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2009/07/30

◇2009/7/30 プランター

この初夏頃に会社の同僚さんから小さな鉢植えの草をいただきました。
たしかなんばパークスかなんばシティのイベントで頂いたとのこと。

自宅へそっと持って帰り、大き目のプランダーに移し変えたところ
それはそれは・・見違えるくらい大きくなっちゃってww

やっぱ嬉しいものです^^

2009/07/29

◇2009/7/29 我家に残る戦争の爪跡

毎年7月末になると思い出します。

 昭和20年の1月の空襲に加え、その後、昭和20年3月13日、B29大型爆撃機が100機以上飛来した空襲だけでも6月1日・6月7日・6月15日・6月26日・7月10日・7月24日・8月14日とあったそうです。港区でベビー関連の縫製工場を営んでいた祖父と祖母の言いつけで、私の母は3月13日の空襲後すぐに滋賀県の祖父の本家(近江八幡 市辺村)へ疎開。続いて祖父、祖母も避難してきたそうです。当時の家計を支えていた商売道具ともいえるミシンとそして古いアルバムを数冊・・そのおかげで今の私がいて次の世代に伝える事ができました。
1回目の空襲では当時の家の向かい側までが全て全焼。そして6月1日の空襲では私の家も全て焼けて何も残りませんでした。
 戦争が終わって母は、祖父と祖母に連れられて港区の当時の家を見に行ったそうで、焼け野原と瓦礫が積まれている焼け野原に自分の家の冷蔵庫だけがポツリと立っていたのを寂しそうに話してくれました。
  当時港区は大阪から南方に出兵する兵隊さん達のターミナルでもあり、水や食糧を補給する寄港地の役割を果たしておりその労役に従事を強いていた人足として捕虜収容所が存在していました。
  また物資を蓄える倉庫も豊富にあったので攻撃の対象になっていたのでしょう。
その爆撃でくさんの方々が亡くなられその中には当時の私達家族と親交の深かった方々やお世話になった方々が多くおられたことでしょう。

〔我家で保管している写真です。掲載のため画質を低下させていますが、ご希望の方がおられましたら高解像度写真も用意していますのでお申し出ください。〕

《S14年頃 港区石田呉服町 空襲に備えた練習》
※石田呉服町1丁目と思われます。九洲軒という理美容店の看板が読み取れます。この写真の向い側に私の祖父・祖母と母が暮らしていました。私の祖母が写っています。



《呉一会(石田呉服町1丁目)の旅行》
※場所は不明です。戦争の色が日増しに強くなるにつれ服装が変化してきます。



《呉一会(石田呉服町1丁目)の旅行》
※三重県の二見ケ浦 夫婦岩です。







《呉一会(石田呉服町1丁目)の旅行》
※奈良県若草山です。私の祖父が写っています。






《呉一会(石田呉服町1丁目)の旅行》
※香川県栗林公園だと思われます。





《昭和20年石田幼稚園》
※私の母が写っています。真ん中の男性は園長先生でしょうか?軍服姿にゲートルを巻かれています。

2009/07/26

◇ 2009/7/26 第49回 めふ乃寄席

◇ 2009/7/26 第49回 めふ乃寄席 昼席

「手水廻し」  桂 そうば
「蟇の油」   林家 染左
「崇徳院」   桂 阿か枝
「算段の平兵衛」 林家 竹丸

「手水廻し」  桂 そうば

桂 そうばさんはざこば一門の末席とのこと。ひさしぶりに拝聴した「手水廻し」で会場は爆笑。
福岡県のご出身ということで、大阪に出てこられた際の変な言葉を例にして
今回の手水という単語を上手に説明されていました。

「蟇の油」   林家 染左

林家 染左さん 「蟇の油」 では、昨日の天神祭りのお話から見世物、大道芸への流れで自然に・・そして
見事にお酒に酔ったデロンデロンの浪人を演じておられました。

「崇徳院」   桂 阿か枝

桂 阿か枝さんは、7/19の田辺寄席で「金明竹」、そしてその前には「しびんの花生」「ねずみ」と
聞かせていただいています。たしかに聞くたびに上手くなられましたよねーって感激しています。
マクラのカンニングの話しですっかり心を掴まれてしまいました。

さて、、先日この「崇徳院」は桂 福若さんで聞かせていただきましたが、演じられている方のキャラが
非常に対照的で落語のおもしろいなと感じました。
福若さんが手伝いの熊さんなら、阿か枝さんは作次郎。
また、いずれもが熊さんならば、がさつで起床の激しい人or出入りの一本気な押しの弱い商人という感じで
楽しませていただけました。

