはさておき、本題に入った際の所作や視線がうーんと自然になっておられて、私もスッと世界に入ることが出来ました。


黄昏亭さくら 水戸黄門漫遊記・牛盗人

水戸黄門が諸国を漫遊され、奈良に来られた際のお話。
大和国郡山藩の初代藩主の柳沢吉里の家来の寺坂さぶんじ(まちがってるかも・・)が開いたお裁きをご老公さんが傍聴するお話。
てっきり、父の罪を娘が訴え出て、奉行所から娘が褒美をもらい、その褒美で祖父の法要をおこなうのかな?とおもいきや・・この娘の健気なこと。もうちょっとで涙が出るところでした。
さてこの<黄昏亭さくら>さん、前回の泰聖寺の講談会で体調不良で欠席された方とのこと。実際のお仕事は歌手で、川本佐江子さんというお名前でCDも出されているご様子。
やっぱ人前で話すことに慣れてらっしゃる感があるはず。声も上下も、視線もちゃんと出来上がっているのでさすが。


笑福亭仁嬌 池田の猪買い
このゆうゆう亭ではいつも講談だけのようで、どうもナマの落語には慣れておられない様子だったのか軽く小話を数発!また久々にきく故松鶴さんの九官鳥ネタでしっかりと掴んだところで本題に入られました。
某動画共有サイトで、笑福亭仁鶴氏の池田の猪買いが掲載されておりますがまさに師弟関係の仁嬌さんのお話を聞きながら、ふと仁鶴氏のエッセンスをいたるところで感じました。
すごく丁寧にきっちりと仕上げられた感がたっぷりです。
旭堂南左衛門  寛永三馬術より愛宕山梅花折り取り
先日の泰聖寺で拝聴したお話と同じでした。
落語であればいろんな音源があり自分の知識を増やすことができますが上方の講談っておもいっきり情報がすくなく、先日もナンバのジュンク堂の3階で色々と調べていましたがあまりの情報の少なさに愕然としたことがあります。
なので同じ話を2回聞くとさらによく理解でき、旭堂南左衛門さんの芸の深さを感じました。
次回、ゆうゆう講談会もぜひ参加したいとおもいますが1つだけ難点が。。
会場のお席は長椅子で背もたれが無いのでどうしても壁側に座ってしまうか・・もしくはどっと疲れてしまう(^_^;)それでもこのご時世、これだけの施設のあることがありがたいのでしょう。ぜひ次回もよろしくお願いします。

2011/02/01

2011 2/1 ひろさちや さんのおかげ。

初めて、ひろさちやさんの書物を読んだのはいまから5年くらい前。

◆ひろさちやの般若心経88講 新潮文庫 平成6年6月1日 発行

ひろさちやの般若心経88講 (新潮文庫)


般若心経ってこんな意味をもってるんだー。それにしてもそれぞれのたとえ話がすごく身近な話題が多くてわかりやすくかかれてるなってビックリ。

そして、昨年秋に四天王寺秋季大学の売店で見つけたのが・・・

◆平成19年度 第44回 四天王寺秋季大学 布施のはなし。

たしか200円だったか坊内で販売されていたのを見つけて小躍りした。
「ひろさちやの般若心経88講」にも取り上げられているお話にまた出会うこととなりました。

そして昨年年末に不幸があり私の興味は仏教に一気に傾倒。

◆はじめての仏教 その成立と発展 中公文庫
はじめての仏教―その成立と発展 (中公文庫BIBLIO)

◆宗派のはなし  鈴木出版
◆仏教の基礎知識 主婦と生活社
◆仏教早分かり百科 主婦と生活社

ざっと書き出してみると、ひろさちやさんの書物はこれだけあった。
他の仏教関連や日本史、落語や詩集も多いけどww

そして1月29日に泰聖寺のご住職さんに、ひろさちやさんのお話をすると、確か講演会が
あったかもしれないとのこと。
これは情報入手しだい教えてくださるそうだが、その際にご住職さんに冊子を頂戴した。

◆総本山光明寺宗祖法然上人八百年御遠忌記念
 西山上人の教え 「鎮勧用心」(ちんかんようじん)を読む

これがなんとひろさちやさんが書かれている。

法然房源空(ほうねんぼうげんくう)さんと、そのお弟子さんの西山上人。そして西山上人が教えられた「白木の念仏」と「鎮勧用心」の御法語を解説されています。しかも何回な言葉ではなく日常語で書かれています。

なんとすばらしい言葉の数々なのでしょう。
泰聖寺のご住職さん。ホントにありがとう。

我が家は浄土宗であり曹洞宗でもありヘンテコリンな部分がある上にクリスマスだってするし、神社も大好きな私。なにがここまで私の気持ちを駆り立てるのかわかりませんが、それでも当分は、私の気が済むまでどっぷりと仏教につかってみたいとおもいます。