「算段の平兵衛」 林家 竹丸

久しぶりの平兵衛です。米朝全集で聴いただけでナマは初めてです。
算段とは?おめかけさんとは?色々とこのお話の背景を前置きとして説明しなければならないのは、辛いところです。
世界一可愛そうな死骸のお話ですがなかなか演じられないネタだけに貴重な体験をさせていただきました。

さて今回が49回、次回はいよいよ記念の50回となり、大物ゲストがご登場です。
年4回の公演なので12年半・・・。継続は力なり。最後になりましたが本当におめでとうございます。
次回も目イッパイ楽しませていただきます^^

2009/07/19

◇ 2009/7/19  第503回 田辺寄席 09年7月19日(日) 昼席

◇ 2009/7/19  第503回 田辺寄席 09年7月19日(日) 昼席







《新・じっくりたっぷりの会-桂枝三郎の段》
一、金明竹        桂阿か枝(五代目文枝門下)
二、羽織         桂枝三郎(三枝門下)
三、503回笑呆亭/「六尺棒」から  桂 文太(五代目文枝門下
四、「太閤記」より天王山のとり槍 旭堂南北(三代目南陵門下)
五、天神祭        桂枝三郎(三枝門下)

さて今日はお天気予報では雨空・・でもなんだか快晴。最近の天気予報は当らないようで、それだけ低気圧の移り変わりが激しいのでしょうね。

さて一番太鼓の後に続いて開口0番。文太さんより「はめもの」についての
お話がありました。
文太さんのお話にあわせ実演していただきましたのは桂阿か枝さん。
締め太鼓や大太鼓をうまくたたき分け、また当たり鉦や銅鑼も器用に
演奏くださいました。

一、金明竹        桂阿か枝

桂阿か枝さんの高座は今回で3回目。この半年の間に1/25 「しびんの花活」・4/26 「ねずみ」そして今回の「金明竹」を聞く事ができました。

素人の私がいうのもなんなのですが、ビックリしました。
すっごくお上手になられていて、簡単に私の脳裏には天然ボケな小僧さんと難儀する番頭さん、そして後半にはごりょんさんと加賀屋佐吉方のお使いの方の情景がイキイキと浮かび上がりました。

二、羽織         桂枝三郎

はじめてお聞きさせていただく噺家さん&お話です。
桂枝三郎さんはすっごぃ個性的な印象でいかにも噺家さんのご様子です。

初めての田辺寄席ご出演ということで、「羽織」に入るまでに色々と軽話で心をつかみ本題に入っていかれました。
桂枝三郎さんが事前に言われていた通りのお話でしたが若い衆の話し口や表情、また羽織を借りにいった先での
やり取りが印象的でした。

三、503回笑呆亭/「六尺棒」から  桂 文太

その手があったかwwwって思わせるぐらいの大爆笑!
同じような年代のお子様が居られるようで共通点がありすぎです。
久しぶりにみました。
おそらく、キューティムーンロッドでセーラームーンRのはずww
微笑ましいお話から本題の親不孝息子のお話へ。
もう可笑しくて可笑しくて。腹筋が痛かったです。

四、「太閤記」より天王山のとり槍 旭堂南北

久しぶりの講談です。
歴オタなのですごく大好きなお話です。
「時は天正10年6月2日」から中国大返しを経て天王山へ。
楽しませていただきました。

五、天神祭        桂枝三郎

トリを務められました桂枝三郎さんです。この「天神祭」というお話しの内容が旭堂南北さんのお話とかぶるとのことでお話を変更されました。
「いたって気楽な男、よそから鯖をもらいまして・・」え?これ・・『地獄八景亡者戯』やん。いまから1時間近くあるネタをするの?

上手い具合に大筋には関係の無い「ふぐの若旦那衆」の話しや「責め地獄の下り」を割愛されました。
いたるところに 桂枝三郎さん独自の笑い所満載!

ほんとうに楽しい時間を過ごさせていただきました。ありがとうございました。

2009/07/18

◇ 2009/7/18 教科書に書かれなかった幕末史 ~開国に怒った孝明天皇~

◇ 2009/7/18 教科書に書かれなかった幕末史 ~開国に怒った孝明天皇~

講師は今まで同様に一坂太郎先生です。
幕末とはいつの時代をさすか?の問いから今回の講義が開始となりました。

1615年に禁中並公家諸法度が幕府が発布、公家の有るべき姿を
「諸芸能」「学問」に定め、以降政治に対する関与を一切許さなかった体制が
弘化3年に即位された統仁(おさひと)天皇より言葉が下ったとのこと。
「諸国沿岸にて黒船が来ているそうだが大丈夫なのか?」

公家方に情報をリークしていたのは誰か?またペリーの砲艦外交による
日米和親条約締結の誤訳と孝明天皇の態度は?
日本領事ハリスの日米通商和親条約の締結に至る勅旨は下ったのか?や
幕府の下心は?など今回も教科書に書かれていない情報が満載でした。

次回はいよいよ安政の大獄。

楽しみな1ヵ月です。

※先生の著書「幕末歴史散歩 」にサインをしていただきました。
 ありがとうございました^^

2009/07/14

◇ 2009/7/14 庚申参

一年365日のうちに6回だけ訪れる庚申の日。
干支は、十干と十二支を組み合わせた物で、60回ごとに一周する周期の暦です。昨日は今年大4回目の庚申の日。そして昨日と本日は庚申講が開催されます。北向きコンニャク♪おいしぅございましたm(._.)m ペこっ









十干
十干  日本語
音読み  訓読み 意味
甲      こう きのえ 木の兄
乙     いつ、おつ きのと 木の弟
丙     へい ひのえ 火の兄
丁     てい ひのと 火の弟
戊     ぼ つちのえ 土の兄
己     き つちのと 土の弟
庚     こう かのえ 金の兄
辛     しん かのと 金の弟
壬     じん みずのえ 水の兄
癸     き みずのと 水の弟

 

十二支
十二支   日本語
音読み   訓読み
子    し ね
丑   ちゅう うし
寅   いん とら
卯   ぼう う
辰   しん たつ
巳   し み
午   ご うま
未   び ひつじ
申   しん さる
酉   ゆう とり
戌   じゅつ いぬ
亥   がい い


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B2%E6%94%AF#.E5.8D.81.E5.B9.B2 引用しました。

2009/07/11

◇ 2009/7/11 しのぶ庵寄席

はじめて「しのぶ庵寄席」にお伺いしました。
今月の田辺寄席は、桂福丸さんが出演されるのですが所用で行く事が出来ません。
福丸さんFunの母は落胆していたところ、たまたま存在を知り急遽申込をさせていただいた次第です。







場所は、大阪地下鉄御堂筋線心斎橋駅三番出口を北へ50メートル。
しのぶ庵という地下にある蕎麦屋さんで宴会場を使った落語会です。座席数は40~50弱ですが落語会と手打ち蕎麦がセットになっているという趣向でした。

母も私も蕎麦は大好きで数年前に、「信州長野日本全国蕎麦祭り」の第一回目と第三回目に参加した程。もちろん長野でも出雲でも島根でも、また地元の堺でもお蕎麦をいただいています。
(歴史的には大阪新町が砂場蕎麦発祥の地ですがww)



<演目>
桂福丸さん 天災
桂福若さん 宗徳院

桂福丸さん~昨年来より3回くらい聞かせていただきました。たしか<月並丁稚>や<平林>だったと記憶しています。明らかに上手くなってるよねーって、終わったあと母と思わず顔を見合わせながら言ったくらいお上手になられていました。たぶんメリハリがすっごく効いていて、笑いの主題<八五郎と紅羅坊奈丸のやりとり>が目に浮かぶようでした。大爆笑のうちに初めて拝見させていただく桂福若さんの登場です。

桂福若さん~この会場のOPENする1時間前にお店の前でまっていると、福丸さんとあともうおひとかた・・。眼光の鋭い方が入っていかれましたがこの方が桂福若さんだとわかりびっくり^^
高座が始まり、またびっくりww (・・?) エッ 派手な着物ww しかも20本くらいの扇子と10枚くらいの手拭持参。

先日TVで放映されていた桂福団治さんの高座を拝見しましたが、同じようなツカミだったかな。
その場の雰囲気をうまーくつかみ話題に摩り替えていくようでこの時点で客席の視線は桂福若さんに釘付けです。
で、ネタは<宗徳院>
つかみの際の話しのトーンと一転して大熱演。
作次郎と熊五郎、熊五郎と親旦那、そして熊五郎と相手の男などイキイキとした口調で楽しませていただきました。またオーバーアクションなところは熊五郎さんになりきられていて最後まで楽しませていただきました。

9月はお勉強会があるので不参加ですが10月の分を予約させていただきました。

本当に楽しい落語会をありがとうございました。

◇2009/7/11 千早赤阪村の下赤坂棚田

日本の棚田100選にも選ばれている千早赤阪村の下赤坂棚田。

ここへは自宅から地道で1時間程度で到着してしまうくらい近くにあることをはじめて知りました。

時期はちょうど梅雨の真っ最中にも関わらず太陽の照り返しのきつい陽気。
緑に色づいた稲が気持ちよさそうにすくすくとなびいていました。

2009/07/10

◇2009/7/10 君はノーサイドの笛をきいたか

君はノーサイドの笛をきいたか
http://www.blow-ide.com/

~サイトから引用~
ラグビー・オーストラリアナショナルチーム「ワラビーズ」。
ファンならずともその名を知られる世界トップのチーム。
そのチームに、70年前、一人の日系人ラガーがいた。
「ブロウ」という愛称で呼ばれたそのラガー、W.P.J.イデ、1935年~39年にオーストラリア、ナショナルチームのメンバーとして活躍した。
この映画『君はノーサイドの笛を聞いたか』は、そのブロウの人生を辿るものである。

ドキュメンタリームービーということで、単なる日系のラグビー選手のお話だとおもったらどうやら大間違い。
イギリス遠征の際に勃発した第二次世界大戦・・そして日本軍の捕虜となり強制労働の日々。日本へ移送されるフィリピン沖でアメリカの潜水艦の魚雷攻撃を受けて船は沈み、ブロウたちは海に放り出された。
誰もが我先に救命ボートに乗り込もうとする中で、ブロウは救命ボートに乗ることを、仲間に譲って死んだと言われています。


阪府大阪市 7月31日
大阪市公会堂 大集会室
19:0019:30~2,400人

大阪府豊中市 8月14日
豊中市立市民会館 大ホール
19:0019:30~1,580人

大阪府大阪市 9月18日
エル・おおさか(大阪府立労働センター)エル・シアター
18:3019:00~801人

大阪府大阪市 8月21日
エル・おおさか(大阪府立労働センター)エル・シアター
18:3019:00~801人

大阪府大阪市 9月4日
大阪市公会堂 大集会室
19:0019:30~2,400人

大阪府堺市 9月11日
堺市民会館 大ホール
19:0019:30~1,395人

2009/06/28

◇2009/6/28 第25回慈光寺寄席

慈光寺寄席 17:00~19:20 

桂三四郎 子ほめ
林家 染左 皿屋敷
林家 染ニ 変わり目
中入り
林家染ニ 三十石

初めて訪れる落語会で近鉄南大阪線「今川」下車徒歩3分の便利な場所で25回も開催されていたとはまったく知りませんでした。
しかも年二回ペースとの事なので13年目。大変歴史のある寄席で貴重な存在です。
会場は現代的なビル様式に改築されたご本堂で、約80人前後で大入り満員でした。

さて16:30に鳴り出した一番太鼓のあと、二番太鼓が。そして出囃しのあと、満場の拍手に迎えられて登場したのはなんとご住職さん。
つつまれる笑いの渦に素人離れした軽妙な法話で、いっきに会場の空気が和らぎました。

桂三四郎 子ほめ
6/21の田辺寄席で拝聴したばかりの三四郎さん。いかにもいまどきの「おに~ちゃん」って感じの噺家さんです。

林家 染左 皿屋敷
ほんとは林家 染ニさんの出番だったそうですが遠方から向かっている途中とのことで林家 染左さんの出番となったそうです。

林家 染ニ 変わり目
先日、テレビで小佐田定雄さんが林家 染ニさんのことを「ハイテンション落語」と言われていたのを思い出しました。納得です^^

林家染ニ 三十石
中入りに続き再び林家 染ニさん。
いろんなところで「くすっ」と笑える場所を確実に入れてくださりそのたびに会場は笑いに包まれます。
やっぱこれが寄席の醍醐味なんでしょう。

◇2009/6/28 今川の歴史講演会

午後より下記の講演会があり拝聴してまいりました。
会場は東住吉区区民ホール。定員400名でしたが定刻が近づくにつれたくさんの方々が来られ
500人近くになっていたのではないかと思われます。

◇古代の長吉、瓜破、喜連の変貌と今川~「馬池谷」とその周辺の発掘成果から~
 財団法人 大阪市文化財協会 京嶋 覚先生
 
サイト掲載の講師のコメント
「長原遺跡・瓜破遺跡・喜連東遺跡の発掘成果をもとに、古墳時代から平安時代のこの地域の変遷を辿りつつ、今は埋もれてしまった「馬池谷」と呼ばれる谷地形が果たしてきた役割について検討し、隣接する東住吉の今川との関わりを考えてみたい。」

◇喜連の古地名調査と古今川に至る水路の復元について
~喜連の古地名調査と馬池谷から今川に至る周辺史跡の論証的な研究報告~
白河 俊義先生 (平野区寶圓寺(ほうえんじ)住職・喜連村史の会代表・和歌山大学大学院講師)

サイト掲載の講師のコメント
「今から1253年前に 「 鳰鳥(ニホドリ)の 於吉奈我河(オキナガガワ)は 絶えぬとも 君に語らむ 言尽きめやも 」 (馬史国人) と、万葉集に歌われたこのオキナガガワ(本講演では息長河と表示します)が、馬池谷から喜連を経て今川に至ることと、この歌が喜連(伎人郷)の国人邸で詠まれたことを論証します。」

私も歴史は大好きですが地層等発掘の調査を行うことで古代以前2万年前の特定地域の 地形がどうあったかを推察できるとはびっくりです。
その後日本発の地形がどうあったかや先日訪れました狭山池のダム式ため池から古代灌漑用水のための東除川、西除川の名称が聴かれたこと、またそれらの事実を立証するかのように馬池谷が存在していたという事実。色々な断片的な情報がなにかをきっかけにして繋がって行くことってまさに歴史を学ぶ上での醍醐味だとおもいます。
東住吉や平野、そして松原には古くから集落や渡来人がいたことは様々な地名で感じることができましたが、多くの聞き取り調査を行い裏付ける作業をされている方が おられたとは驚きで、大変ご苦労をされたのだとおもいます。
自分の住んでいる場所の歴史を知ることは意義のあること。今回このようなイベントを された大阪市東住吉区は素晴らしい区なんですね^^
ただ残念なことに、いずれの講演も内容が多く時間切れであったように思えました。

2009/06/25

◇2009/6/25 夕焼け

◇2009/6/5 IRB TOSHIBAジュニアワールドチャンピオンシップ2009

IRB TOSHIBAジュニアワールドチャンピオンシップ2009, 日本大会(U20世界ラグビー選手権)が6/5よりはじまりました。
見に行きた~い!けどお仕事がぁ。(-_-、)

http://www.jwc2009.jp/




せめてもの花園の食堂にある「タックルうどんをご紹介。
はぃ。チャーシュー入りのうどんです^^

これ以外にも、トライカレーってメニューがあるそう。ドライカレーじゃないよ♪

2009/06/21

◇2009/6/21 田辺寄席500回記念公演

第500回 田辺寄席に行ってまいりました。
田辺寄席は35年の歴史のある地域寄席で今回は500回目の記念公演ということでした






○二人癖 桂 三四郎

ご本人曰く、数年前まではロンゲだったそうで噺家一髪が長かったそう。
ソフトモヒカン風ツンツン寝癖ヘアでいまどきのお兄さんっぽい感じが印象的でした。

○動物園 桂 三風

いやぁ・・やられました。色々な噺家さんが演じられる動物園。
今までの動物園の中でも今回のは独自性があってすごく楽しかったです。
話しのツカミは「あれ?この話し初めて?」って思わせるくらい今までの動物園の違う角度で入ってきたのでおもわず引き込まれ、そのままサゲまで一直線。まさか「ブラックエンペラー」だとはww

○熊野詣 桂 文太

まさに情景が目に浮かぶとはこのことでしょうか。
熊野の森の険しい情景や空から眺めた景色、田辺の町の賑やかさでの会話が浮かんできました。

○大喜利・文福一座ーー(文福、ぽんぽ娘、まめだ、文鹿、坊枝)

なんとハイテンションな坊枝さん。またその上を行く文福さん。
ニヒルな文鹿さん。いじられキャラなまめださん。独自視点なぽんぽ娘さん。とっても楽しい一門ですね。
きっと宴会の席ってすごく音圧が高いのでしょうねー。

○曲独楽 桂 米八

ほえぇ~。すごぃです。その昔テレビで見たことはありましたが目の前で実物をみさせていただいたのはほんと初めて!
いまでも・・なんか仕掛けがあるんちゃうん?とおもうくらい。すっごぃ練習をされたのでしょうね。
ほんと感動でした。

○誕生日 桂 三枝

上方落語協会会長の登場です。
昨年の彦八まつりの際にもお会いできましたので今回2回目。でナマ落語は初めてです。

マクラを話されているときに「なにを話そうかな?」「どうしたらみんなが楽しめるかな?」みたいな表情が一瞬垣間見ることができてやっぱ三枝さんって頭がいいんだなーって妙なところで感心いたしました。

さて全ての公演が終わるといよいよ鏡開きです。
たる酒が運び込まれ楽しい歓談の場がはじまりました。

わたしは465回から参加させていただきましたのでやっと1年。
35年の長きにわたり開催、運営、企画をされてきましたスタッフの皆様、関係各所のみなさま。ほんとうにありがとうございます。心からお喜び申し上げます。